福島ラーニングジャーニーのOSTで、
「多忙をなくすにはどうしたらよいか?」というあたしが出したテーマにたくさんの人が集まってくれて対話の場をもちました。
その中で、
ファシリテーターのボブさんの奥さんスーザンさん(スーザンさんもまた優秀なファシリテーターだそうです)がシェアしてくださった話が印象的でした。
スーザンさんが40歳の頃、
2才のお嬢さんを抱えながら、
ボブさんと立ち上げたNPOの切り盛りで忙しくしていたある日、
自分が多忙中毒になっていることに気がついたそう。
つまりワーカホリックね。
家族のために、これではいけないと考えたスーザンさんは、
多忙中毒から抜け出す決心をしました。
でもそれは本当に大変な努力を要することだったと言ってた。
おそらく、アルコール中毒やドラッグ中毒から抜け出すよりも大変かもしれないと。
なぜなら、
アルコールやドラッグは世間一般に「悪いもの」とされているけど、
「多忙」は悪いこととは定義されてないから。
講演の依頼など、やりたい仕事を断ってまで、
自分にスペースを作る、という決意は、
大変な努力や勇気を必要とするチャレンジだったと。
スーザンさんがそのチャレンジを成し遂げた結果、
娘さんやボブさんとの関係は良好になったけど、
そうなっても、
報酬はもちろん、誰からもなんらの賞賛も得られない。
この社会はそういう社会。
だから、多忙への誘惑は常にとどまることがないけれど、
それ以来ずっと、
今でも常に、
自分自身で「自分にスペースをつくる」努力を続けてるって。
スーザンさんほどの人でも、
ちょっと気を抜くと多忙に誘惑されるという。
あたしみたいな凡人には、
とうてい成し遂げられる気がしない。
……自分ひとりの意思だけではね。
だから、
みんなが多忙中毒から抜け出すことを助け合い、
それができたときに賞賛し合うような仕組み作りをしたらいいと思う。
自分にスペースをつくるために努力することは素晴らしいと賞賛される社会へ。
ワーカホリックのように常に忙しくしている人は、
アルコール中毒やドラッグ中毒の人と同じように愚かだという認識の社会へ。