「お早う。また、浮かない顔をしているな」


「僕はいつもこうだ」


「いや、考え事をしてた」


「してない」


「嘘言っちゃいけない。君は考え事をすると、

上を向くんだ。長い間一緒にいるからそのくらいわかるさ」


……


「ほら、そうだろ。

それにしても珍しいよな、考えるときは下を向くもんだぜ」


「どっちだっていいだろ」


それは、姉さんの癖だった。


「まぁ、そうだが、今日は何限まである?」


「今日は3限」


「榎の方が短いな…昼いっしょにどうだ?」


「あぁ、いいよ、どうせ一人だし」


「友人の一人や二人作っておいたほうがいいぜ。

授業が楽になる」


「楽にする必要性がないよ」


「さすが、優等生。じゃあ、学食で会おう」


「あぁ…」


「で、考え事は何ですか?」


「はぁ!?何だっていいじゃないか」


「そう言わずにたまには相談してみろよ。

いいかい、榎、この国には法律ってもんがある」


「そりゃ、あるだろ」


「まぁ、法律にあろうが、なかろうが

道徳上の問題だよ…」


「何言ってる?」


「別に榎木大先生が勉強で悩んでるわけでもあるまい」


「…まぁ」


「僕らはまだ大学一年だ、早い人は悩んでるかもしれんが

将来のことで悩んでるわけでもあるまい」


あぁ、何かわかってきた…また、不破の話を

聞かされるのも厄介なので、嘘を言う


「いや、将来的なことで悩んでた」


「おや?それはめずらしい。

僕はてっきり君の大事な大事なお姉さんの事で…

それで、将来的なことか?」


「違う!僕だって、いつもいつも、姉さんのことを

考えてるわけじゃないさ!」


「判ってるって、でも心配してやってるんだ。

社内恋愛なんてよくあることだ。

それに、君の姉さんはとても綺麗だ。

俺が言うんだから間違いない。

あれだけの人に今まで彼氏がいなかったのは

奇跡に近い…俺が告白したいくらだよ」


「なっ!?」


「それは冗談。にらむなよ…俺には無理さ…。

いくら、俺にだって相性というものがある。

君の姉さんと僕は絶対に合わないさ。

誓ってもいい。相性は最悪だ。

話は戻るが、しっかり、君も姉さんと離れる

ときがくるのを覚悟したほうがいいってことよ。

無理であれば、逃げ場を作ればいいさ。

俺に相談しろ。いくらでも女は紹介してやるぜ」


「心配してくれるのはありがたいが…大丈夫だ。

それに、毎回言ってるいるが」


「判ってるよ、道義心ってやつだろ。

そうだ、俺のこの行動も道義心だ」


「ん?」


「一般的には友情ってやつだな。

なんだっけ?仲良きことのいいことかな」


「友情だな」


「そう、友情さ。でも、道義心があるからって、

いつもいつも、考えてる訳じゃない。

まぁ、変なはなし、いつも榎のことを考えてる訳じゃない。

そうなれば、異常だろ!」


「……………」


「素直になってみろよ。仮に、仮にだ、

法律上も道徳上も姉と結婚しても問題ないってことになっても、

まだ、道義心を貫くのか?」



それは、考えたことのない事だった。

もし、仮にそうだったとしたら、僕は…僕は姉さんと、

どうするんだろう。

しかし、このとき、それを考えたときに

僕は、法律とか道徳とかが酷く憎らしくなった。

しかし、そうしたら僕のこの道義心も否定することになる。

この道義心を実は…僕は憎んでいるのか。

僕は、何かその道義心に縛られている感覚になった。



「込み入りすぎたな。すまん。

まぁ、気にするな。榎は悩みすぎる傾向にあるからいけない。

もっと気楽になれよ…。じゃあ、昼学食であおう!」



気づいたら、学校についていた。

そして、僕は授業を受けたのだが、

ずっと考えていた。

もう、認めざるおえない…僕は姉さんから離れられない。

不破のいう覚悟が必要なのかもしれない…

とうとう、僕は酷く、道義心を憎らしく思った。

授業のことなんて、さっぱり頭に入らなかった。



昼になり、学食に行くと不破はまだ居ないようだった。

すると、驚いたことに、知らない女性が僕に話をかけてきた。


「あなた、榎木さんでしょ」


「はぁ、そうですけど、あなたは?」


「私、私は不破の彼女よ。佐伯令奈っていうの宜しくね」


「宜しく…」


随分とコミカルで気まずいことになったなと思った。

あいつ、一言もそんなこと言ってなかったぞ…。