74 「ジャッカルの日」 巨匠ジンネマンが、愚直なまでリアルに徹した最高にかっこいい実験映画 | ササポンのブログ

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当初、主役の候補は、ロジャームーアだった。
しかし監督のフレッド・ジンネマンは「ムーアでは目立ち過ぎる。群衆にまぎれない」
主人公は、殺し屋である。
目立っていいわけがない。
深く静かに潜行して、
一発で標的を撃たなくてはならない。
目立つような男ではリアルではない。
そして
地味で群衆に隠れるエドワード・フォックスが主役に選ばれた。
淀川さんは、
この役を映画史に残る悪役と書いた。




あくまでもリアルにこだわった監督だった。
「真昼の決闘」では
映画の上映時間と、
劇中の時間をシンクロさせた。
主人公の保安官が
住民に手助けを頼むというシーンを入れた。
なぜならそのほうがリアルだから。
このシーンに激怒した
ハワードホークスが
「リオブラボー」の主人公に「素人さんの助けはいらない」というセリフを言わせた。

「暴力行為」
「地上より永遠に」
「日曜日には鼠を殺せ」

リアルを積み重ねた結果が
サスペンスとなる。

巨匠の映画哲学が
そのままこのベストセラー小説の
利点と重なった。

虚と実が
判然としないほど
緻密に構築された原作は
最も
ふさわしい監督によって
映画化された。



1954年に始まったアルジェリア戦争は泥沼状態に陥った。
「フランスのアルジェリア」を信じて戦う現地駐留軍や
フランス人入植者の末裔(コロン、またはピエ・ノワール)らは、
フランスの栄光を願う右派世論を味方に付けて
アルジェリア民族解放戦線(FLN)やアルジェリア人の村落を殲滅するが、
相次ぐFLNの爆弾テロや残虐になる一方の戦争で
厭戦世論も広がり世論は分裂した。
1958年、政府の弱腰に業を煮やした現地駐留軍の決起によって
フランス第四共和政は崩壊し、
フランスの栄光を体現するシャルル・ド・ゴールが
大統領に就任したことにより第五共和政が開始された。
アルジェリアの軍人やコロンたちは、
ドゴールがフランス固有の国土のための戦争に一層力を入れてくれると期待したが、
ドゴールは戦費拡大による破綻寸前の財政などを鑑み
9月にアルジェリアの民族自決の支持を発表した。
1961年の国民投票の過半数もそれを支持し、
1962年に戦争は終結してしまった。

現地軍人やコロンらは
大混乱のうちにフランスに引き揚げた。
彼らは戦争中に
OAS(「秘密軍事組織」)を結成してアルジェリアで破壊活動を続けており、
フランスでも政府転覆を狙って対ドゴールのテロ活動を行ったが、
ジャン=マリー・バスチャン=チリーなど
現役のエリート軍人らによるドゴール暗殺計画はことごとく失敗し、
組織の優秀な軍人達は逮捕され処刑された。

組織にはフランス官憲のスパイが浸透した上、
コルシカ・マフィア(ユニオン・コルス)まで投入した捜査の結果、
秘密だった筈のメンバーや活動もほとんど判明してしまい、
表の政治組織もフランス官憲の実行部隊により容赦なく壊滅させられるに至って、
支援者だった企業オーナーらも離れていった。



1963年、残るOAS幹部のうちトップ3人はオーストリアの潜伏先で、
もはや組織内のドゴール暗殺の動きが全て察知されてしまうため、
組織外のプロ暗殺者を雇うことを決める。やがて最適の人物として選ばれた、
本名も年齢も不詳だが若々しく、
狙撃が超一流のイギリス人男性が暗殺を請け負う。
彼は「ジャッカル」のコードネームで呼ばれることを望み、
プロとして法外な報酬を要求した。

OASが組織を挙げてフランス各地で銀行などを襲い資金を集める間、
ジャッカルは図書館でドゴールの資料を徹底的に調査し、
一年のうちに一度だけ、
ドゴールが絶対に群衆の前に姿を見せる日があることを発見してそれを決行日と決めた。
ジャッカルはパリのいくつかの候補地から決行地点を選び、
全ヨーロッパを移動しながら
必要な特注の狙撃銃、偽造の身分、パスポート、衣装、入出国経路などを抜かりなく用意する

ウィキーさんより

よくいわれていることであるが、
この原作を映画化するのに
不利な点があった。
標的が実在のドゴールであり、
その生涯は知られており
暗殺の結果がわかっているという点。

つまり
この映画の最も映画的なサスペンスを
使えないのだ。

それでも
フレッド・ジンネマンは愚直なまでに
リアルに徹した。

ただリアルに
ジャッカルの犯行までの行動と
それを追うルベル警視という老刑事の捜査を
描写していった。

映画というメディアを知り尽くした
巨匠が
その経験と知性によって
無駄を
映画的な装飾を
極限までそぎ落とした。
そういう意味では
地味の極地のような映画だ。

でも
高校生だった僕や周りの友達は
この映画に痺れた。
かっこいい・・。
すげえかっこいい。



この主人公を
映画史上最大の悪役と書いた淀川さんに賛同する。
このジャッカルという男
なにもない
ただ殺すマシーンである。
そういう意味では
「ジョーズ」の鮫となんら変わりない。
ただ殺すという目的のためだけに
知性が動く。

思想もなければ
憤りもない。
殺すためだけに生まれてきた
この男を
悪役と呼ばずして何と呼ぶ?

そして
そんな彼を
かっこいいと
凄いと思う
僕の心はなんなんだ・・。

この男の淡々とした殺しの行程を
喜んで熱狂して読んだ人たちは
なんなんだ・・。

彼を雇う側の人たちは、
思想と理想のために命を賭けている人たちだ
でも
彼らをかっこいいと思うか?
考えれば考えるほど
不思議な映画だ。

これはフレッド・ジンネマンという巨匠が
仕掛けたすげえかっこいい実験映画です。

ハリウッドという装飾の世界で
リアルを貫いた男の意地の弾丸です。

この映画の優れている点を
皮肉なことに
出来の悪いにもほどがあるリメイクが証明してくれました。

派手な装飾と嘘の匂いが
鼻につく
最低の映画が

この映画の孤高さを
見事に証明してくれました。

本当に
かっこいい映画です・・・