世界が崩れる。

まず色がなくなる。

そして、音がなくなる。

言葉を失う。

何も見えなくなる。

真っ暗…世界が真っ暗になり、

なにも考えられなくなる。

錯乱する。


「待って!待って姉さん!」


あっ……、頬にキスをされた…。


「今日はこれで我慢…ね」


耳元で囁かれた。甘い言葉。

ヘリオトロープのバニラのような甘い香り。

僕の世界が彩られた…。

僕の世界の崩壊は間逃れる。


「うん……」


そのあと二人はほとんど何も話さない。

気まずいわけじゃない。

話す必要がない。

僕はこの沈黙の時間がずっと忘れられない。

心地のいい沈黙。

そんな沈黙もあるんだ。

僕は姉さんを盗み見る。

すると姉さんが僕の視線に気づく。

そして、姉さんはニッコリして、また前を向く。

こんな沈黙にこんな関係…。

僕の崩壊しかけた世界は彩られ、

ヘリオトロープの香りに包まれた。



家に帰って……僕は泣いていた。



覚悟はしていたが、実際言われるとなると違う。

僕は一瞬姉さんを失ったときの恐ろしさを知る。

駄目だ…耐えられない。

あんなの耐えられない。

だけど、そうなるという位置に

いるわけではないことがわかった。

姉さんは…僕を意識している。

これでしてなかったら…してなかったら、

そんなこと考えられないが、

とにかく、意識はされている。

じゃなければあの言葉は出てこなかったし、

あの……キスもなかった。

そう、僕はキスされた。姉さんにキスされた。

そう考えると、僕は嬉しくて仕様がない。

だけど、逆に怖くて仕様がない。

恋愛の喜びと、失恋の悲しみは

一緒に付いて来るのである。

前者になってもらいたい。

それがわかるのは恐らく、僕の誕生日。

それは、5月20日である。

姉さんはあの先は僕の誕生日と言っていた。

その日に何かが変わる…前者になってもらいたい。

また、そう思い、そう願い僕は眠った。



翌日、朝姉さんと会う。


「おはよう、圭君」


「おはよう、姉さん」


いつもと同じ姉さん。

意識しすぎるのもいけない。

僕もいつもどおり振舞う。

この、変わらない時間もあと1ヶ月程かもしれない

と考えると大切な時間に思えてくる。

変わる?換わらない?

変わりたい?変わりたくない?

わからない…わからないけど、

この大切な時間をすごし、学校へ行った。

今日は…心理学の授業だ。