流石埜魚水の【特選映画】、★映画のMIKATA★映画をMITAKA・・・

都市生活者の心と言葉を掌にのせた小説、電脳化社会の記号とイルージョンを巡る映画、都市の孕むシンボルと深層を探るエッセイ、街の風景と季節の色を彩る短歌…。小説と映像とエッセイと短歌をブログに・・・掲載します。

】 悲観せず傲慢にならず、遥か彼方の微かな希望の瞬きを頼りに、セーレンの歌声に誘惑されず、世間の荒波に座礁しないように、市場原理の大海原を航海する。せめて言葉の夢を帆にうけて、寄る辺ない望みを胸に船出する。クルーは都会に倦んだ迷い子たち。

時に甲板から望遠鏡で覗く重層的な風景を、時に心の底に沈殿した阿呆な風刺を、時に止めどもなく吐き出される狂気の叫びを、時にノスタルジツクな幻想の記憶を、時に原初の悠遠な海のざわめきを…、ブログに託しましょう。共にブログのイデアを玩味しましょう


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ベルはブックレビューの作品です≫


「キャタピラー」 (2010年、若松孝二監督)
②「アメリカン・スナイパー」(2014年、クリント・イーストウッド監督) 。
「はなれ瞽女おりん」(1977年、篠田正浩監督 )
④「ギルバート・グレイプ」 (1993年、ラッセ・ハルストレム監督)

「あの夏、一番静かな海。」 (1991年、北野武監督)
「だいじょうぶ3組」(2012年、廣木隆一監督)
➆「恋する宇宙」 (2009年マックス・メイヤー監督)
⑧「モーツァルトとクジラ」 (2004年ペッター・ネス監督)
⑨「アンナとロッテ」 (2002年ベン・ソムボハールト監督)
「名もなく貧しく美しく」 (1961年松山善三監督&脚本)
⑪「I am Sam アイ・アム・サム」 (2001年ジェシー・ネルソン監督)
⑫『フォレスト・ガンプ/一期一会』 (1994年ロバート・ゼメキス 監督)
⑬『オアシス』 (2002年イ・チャンドン監督)
⑭『八日目』 (1996年ジャコ・ヴァン・ドルマル監督)でした。
⑮『ジョニーは戦場へ行った』 (1971年ダルトン・トランボ監督)
「AIKI 」(2002年天願大介監督)
⑰「ブラインドサイト ~小さな登山者たち~
「学校II」 (1996年山田洋次監督)
⑲「シンプル・シモン」 (2010年アンドレアス・エーマン監督)。
⑳「グレート デイズ! -夢に挑んだ父と子-」 (2013年ニルス・タヴェルニエ監督)。

㉑「我等の生涯の最良の年」 (1946年ウィリアム・ワイラー監督)
㉒「マラソン」 (2005年チョン・ユンチョル監督)。
「ジョゼと虎と魚たち」 (2003年犬童一心監督)
「くちづけ」 (2013年堤幸彦監督)

㉕「ウィニング・パス」 (2003年公開。中田新一監督)
㉖「エレファント・マン」(1980年公開。デヴィッド・リンチ監督)。
㉗「マイ・フレンド・メモリー」(1998年公開。ピーター・チェルソム監督)
㉘「トガニ 幼き瞳の告発」(2011年公開。ファン・ドンヒョク監督)
「おそいひと」(2004年。柴田剛監督)
㉚「奇跡のひと マリートとマルグリット」(2014年。ジャン=ピエール・

アメリス監督)

ベル『暗闇から手をのばせ』 (2013年公開。戸田幸宏 監督)
㉜『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』 (1992年公開。マーティン・ブレスト監督)
㉝『海を飛ぶ夢』 (2004年。アレハンドロ・アメナーバル監督)
㉞『パンク・シンドローム』 (2012年。ユッカ・カルッカイネンJ=P・パッシ監督)


◆追加DVD

ベル㊺『セッションズ』 (2012年公開。 ベン・リューイン監督&脚本)。㊻『』(1945年公開。フェデリコ・フェリーニ監督)。㊼『レインマン』(1988年公開。バリー・レヴィンソン監督)…。


