最近の大きなTVの話題といえば、やはり舛添要一東京都知事の辞任劇かな・・・。都知事の辞任ニュースといえば、政治ドラマを見ているように面白おかしくー、政治資金で美術品絵画を購入したとか、湯河原の別荘へ通う私用に公用車を使うとか、家族団欒のホテル滞在なのに会議を装ったりとか、シルクの中国服を公費で買ったりとか…、吉本のお笑いのネタになるようなニュースばかりです。でも、私には西部邁・舛添要一といえば、東大医学部の研修医制度への抗議に端を発した東大紛争、東大安田講堂、そして1988年(昭和63年)に起こった「東大駒場騒動」などの60年代70年代の時代背景と共に記憶に残っている事件と人物なのです…が。当時、東大教養学部教授だった西部邁が、あの「チベットのモーツァルト」(1983年、せりか書房)を書いた中沢新一を、社会科学科助教授に推薦するのだが、教授会で拒絶された。それに抗議して西部邁などと共に大学を辞職した一人であった。私の記憶違いもあるかもしれませんが、私は西部・舛添の名前をこう記憶しています。東京大学教養学部政治学助教授から、将来、東大教授にもなった学者ですが、辞任後2001年に自民党参議院議員に初当選、2014年東京都知事選挙に当選する、輝かしい経歴の中で、エリートコースを蹴って政治家に転身した彼の政治理論と象牙の塔に踵を返した叛骨精神を期待したのだけれども、それがそれなのに…ナ。国政でも都政で大胆な政治手腕を振るってほしかった政治家でしたが・・・ネ。決して「SEKOI」などという和製英語を残す人になってほしくなかったと、私は思うのです。国会議事堂内の高級官僚と国会議員のOBさえたくさん輩出する東大の「政治学」とは、そんなに役に立たない脆弱な学問を教えいるのか???都議会で彼の政治資金の実態を暴こうといろいろな質問を都議員が投げましたが、私は残念でたまりません。どうして彼に、「舛添都知事よー、あんたの政治目的とは何だ?」、或はまた、「政治家の使命とは何だと思いますか?」と、問いかける議員が一人もいないのか…と胡乱に思いました。私は、彼の口からその答えを聞きたかったです。再び都知事選の選挙に誰が立候補するのかの、興味本位の候補者ニュースが流れています。が今度こそ、人気投票ではなく、政治の目的と、政治家の使命をはっきり掲げる東京都知事を選んでほしいです…ね!

 

ハリウッドの映画ならば、自民党の陰のシンクタンクが舛添辞任に向けてマスコミを使って世論操作をした…、参議院圧勝のために選挙対策のための一手…、全てが巧妙に仕組まれたどす黒い保守政権の裏工作だった、となるのだがーナ。

さて、6月中旬の特選映画をアップロードします。今回4本を映画館で観賞、今月6月は今の所、初旬デッドプール探偵ミタライの事件簿 星籠(せいろ)の海』『サウスポーヒメアノ~ル』『64-ロクヨン-後編』、中旬『二ツ星の料理人』『マネーモンスターマイケル・ムーアの世界侵略のススメ10 クローバーフィールド・レーン』の9本を観賞しました。選んだ特選映画1本は、ドキュメント映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメでした。こんなのんびりした企業でフアフア気分の国家では、例えば、有給休暇が年/8週間もあるイタリアのオートバイメーカー「ドゥカテ」の本社工場の従業員と経営者のコメントを見ると、しのぎを削る世界の金融システと経済競争には勝てないで、ギリシャのように国家経済は破たんするゾ…と言うかもしれませんーね。ただ、マイケル・ムーアは、合衆国の1パーセントの資産家が「お金」を独占するアメリカの高度資本主義と富が資本家に集中するアメリカに「No!」と言っています…。

 

1

料理の舌とフライパンを操る腕は一流、皿を盛る料理センスは芸術家、しかし、どうしたものか調理場とオーナとの間でついついトラブルを起こし、キャリアを台なしにするシェフ、アダム・ジョーンズ(ブラッドリー・クーパー)が主人公。1本目は、突然パリの二ツ星レストランから姿を消して3年後、それでも依然伝説の有名シェフの評判が残るアダムは、ロンドンの友人トニー(ダニエル・ブリュール)のレストランに現れ、新天地ロンドンで三ツ星獲得を目指して奮闘を始める料理映画『二ツ星の料理人』(ジョン・ウェルズ監督)でした。

 

料理映画といえば、過去に数々の名作傑作があるジャンルです。率直に言って、ラーメンとカレーライスとチャーハンとコロッケと焼きそばが好きな私は、余りグルメではないのです。だから、私は「料理映画」はあまり夢中になって見れないのです。近頃記憶に残るそれらの映画では、洋画のシェフ 三ツ星フードトラック始めました」(2014年公開、ジョン・ファヴロー監督 )かな…。邦画ではまず、『深夜食堂』(2015年公開、松岡錠司監督)がシミジミ旨味が染みた映画でした。次はそう、「南極料理人」 (2009年公開、沖田修一監督) が最後まで楽しめた映画でした…。

 

私の名作傑作の基準の一つは、ラストシーンがコメントを書くときに鮮やかに蘇って来るかどうか―です。料理映画『二ツ星の料理人は、どうも感動が甦ってこないのです…ね。

 

