授業中、ずっと考えていた。

先の女性と姉さんのことを…。

彼女の性格は淡白でそっけなく、

高慢なお嬢さんだった。

姉さんは、愛想良く、

いつも僕にかまってくれておしとやかな人である。

この相反する二人であるが、

何故か同じような雰囲気を持っており、

その雰囲気は僕が気になる雰囲気で、

それは、姉さんの雰囲気だからなのだろうけど、

何故、彼女にそれが見えたのか…その出所が気になったのだ。

とは言っても、考えてわかるようなことでも無いので、

授業を聞くことにした。



教授がGDPの説明をしている。

GDPは消費支出+国内総固定資本形成+在庫純増+純輸出

でなんたらかんたらと、

GDPが何なのかを細かく分解しているようだった。

それを見ていると、ふと

僕と姉さんは同じ民間という枠組みでも

姉さんは企業側の立場にいて、僕は消費者側という

なにか姉さんとの距離感のようなものを感じた。

だが、僕と姉さんは家族という枠組みの中にいて、

近いのに距離のある存在という矛盾が生まれた。

僕は、その近いのに距離のあるという言葉で

母さんが頭を思い浮かべる。

姉さんも母さんのように離れていってしまうのだろうか…。

そう思うと僕は、それがとても恐ろしいことのように感じた。

その恐怖がなんなのかわからず、

ただただ怯えることしかできなかった。




授業が終わり、教室を出ると不破が待っていた。

「やあ、この授業は長いな。20分は待ったよ」


「そんなに早く終わったのか」


「あぁ、教授によってぜんぜん違うみたいだ。

早く終わる教授もいれば、ギリギリまでやる教授もいるぜ。

上手く前者を選びたいものだな」


「そんな理由で授業選ぶなよ」


「いやさ、単位がある以上どうでもいい授業を取らないといけないだろ。

そんなもの、楽な授業を取った方がいいじゃん」


「まぁ、そうだな…」


「それとも、君はあれか、かわいい娘がいる授業がいいのかい、

さっきみたいな」


「そうからかうなよ」


「ハハッ、そうだサークルは決めたか?」


「サークル?」


「大学っていったら、サークル入って合コンじゃないか!?」


「なんだそれ!僕はそういった浮ついたことは嫌いだよ」


「へぇ、なら君らしい、陰気な読書サークルなんてどうだ」


「陰気とは失礼な、でもそんなサークルもあるのか?」


「結構なんだってあるぜ。ただ酒飲むだけのサークルとか、

遊ぶだけのサークルとか」


「君らしいな」


「暇があれば行ってみるといい」


「そうしてみるよ…」



授業がすべて終わり、

僕は早速、不破にいわれたサークルに

顔をだしてみようかと思った。読書サークルである。

昔から姉さんが読んでいたものを

借りて読んでいたので、文学にはそれなりに詳しい。

そういった話ができる人がいるかもしれないし、

このことを姉さんに言ったら

喜んでくれるような気がした…というのが本音である。

この時期、いろいろなサークルの人たちが勧誘をしており、

読書サークルも同様だった。

同じようなので文学や文芸などいろいろあったが、

読書というのはなんか気楽な感じがして、やはりそれにした。

勧誘している男の人に話しかけ、入りたい事を伝えたら

喜んでサークル専用の個室に案内された。


「ねぇ、君は何か読むのかい?」


「はい、少しは…」


「どんなの読むの?」


「川端康成とか」


「なんだったっけ、伊豆……そう、伊豆の踊り子!

へぇ、古典文学が好きなのかい?」


「まぁ…」


僕が好きなのでは無く、姉さんが好きなのだが…。


「いるよ~、古典文学が好きな人も。

話し相手がいないって、一人で黙々と本よんでるんだ。

文学の方に入ればいいのに…。でも、すごく綺麗な娘だぜ」


「女性の人ですか…」


「おっ、そこに反応するかね…、でも彼女はむずかしいぜ。

サークル内でも人気はあるんだが、性格がね」


「えっ?」


それを聞いて、あの女性が思い浮かぶ…まさか。


「ここ、ここで活動してます。黙々と本を読んでもいいし、

評論をしてもいいし、ただ、駄弁るだけでもいいんだ」


「はぁ…」


そして、ドアを開けて中に入った。


「失礼します」


そう言うと、中にいた人たちが皆、こっちを向いた。


「おぉ!!君、今年第1号だよ!おめでとう」


いきなり歓迎され、驚いた。

なにを言っていいのかわからず、

とりあえず、社交辞令的な返事を返した。


「はぁ…ありがとうございます」


「サークル長の野島と言います。宜しく」


「榎木です。よろしくお願いします」


「この子、文学読むんだって、川端康成だってさ」


勧誘の人が説明してくれる。


「文学か~、なら彼女と話してみるといいさ、

彼女は文学を中心に読んでるから、話が合うかもしれない」


そういわれ、野島さんの向いたほうを向いた。

その女性を見た僕は、反射的に声がでてしまった。


「あっ!」


すると、彼女も気づいたようである。こっちを見た。

だが、すぐに本のほうへ目を戻してしまう。

そう、その人はルーズリーフを貸してくれた女性だった。