その他に、この映画ブログでコメントした映画が10本有りました(順不同)。忘れて漏れている作品がもっとあるかもしれませんかーね。

『ツリーの国』

㊱『エール

『抱きしめたい -真実の物語-』

㊳『最強の二人

㊴『チョコレートドーナッツ』

㊵『博士と彼女のセオリー

㊶『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

『マンゴーと赤い車椅子』

㊸『マルガリータで乾杯を

『さようならCP』


これまで「障害者の映画」のテーマでコメントしながら取り上げた映画は、34本でした。新しい作品順に列挙して、邦画を11本、外国映画を23本を前回の掲載で列挙しましたが、さらにその後、新しいDVDを鑑賞、DVD特選映画として追加したい作品が2本ありました。で、㊺ベン・リューイン監督の『セッションズ』(2012年公開)と㊻フェデリコ・フェリーニ監督の『』(1945年公開)と、改めてダスティン・ホフマン、トム・クルーズ主演、㊼バリー・レヴィンソン監督の「レインマン」(1988年公開)を追加観賞しました。






セッションズ』 は、幼少時に発症したポリオが原因で、38歳になるまで首から下が麻痺して動かない身体障碍者・マーク(ジョン・ホークス)が主人です。私もこのテーマでDVDをあれこれ検索していて、初めてこの作品を知りました。「障碍者と性」の問題を考えるに一番ふさわしい映画だなーと思いました。ストーリ設定は、呼吸障害も抱える彼は、巨大な呼吸器の中で昼も夜も生活していた。外出時は、酸素ボンベを積んで身体を横たえる寝台に乗り、生命維持装置と共に移動していた。舞台はそんなマークの性への願望・・・、死ぬ前に一度生身の女性とセックスしたい、童貞を捨てたいという願いを実現することでした。そこで、「セックス・サロゲート」(セックスセラピスト)役のシェリル(ヘレン・ハント)とベットを共にすることになる。マークの家はアメリカなのだが、私はどうしても、前回ブックレビュー「セックスボランティア」でレポートされていたオランダの障害施設や、そこでの障碍者の性欲を処理するためのセックスセラピストや添い寝の相手を有料で提供する団体や組織の女性たちを連想させました。顔を動かし口先に銜えたペンでパソコンから言葉をつむぐ詩人でもある彼の相談相手は、教会のブレンダン神父(ウィリアム・H・メイシー)であった…。


この映画を見たときにアメリカのセックスセラピスト

の事情を知りたくて安積 遊歩さんの「癒しのセクシー・トリップ― わたしは車イスの私が好き! 」(1993年刊行、太郎次郎社)に出会い、読みました。著者の安積 遊歩さんは、原因も治療法も分からない奇病、カルシュウムを吸収しにくい「骨形成不全症」という病気で、13歳になるまでの10年間に20回近くも骨折を繰り返していたという。養護学校と在宅障碍者の車いす生活をする中で、障碍者の性と人権を回復する障害者運動に関わりを持ちながら、ミスタードーナッツの主催で、障害者リーダの米国留学研修事業に幸いにも参加できた。1983年から半年間、カリフォルニア州バークレイ自立生活センター(CIL)にホームステイした経験がこの本に書かれていました。養護学校や病院での「障害者」にたいする世間の視線と通念、と同時に成長と共に女性として性に目覚める期から、それゆえに尚更に「性」への好奇心が募り、同じ障害者と同棲をしたり・・・、と障害者としての葛藤と「性」の問題意識が赤裸裸に書かれていました。・・・


障害者の「性」の問題は、この『セッションズ』をコメントしながら、安積 遊歩さんの「癒しのセクシー・トリップ― わたしは車イスの私が好き! 」(1993年刊行)をブックレビューとしてとりあげることが最も適切だと思いました。 まず、カリフォルニア州バークレイでのアメリカ留学で得た一番の意識改革は、障害者として「障害」の肯定と、「障害」が個性ならば、ありのままの自分をより自己実現するという意識変革で

