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【深センの街中にポスターが貼られていました】

試合前、大会になんらかの者から脅迫があったらしく、

「試合後すぐに横付けしたハイヤーで試合着のまま会場から退出するように」

と言われていました。
トイレに行くにもウォーミングアップするにも、すべて何人ものSPがついて厳戒態勢の中、試合は行われました。

しかし、見事チャンピオンになった伊澤波人選手に対する判定がとても真っ当だったので、私たち日本人一行は、

公平なジャッジをしてくれるんだ

と思いました。
観客も、私や伊澤選手に対してブーイングをすることはなく、暖かい拍手を送ってくださる中国人もいました。

そして、私の試合が始まり、私は勝利を確信してコーナーに戻りました。
判定になり、本部席が慌ただしく動いています。

長い……

あのときの悪夢を見ているようでした。

この試合は、国営テレビでも生放送でライブされていたようで、

「新チャンピオン、シュー・イェン!!」

というコールを聞いた瞬間に崩れ落ちた私の姿がしっかりと映ったことでしょう。

ここから体に力が入らなくなりました。
言葉を発することができなくなりました。

ああ、人間のメンタルの限界を振り切るとこんな状態になるんだ……

自分の中のすべてが燃え尽き、終わった……

長い人生、色々なことがあるのはわかっている。
だがしかし、すべてが燃え尽きた……

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試合後、うなだれて何とか一人でリングを降りた私は、茫然自失で一言も発することもできなければ、何の思考もできませんでした。
そして上半身裸のまま横付けにされたハイヤーに、タオル一枚羽織って汗だくで乗り込みました。

ホテルに帰り、何も声を出せず、暗闇のベッドに倒れこみ、自分の体に起こっている異常に驚いていました。
いまだ体が動かない。

最初にこのブログを書き始めた支離滅裂なただの祈りのような文章は、このときの状態で書きました。
森羅万象にすがる思いでした。

しばらくすると部屋にノックがあり、

「主催者から判定負けが間違いであった」

という連絡が来たとマネージャーが言いました。
今から再協議にかかるとのこと。

「本当はドローで延長だが、関係者が勝手にシュー・イェンにベルトを巻いてしまった。
王座を空位にするので、早いうちに決定戦を……」
「いえ、無理です。勝利以外は受け入れられません。そうお伝えください」

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お天道さまお願いします。

ビデオ判定決着でも、暫定王者でもなんでもいいですから、勝ちに変えてください。
なりふりなんて、なんにも必要ありません。

一生に一度のお願いです。

僕の勝利に変えてください。

お願いします。

頼む。
一生に一度のお願いです。

がんばったヤツが必ず報われる訳じゃないことは充分に承知しています。
でも、今回だけは頼む。
本当に、頼む。

次はいきなりタイトルマッチでも、ファイトマネーは半額でも構わないし、誰が相手でも必ず戦います。
よしんば、八百長して負けろって言われたら負けます(追記・この部分は確かに言い過ぎでした。でも削除とかはしません。このときはまだ負けを宣告されていた時点です。これが偽らざる本音でした。とにかく何でもするから勝ちと言ってくれ、という気持ちでした)。
だから、今回だけは本当にお願いします。
頼む。

私は英雄伝説の72kg級の王者です。

頼む。
ほんとに頼む。

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ただ今英雄伝説のプロモーターが直々にホテルの部屋に来てくれました。
勝敗についての協議は、明日以降に再度審議に掛けてくれるそうです。
先月の記者会見のときから感じていましたが、この人の人間性は本当に素晴らしいと思います。
一選手に対して、こうやってすぐさま動いて頂いたことに、感謝以外の言葉が見つかりません。

プロモーターのジョーさんは、

「私は佐藤嘉洋が勝ったと思った」

と言ってくれました。
また、判定負けという結果を間違えて出してしまったことを、心から詫びてくれました。
そして、小柄な体で私の体を抱きしめてくれました。

後日、私は必ず王者になっていると思います。

審判の権限とかなんとかはもうどうでもいい。
本当に頼む。
俺の勝利に変えてくれ。

一試合で、負け、引き分け、勝利の三つの全てを味わったという稀有な経験をさせてくれ。

明るく生こまい
佐藤嘉洋