2

リー・ゲイツ(ジョージ・クルーニー)が司会を務める財テク番組「マネーモンスター」に拳銃を手にしたカイル(ジャック・オコンネル)が生放送中のスタジオに憤って乱入して、この番組の株式情報によって貯金を全て失い破産したという。スタジオジャックは、番組ディレクターのパティ(ジュリア・ロバーツ)の指示で、そのままカイルの出演するスタジオテロ事件の同時生中継になってしまう。2本目は、巧みな話術で株価予想や視聴者への助言を行う経済情報番組、財テク番組が推奨した株価の激変の裏に隠された株価操作を暴露した『マネーモンスター』(ジョディ・フォスター監督)でした。

 

え~あの女優ジョディ・フォスターが監督した映画なのーと驚きましたが、これまでリトルマン・テイト』『それでも、愛してる』などを制作しているようです。2014年4月、パートナーの女性写真家アレクサンドラ・ヘディソンと同性結婚した彼女です、次回作品では是非とも,「同性愛」をテーマとした映画を作って欲しいです。

 

3

3本目は、ある日、アメリカ国防総省のお歴々のお偉方たちに呼ばれて、惨敗続きの国防総省に代わりに映画監督のマイケル・ムーアは、アメリカの「侵略者」として空母艦ロナルド・レーガンに乗り込み、ヨーロッパへと向かう、彼独特のジャーナリスティクでアイロニカルな、とことんラジカルなアメリカ批判の『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』(マイケル・ムーア監督)でした。

 

コロンバイン高校の銃乱射事件に題材をとり、銃社会アメリカを痛烈に批判した『ボウリング・フォー・コロンバイン』 (2002年公開)や、皆保険制度のないアメリカ合衆国の高額な保険医療制度と、キューバなどの医療制度を取材した「医療問題」をテーマにしたドキュメント映画シッコ』(2007年公開)、2008年9月に起こった「サブプライムローン」と、証券会社「リーマン・ブラザーズ」の破綻が引き金となって生起した金融危機と世界金融恐慌の真実を描くためにニューヨークのウォール街へと乗り込んでいく取材映画キャピタリズム~マネーは踊る~』 (2009年公開)など、アメリカが今直面している社会問題をドキュメント風に仕立てるマイケル・ムーア監督の視点と傑作は、既に数々残されています。今度の『世界侵略のススメ』では、本来ならばアメリカが起源だが、しかしながら、アメリカにはない、既にアメリカから消滅した社会保障制度や労働環境、教育制度や司法制度などを求めてヨーロッパ各国を幅広く取材しています。例えば、有給休暇が年間に8週間もある、イタリア・ボローニャを拠点とするオートバイメーカー「ドゥカティ(Ducati 」の本社工場を訪問して、従業員と経営者を取材しています。例えば、休日を寛いでいる家庭や、会社を退勤後の時間帯に上司がスタッフに連絡をすると法律違反なるドイツの労働環境、例えば、麻薬使用が合法であるポルトガルの司法制度、例えば、手錠も鉄格子も死刑制度も無く、出入り自由な孤島の一軒家に自由に生活するノルウェー刑務所の囚人たちがいる司法制度と刑罰、例えば、家庭での宿題もなく、週に20時間しか授業がないのに、学力水準は世界トップクラスのフィンランドの教育制度が紹介されています…。

 

彼はその都度アメリカの国旗を「侵略」の証として置くのでした。つまり、アメリカ起原の制度と組織と人間観が、その国のその社会システムに根付いているから―なのです。

 

4

4本目はニューヨーク市街を巨大怪獣が襲い、都市の破壊に逃げ惑う市民の恐怖を描いた、2008年の怪獣パニック映画「クローバーフィールド HAKAISHA」(マット・リーヴス監督、脚本:ドリュー・ゴダードのサスペンス編とも言っていい作品『10 クローバーフィールド・レーン』(ダン・トラクテンバーグ監督。J・J・エイブラムス製作)でした。

 

恋人の元に車を走らせる主人公の女性・ミシェル(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)は、突然の事故で車は道路から転落反転して、目覚めると怪我をして、コンクリートの壁に囲まれた部屋に、点滴を注射され、鎖と手錠によって束縛されたマットの上の自分に気が付く。ここは怪獣の襲撃から難を逃れるシェルター内で、この中には、彼女をここへ運び襲撃から救助したと主張するシェルターの所有者・ハワード(ジョン・グッドマン)と、シェルターの避難同居者・エメット(ジョン・ギャラガー・Jr)が、この中で既に共同の非難生活をしていた。この作品かサスペンスである理由は、ミシェルは、モンスターが地球を襲い汚染された外は危険だー、この地下シェルターに留まれーという彼らの言葉が、寧ろ生命を擁護している言葉としてよりも、ミシェルをコンクリートの中に自由を拘束されている・・・と疑心暗鬼になってくる心理的な疑惑が持ち上がって来るところです。

 

ただ、最後のシーンでハワードから逃げ、地下シェルターを抜け出して、そして、怪獣の出現に車で方向もわからずに逃げ去る時に、ラジオから生存者のSOSを聞くところで、車をヒューヘストンへ方向転換して、ハンドルを切る場面で終わります。ア~続編がありそうだな・・・という予感と共に、ストーリが中途半端に閉じられ、作品を堪能しきれない不満を持つ映画でした。

 

 

(尚、 誤字脱字その他のために、アップした後で文章の校正をする時があります。予告なしに突然補筆訂正することがありますが、ご容赦ください…)

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