した。(p142)かつて私は、絶望的な自己否定のただ中で「障害は個性」という見方に出会い、そう信じ、そのことばを日々、叫びつづけていた。それが、アメリカに来てみると、そんなことはあたりまえすぎて、改めてことばにするまでもないといった感じなのだ…個性を自分のものとし、自由を追求する姿勢のたくましさを、私はアメリカでつくづく学んだと思う。医学も、リハビリも、CILも、すべてそのための援助…につながていると言う。さらに、障害があることで、自分が女としての「性的存在」であることを暗に意識から消し、その反面、性を奪われてきたことで大きな飢餓感や欠乏感も感じていたのである。しかし、料理をしたり洗濯をしたりなどの、女だから当たり前のように押し付けられる家事労働やブラジャーやスカートを着たりする「女らしさ」からも免れていたという。


普通私たちは、自分の生まれた社会や土地の風俗や習慣や宗教に縛られているものです。そこに、「男」「女」を縛り付ける男女の役割「らしさ」のイメージの頸木もあります。アメリカ留学で得た二番目の「性文化」の視点は、奔放な性意識でした。(p150)…性の多様なあり方…レズビアンやゲイの友だちとなかよくなればなるほど、私はその生き方に強くひかれていった…まず彼女たちのもつ自由さと身軽さ…男との関係、あるいは男社会のあまりのひどさに絶望し、「こんなの、私はイヤだ」というところからレズビアンで生きることを選択した女たち。彼女たちのなかには、もっとナチュラルに、たんに、「女を愛する女」でありたいという人もいる…「こうあらねば」という囚われから、みごとにみずからを解き放ているセクシャリティーには、あまりに刷りこまれ、決めつけられてきた長い歴史かあって、多くの人が、硬直したパターンと意識に縛られている気がする。人間が異性としか愛し合わないということに「ノン」を言ってくれたのがホモセクシャルの人たちだとするなら、「すべての人たちがバイセクシャル(両性愛者)だ」と気づき、これから人類におとずれるかもしれない・・・と、大変大胆なLGBT(レズビアン、ゲイバイセクシャル、トランスジェンダー)の性文化論を述べています。このセクシャリティーは、個人の自由な選択だという彼女の到達した性意識は、今までの常識的な性によって、そこから女としての属性を否定され、個人史の中でもがいてきた彼女を、セックスにおいて性交がすべてではないと気づかせることになる。(p156)性交をしなくても、さまざまな交歓をを経て、その女性が徐々にエクシタシーを感じていく姿は、私にはかなりの衝撃だった。それまで信じていた「性交こそがセックスだ」という性の神話は一気に崩れた。そして、かわりに私のなかに生まれた確信は、ペニスが問題ではないということ。セックスで大切なのは、それをとおして二人がどれだけコミニケーションをかわし、どれだけ気持ちよぃ状態を共有することができるかだということだった…と結論を出しています。


私はすぐにあの乙武洋匡さんの『五体不満足』(1998年刊行、講談社)を想起しました。あの本の中には男としての「性」の悩みや障害者としての「性」の問題が書かれていなかったーなと思いました。障害者なが乍ら高校・大学へと進学し、さらに大学院まで勉強している頭脳明晰な彼です。学生のころより自己主張し、賛同する仲間を集めてボランティアたちと政治活動を始め、スポーツライターになって記事を書き、教育問題にも切り込み、言論の幅を広げる乙武さんの活躍を考慮して、出版社の編集者が性の赤裸裸な告白を避けたのかもしれませんーね。しかし、私は、この安積 遊歩さんの「癒しのセクシー・トリップ― わたしは車イスの私が好き! 」を読んだ後も、尚更に彼の性意識に関心を持ちます。だってさ、2001年に健常者の女性と結婚して、子供を2015年には三人もうけているのだから、障害者の「男」のセックスをもっと赤裸々に語ってもいい気がしますーよね。しかも、2016年3月に5人の女性との不倫関係が『週刊新潮』に報じられ経緯もあるのだから、尚更に障害者の「性」について語る必要があるだろうーよ。でなければ、彼は偽善者だよな…。




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