前回 、 目次 、 登場人物

コリンとデイビットは、引き続きイサオの看病を続けていた。

イサオの本格的なリハビリも開始され、順調に回復に向かっていた。


デイビットの携帯に、ブライアンから連絡が入った。

廊下に出て、携帯に出た。


「秘密結社の件だが、少しずつ分かってきたぞ。FBIの知人から聞いた話だ。襲撃の時に、偽看護師がイサオに打とうとしたのは筋弛緩剤、俺に盛ったのは睡眠薬、それに、目撃者には自白剤。連中の中に、薬に明るい奴がいる。事件を担当しているFBI捜査官も同じ考えに達した。」


「いたのか?」


「10年前に退職した刑事が、当てはまったんだ。そいつは、病気で退職した。快復してから、大学に入り直して、薬学を専攻し、薬剤師の免許を取ったんだ。現在は、24時間開いている薬局で働いている。FBI捜査官と警察が、そいつの身元を洗っている所だ。」


「薬剤師がクロと分かれば、秘密結社への糸口になるな。ロシアン・マフィアの生き残りの行方は?」


「南米系の麻薬組織に近づいているとの噂だ。探っている所だ。」


「あと、ニック刑事はどうした。」


「一度、ニックの家、と言っても、トレーラーハウスに行ったんだ。生憎、留守だった。人懐っこくて、可愛い犬が、窓から覘いていた。丁度、ペットシッターの男がやって来たんで、話をした。何でも、病院で検査を受けているとの事だ。何か聞いていないか?」


「いや、何も聞いていない。顔が青白く、周りから病院に行くようにと言われていたそうだ。ブライアン、ニックの事が気になるのか?」


「それ程でもないけど、どうして俺に接触しなかったのか聞きたかっただけだ。」


デイビットは、ブライアンと少し話をして携帯を切った。

ブライアンとニックは、繋がりがあったと、今の会話でデイビットは確信した。


デイビットは、この事をコリンに話した。


「良かった。とうとう、ニックは病院に行ったんだね。これで、親友のアーサーさんも一安心だ。ブライアンも、ニックの事を気にしているという事は、やはりあの2人何かあるね。」




ある日の午後、デイビットはスーパーで日常品の買い物をしていた。

買った品物を袋に詰めている時、ジュリアンが声を掛けてきた。


「今、時間が取れるか?」


デイビットとジュリアンは、海岸に出た。


海岸には人が多くいるが、波の音しか聞こえなかった。


「コリンは、健気だな。毎日、イサオの為に尽くしている。それに、君にも。ニックが言っていたが、あの子は自分よりも、人を大切にするね。」


ジュリアンは、海を眺めた。


「済まんな。君も知っての通り、私にはコリンと同い年の息子がいてね。ついつい、同い年の男性を、息子に重ねて見てしまうんだ。事情があって、幼い頃から離れて暮らしているので尚更なんだ。」


「俺に話とは?」


「シカゴで、一人の刑事が自殺した。その刑事は、病院での襲撃事件後に姿を消し、FBIが追っていた、シカゴの秘密結社のリーダーだ。」


「シカゴの秘密結社のリーダーが自殺か・・・。そうすると、残りのメンバーは?」


「皆、消えた。リーダーの自宅をくまなく探したが、秘密結社の資料は一つも発見することが出来なかった。FBIは彼の同僚や知人を徹底的に捜査しているが、まだメンバーは一人も見付かっていない。まるで、煙に巻かれて、何も見えない状態だ。」


「ニューヨークは?」


「調査中だ。リーダーと思しき人物が炙り出された。その人物は、1ヶ月前から病気を理由に休暇をとっていた。ブライアンの襲撃の後から、行方不明になってる。そこでも、他のメンバーは未だ見つけ出されていない。」


「そうか。マイアミの方はどうだ?」


「FBIと警察が、それと睨んだ元刑事の男を見張っているが、尻尾が出ない。彼も、元は刑事だから、FBIの動きは良く分かるんだろう。彼は、刑事を辞めた後は、薬剤師に転職している。」


ジュリアンの情報は、ブライアンの情報と大体一致した。


「ロシアン・マフィアの残党は、どうなった?」


「彼ね。麻薬組織に頼ったけど、そこも飛び出した。麻薬組織は、彼のお金だけが欲しかった。満足に、米国英語が話せないから、どうなることやら。」


「連中は、こっちまでには手が回らない状態だな。」


ジュリアンは海を見ているが、その視線はもっと遠くを見ていた。


「コリンから、話は聞いているだろう。17年前でシアトルで起きた事について。」


「ああ。」


デイビットは、ムッとした。

何で、コリンの昔を、再三蒸し返すのかと。


「私も、17年前の夏に、シアトルにいたんだ。今でも、時々夢に出てくるんだ。」


デイビットは驚いて、ジュリアンの方へ振り向いた。


「当時の私は、現役のこそ泥だった。親友のニックは、マイアミ警察の刑事で、殺人事件の犯人を追って、シアトルに来ていた。捜査が難航してね。何しろ、犯人はシアトルで有数の金持ちで、色んなところにコネがあった。このマイアミにも。金持ちの圧力に苦しめられていたニックは、私を呼んだんだ。」


