70 「悪魔の手毬唄」  完璧という名の奇跡の映画  映画鑑賞前に読んでくださいバージョン | ササポンのブログ

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映画は、総合芸術です。
観たことも聞いたこともないプロットを持った原作
それを論理的に組み立てた脚本
妥協のないキャスティング。
そして
その世界を理解したスタッフによる細部の構築
それらすべてを、時には俯瞰で、
時には内部に入り込んで組み立てていく監督
そして
出来あがった世界に
名手によって音楽が入る。

これだけの工程を経て
やっと映画という芸術は完成する。

だからこそ
完璧などありえない。
これだけの過程の間には
妥協も入ってしまうし、
甘えも入る。
人間が作るものなのだ。
それはしょうがない。
時としてその妥協が人間味となり映画に温かみを与えることもある。
妥協がかえってよかったりもする。

映画という芸術には完璧はありえない。

しかし、
しかし、
時として奇跡という魔物が
この完璧を見せる。

この映画はまさにそれです。
この映画は、完璧です

こんな完璧な映画を紹介するんです。
しっかりとやらなくてはなりません。
ただ困ったことに
この映画の場合、
犯人の正体を語らなければ書けないこともあるのです。

だから
この映画の評は二通り書くことにしました。
観たことのないひとバージョンと
観たことのあるひとバージョンである。

洋画劇場の解説の映画が始まる前の「さあ、じっくりごらんなさい・・」
と観終わった後の「さあ、どうでしたか・・」バージョンである。

この映画は
そこまでしゃぶりつくしたい極上の映画なのです。

古い因襲に縛られ、文明社会から隔離された岡山と兵庫の県境、
四方を山に囲まれた鬼首村(オニコベムラ)。
青池歌名雄は、葡萄酒工場に勤める青年。
歌名雄には、由良泰子という恋人がおり、仁礼文子もまた、歌名雄が好きであった。
この由良家と仁礼家は、昔から村を二分する二大勢力であった。
しかし、二十年前に、恩田という詐欺師にだまされ、
それ以来由良家の、勢いはとまってしまい、
逆に仁礼家が前にもまして強くなった。
その時、亀の湯の源治郎、つまり歌名雄の父親が判別のつかない死体でみつかった。
この事件を今も自分の執念で追いかけているのが磯川警部。

磯川は、ナゾをとくために、金田一耕助に調査を依頼する。

gooさんより

大きな掌で、つるりと顔をなでながら、満面笑みくずれている磯川警部も、ずいぶん歳をとったものである。(原作より)

金田一との名コンビで数々の事件を解決した磯川警部の個人的な依頼によって
この物語ははじまった。


この横溝正史の長編の原作というのは、
すべて
同じような形をしている。
微妙に色合いを変えながら
構造的なものはよく似ている。

さらにいえば
原作自体もすでにベストセラーであり、
観客も犯人を知っている可能性が高い。

それでも映画を魅力的なものにして
尚且つ
最後まで謎を謎として描き観客を引っ張る。

市川監督は、
まず徹底的に丁寧に描いた。

とにかくこの横溝正史の原作は
人間関係が複雑で
説明するだけでも大変である。
ほとんどの映像化作品は、
この人間関係を説明するだけで
時間を浪費し
ただの謎解きドラマになってしまう。

この映画は、
犯人の推理に関しては
伏線やヒントなどを
恐ろしいほど丁寧に表現した。
彼独特の
反復フラッシュバックも効果的に活用された。
とにかく
映画的技法のすべてを使って
どんなにボケッと映画を観ていても、
犯人がわかったときに納得できるように作られている。
しかし
それだけでは終わらない
その説明シーンのなかに
キャラクターの性格、人格
さらに
人生までも含ませていく。
なにげない風景にまで
感情を含ませるという恐ろしいまでの無駄のなさ。


そんなのは推理の映像化なら当たり前だろ・・
そのとおりだ。
でもそれができている推理物映画がどれだけあるだろうか?
これだけミステリー映画が作られているのに
何度見ても
その伏線やヒントの表現に感心させられる映画が
どれだけあるだろうか?

そして
さらにこの映画を何回もの鑑賞に耐えられるミステリーにしているのは、
役者の魅力である。

特に素晴らしいのは磯川警部を演じた
若山富三郎だ。

歳を取るごとに評価が高まり
最後には
演技派の名優として評価されるという
役者としては理想的な生涯を送った
若山富三郎の
この映画は
ベスト1だと思っている。
数々の賞に輝いた「衝動殺人・息子よ」よりも
こちらのほうが
より若山富三郎らしく
彼にしか出来ない磯川警部だったと思う。


あまりにも悲しい運命に彩られた
この物語で
一番悲しい思いをしたのは
磯川警部であり、
それを
一番理解していたのが
親友の金田一耕助である。

「金田一先生、わたしはこのとおり老骨ですが
まだまだ余生をながらえて
またいつか先生とお仕事をいっしょにさせていただきたいと思いますが
こんどのようなのはまっぴらですね。
このように悲惨な思いが
あとあとまでながく尾を引くような事件は」


原作の最後のほうに出てくる磯川警部の言葉です。

さて、悲惨な思いが
あとあとまでながく尾を引くような事件とは・・。

それは観終わった後に話しましようね。

それではまたあとでお会いしましよう。