「はぁ…」


ため息をついた。

あれが壁だ…見えないけど厚い厚い壁。

それは、令奈さんの言う社会的なものだろうか?

それとも、僕の道義心が拒むのか?

それとも…僕の中の恐怖の壁だろうか。

無意識のうちに何かが拒んだ…僕はそれを

克服しなければいけないんだ。



後日、僕はバイトを始めた。

近くの駅のコンビニにした。

応対、レジ操作、在庫管理、搬入など

いろいろ作業があるようで、やりがいのあるものに

感じられた。駅なので人が絶えない、

なかなか忙しい店である。

急いでるのか、焦らされることもよくある。

まぁ、忙しければ働いているような気になれるので

ありがたいことだった。

先の話になるのだが、あるとき

姉さんが買い物に来たことがあった。



「いらっしゃ…あっ、姉さん!」


「来ちゃった」



僕は予期してなかったので驚いた。

そう、バイトに行くまでは、普通にテレビを見ていて、

そんな様子はまったくなかったんだ。

でも、とても嬉しかった。

その「来ちゃった」という言葉に僕は癒され、

また、なにかを期待した。



「何かお探しですか?」


「そうね~、喉がかわいちゃった」


「そうですか、それならこのピーチティーなんてどうでしょう?」


「まぁ、親切な店員さんなのね。それ一つくださいな」


「いや、二つで」


「あら、わがままな店員さんなこと!フフフッ」



そこで、二人で笑った。

バイトをしていて、それが一番楽しい出来事だった。

姉さんはそれ以降たまに買い物に来てくれて。

ピーチティーを二つ買っていった。

僕は、それが嬉しくて仕様がなかったが、

僕は僕達が姉弟であることを恨んだ。

これが、これがもし他人であったならば、

僕たちはもう付き合っていたに違いないのだ。

なんだ姉弟って!誰がそんなことを定めたんだ!

だけど、そうであったから、姉さんと一緒にいられるのも

事実である。人生とは無常なものだなと感じた。



そしてもう一つ、ある特殊な事件に巻き込まれた。

僕が店番をしていたとき、客の一人が僕に住所を尋ねてきた。

最初、タクシーでも呼ぶのかと思ったが、

その人から携帯電話を受け取るとそうでないことがわかった。

その電話に出たのは、その人の家族だったのだ。

話を聞くと、どうやらその人はうつ病らしいのだ。

そして、どこから来たのか聞くと、まったくしらない場所だった。

県を跨いでここまで来てしまったようだ。

そこで僕は、駅員さんに頼んで、

その駅まで連れて行ってもらうからいいだろうか?と聞くと

お願いしますと頼まれた。

しかし、駅員に話すと、そんなことは無理だ!ときっぱり断られた。

僕は困惑した。僕も店番がある。離れたいが離れられない。

そして、店に戻るとその人はもうどこかへ行っていたのである。

すると、店に電話がかかってきて、それはその家族の人からだった。

話によると、勝手に電車に乗って行ってしまったようだ。

僕は、すみませんと謝った。

相手の人は、仕様がないです…と言ってくれて、

礼を言って電話を切った。

僕は、自分が情けなくなった。

なんであの時駅員になんて頼んだんだ!

最初から、警察に保護してもらえばよかったんだ。

だけど、僕は、駅員なら連れて行ってくれると思っていたんだ。

それは、よく車椅子の人などをエスカレーターに

乗せている光景を見ていたので、何か頼めるような気がしたのだ。

でも、断わられた。

結局は自分の管轄外のことはやらないのである。

僕も同じだ…僕はその人より店を選んでしまったのだ。

僕の道義心なんて…こんなものなのか…。

僕は、社会をなんとなく知った気がしたんだ。