「おかえり」


「ただいま」


不思議なことに、姉さんはいつもの姉さんなのだが、

いつもより綺麗に見えた。美しく見えた。

僕はいつもより、姉さんが綺麗なことを意識した。

何か恥ずかしさもあったが、無性に嬉しかった。

会うとますます姉さんと離れたくなくなる。

ずっと、このままずっと離れることがなければ、

どれだけ幸せだろうか…そう思った。


「今日は…今日は仕事どうだった?」


「う~ん、大変だったわ。覚えることが沢山あって参っちゃう、

あと、人に気を使うのも慣れてないからかな、すごく疲れるわ」


「あれ、姉さんはいつでも気を使ってるように見えるけど」


「そんなことないわよ。私だってうちにいるときは

随分と楽にしているのよ」


「じゃあ、もっと楽にしないといけない。

こう、ぐだーっと」


「フフッ、嫌よ~。家でもそこまでできない」


「そこが気を使ってるんだよ。

僕は、そんな怠けた姉さんが見てみたいな」


「何言ってるんですか。

駄目よ。そういって圭君も怠けるつもりでしょ」


「あれ、わかった?」


笑った。二人で笑った。

僕は、姉さんと会話するのが楽しくて楽しくて仕様がなかった。

今までは嬉しいだけだったが、

今は楽しくて嬉しいのである。

心が躍るとはこういう感じなのだろうと実感する。


「そうだ、姉さん。僕、アルバイトを始めようと思うんだ」


「まぁ、ほんとに?」


「ほんとだよ、少し遅れちゃうかもしれないけど

姉さんの誕生日に何か買ってあげたいんだ」


「えっ、そんな悪いわよ~」


「いや、それに姉さんのいる、社会っていのを

僕も少し知りたいんだ…」


「そう…なの…」


そう言った姉さんはとても切なそうに見えた。


「圭君、大人になったのね…。私、圭君とずっといたからかな

親みたいな気持ちになっててね…子供が離れてく親って

こんな感じなのかなって……私」


「姉さん?」


「ごめん、でも嬉しいのよ」


姉さんが泣いていた。

突然のことだったので、僕も戸惑った…。

どうすればいいかわからないが、

とにかく声をかけないといけないと思った。


「姉さん、大丈夫だよ。僕は…僕は

ずっと姉さんと一緒にいるよ」


それが、とっさに出た言葉で、

自分でもこんなこと言うとは思ってなく、

なにか酷く緊張した。

一瞬ときが止まったんじゃないかと思うくらい間があった。

ドクンドクンと自分の鼓動が聞こえる。

高揚する。手が震える。

足も立っているのがやっとであった。

姉さんと目があった。


「ほんとに?」


「ほんと」


「お姉さん、そう言ってくれるだけで嬉しいわ。

ありがとう圭君」


「どういたしまして…」



…………………



姉さんが、どう受け取ったかわからなかったが、

僕はとうとう言ってしまった…とう感覚だった。

そして、姉さんのその反応に僕は、僕は歓喜したのである。

僕は嬉しさのあまり、姉さんを抱きしめてしまいたくなった。

でも、できなかった…そう壁がある…僕はこのとき

姉弟という壁を見てしまったのである。