「俺が最初から心配していることはたったひとつなんだよ」


と、すずきさんはいった。


「俺が心配しているのは、紗羅が、本当に俺でいいのか?という、その一点だけなんだよ。それは、ずっと前から、ずっと、俺が、考えていたことだ。一緒に歩いていてもそうだし、食事の待ち合わせにお前が現れるときもそうだし、社内で、お前とご飯を食べにいきたい、と話している男子社員を見たときも、俺はそう思う。

本当に俺でいいんだろうか、紗羅のことをきちんとしあわせにできるんだろうか、と、ずっと考えているよ。

俺は髪の毛も白髪が増えてきたし、偏屈なおやじだし、おしゃれなわけでもかっこいいわけでもない。そのことを思うといつも考え込んでしまうよ。」


わたしはそれには答えず、「わたしが心配していることはねぇすずきさん、あなたの前妻とその子によって、わたしが何か今後迷惑を蒙るんじゃないか?っていう、その一点のみなのよ。」といった。


すずき「例えばどんなことが心配なんだ?」


わたし「精神的な話と、実務的な話と、二つあるわね。精神的な話でいえば、あなたが隠れて連絡をとってるんじゃないか、っていう疑心暗鬼に常に襲われるとか、あなたが彼女たちのことを考えている時間が少しでもあるのが不愉快だ、とか、そういう話ね。実務的な話はね、端的にいえば、遺産相続を含めたお金の話と、あとトラブル時に誰が責任をとるのかっていうことよ。」


すずき「隠れて連絡をとることなんて、有り得ないです。信用してください。除籍の手続きのときにメールで連絡はとりましたが、もうこれで連絡をとることはないんですから。お金の話はですね、私の退職金と年金については、離婚協議書にて、放棄して貰っています。生命保険は、お前に指摘されたから、ちゃんと受取人を、全部俺の父親にかえてあるよ。何なら保険証券を見せてもいい。」


わたし「遺産相続は?遺言は当然書いて貰いますけど、そうしたって遺留分は請求されたら渡さなきゃいけないわけでしょ。遺留分は法定相続分の二分の一ですからね、もしわたしが二人、子を産むとして計算すると、あちらには八分の一、もって行かれるのよ。あなたが1億残したとして、2000万よ?2000万あったら、わたしの子どもたちに何がしてあげられる?断じて回避したいわね。対策としては、家土地車の名義をわたしにすること、、預金も、年間110万ずつ、わたしと、子ども二人に贈与していって、10年で3300万…。あなた名義の財産は可能な限り少なくしないと。あと、生命保険金は受取人の固有財産なわけだから、そのあたりでカバーはできると思うけどね。」


すずき「お金なら、これからまた入りますよ。俺の父親はもう78ですからね、近い将来死ぬでしょう。遺産の件は、離婚協議書には書き損ねたんだよなぁ・・・まあ対策は考えます。トラブル時というのは?」


わたし「つまり、あなたの前妻の子が大怪我か何かをして、数千万単位でお金がかかるといったときに、誰がそれを負担するのか、っていうことよ。」


すずき「ああ、それは、俺が負担する必要はないよ。あちらはまだ親も健在だしな。親戚も多いし。あちらでなんとかするだろう。」


わたし「でもその保証がないわけよね。要は、前妻とその子どもは、わたしにとってのリスク要因なんですよね。そういう、実務的な話でもそうだし、あと、もし何かあって、前妻の子が死ぬ事態があったときに、あなたは葬式にはいってほしくないわ。」


すずき「だって、俺のほうが先に死ぬんだろうから、そもそもその想定がありえないんじゃないか?」


わたし「そんな話をしてるんじゃないわ。交通事故でも年間で何万人も死んでるでしょ。行くのか、行かないのか、訊いているの。」


すずき「行かないよ。」


わたし「それならいいわ。もう無関係な子の葬式にいくぐらいなら、わたしの子に絵本の読み聞かせでもやってほしいわね。もしいこうとしても、ベッドにぐるぐる巻きにまきつけて、絶対に行かせないわ。そして、あなたの葬式にも、前妻の子は絶対に呼ばないわ。わたしが喪主ですからね。葬儀は仕切らせて貰うわ。のこのこやってきたところで、わたしの息子に、門のところで見張ってて貰って、追い返すわ。一歩も中には入れないわ。」


すずき「こないだろうし、呼ばなくていいよ、家族葬でいいんだから。俺の葬式なんて盛大にやらなくてもいいよ、それならおまえの生活に使ったほうが有意義だろう。」


わたし「よくわかってるわね!そのとおりよ!ピンクの棺を用意してあげるわね、かわいいやつ。」


すずき「それは勘弁してくれ。でも、俺の亡くなった母親には、俺が死んだことをおしえてあげてね。それだけはひとつだけ、お願いしてもいい?」


わたしはそれを約束して、安心して眠りに落ちた。