「泥棒の君を?」


「金持ちの弱みを、手に入れ様としたんだ。私は、金持ちの周辺を調べた。そうしたら、コリンが出てきた。彼は、父親の治療と引き換えに、金持ちの愛人をしていた事が分かった。私は、コリンの写真を手に入れた。妖艶な美少年だった。14歳と聞いていたが、15~16歳に見えたよ。ニックに、それを見せたら、彼の手が震えていた。」


デイビットは、コリンが話してくれた、ニックの昔話を思い出した。

あれは20年前の話で、ニックは写真で見たティーンエイジャーに一目惚れしたと言う。

だが、相手は娘だ。

デイビットは気を取り直して、ジュリアンの話を聞いた。


「金を使って、少年を愛人にしていることに、ニックは怒りに震えていたと思う。私も同じ気持ちだった。ニックは、初めはその件でも、金持ちをしょっ引こうと考えていた。だけど、捜査は署長が中止命令を出して、お終いさ。」


「それから、どうなった。」


「ニックと相棒は、仕方なくマイアミに戻った。その4日後、当時住んでいたアパートに戻る途中で、ニックが撃たれた。」


「えっ?」


「幸いに、軽症だった。左胸を打たれたが、ニックは先天的に心臓が右にあるんだ。それで助かった。」


「犯人は?」


ジュリアンは首を振った。

「分からずじまいさ。」


「ニックは、犯人はシアトルの金持ちの仕業だと分かっていた。そして、休暇を取ると私を呼び出して、再びシアトルへ向かった。」


ジュリアンは、デイビットを見た。


「私とニックは、金持ちの邸宅を数日間念入りに調べ、金持ちの寝室へ侵入し、絵画の裏に隠してある金庫を見付けた。古い型だったから、私は難なく開けたよ。金塊やら証券やら、色んなものが一杯入っていたな。ニックは、その中から一つの箱を取り出した。ちらっと開けると、直ぐに閉じてしまった。ニックはそれを持ち出した。私は、金塊を一つ貰った。」


「箱の中身は、何だろう。」


「ニックは、私には見るなときつく言った。おぞましいものが入っているとね。私は、我慢出来ず、ニックのいない隙にこっそりと見たんだ。後悔したよ。」


「何が入っていた。」


「金持ちが、コリンと過ごした夜を撮影していたんだ。あの野郎、コリンを他の人間に抱かせて、その側で楽しそうに見ていた。10人もの男達におもちゃにされている写真もあった。そんな恐ろしい写真とネガが、沢山入っていた。」


ジュリアンは顔を伏せ、体を震わせた。


デイビットは、絶句した。

コリンから、毎晩客を取らされ、時には複数の客の相手もしたと聞いていたが、そこまで過酷な目に遭わされているとは知らなかった。


「あの写真を見てから、俺は一週間も食が喉を通らなかった。コリンの死んだ様な目が、忘れられないんだ。」


ジュリアンは涙声になった。


「私は、箱の写真を使って、金持ちを捕まえるのかと思ったが、ニックは違っていた。それから、3日後の事だった。」


ジュリアンは顔を上げた。

涙で顔が濡れていた。


「その夜、金持ちが別の愛人と楽しんでいた時を狙って侵入したんだ。目だし帽を被って。お楽しみの時は、ボディガードは入れないことを知ってね。愛人を縛って、クローゼットに入れた。私は、寝室の入り口で見張りをしていた。ニックは、怯える金持ちの前に来ると、目だし帽を取った。野郎の顔が真っ白になった。笑いそうになったよ。」


ジュリアンは涙を拭い、当夜の話を続けた。



金持ちの寝室で、ニックと金持ちは対峙していた。

「何度でも蘇って、お前から大事なものを奪ってやる!」


ニックは叫び、金持ちの腹を蹴った。

そして、あの写真を2~3枚取り出した。


「未成年に淫行した罪で、お前を刑務所に入れてやる。地位と金を失うな。」


ニックの冷酷な言葉に、金持ちは跪き、懇願した。


「それだけは止めてくれ。いくらでも金は出す。」


「いや、金などいらぬ。お前を苦しめてやる。」


ニックは拒否した。

そんなやり取りが、延々と続いた。

ニックは、金持ちをじわじわと精神的に追い詰めていった。


夜が明ける頃になり、ニックが提案した。


「ボディガードが、お前にあの子をくれと言ってきたそうだな。ならば、そいつにやれ。」


金持ちはポカンとした。

ジュリアンも、同じ気持ちだった。


ニックは、ニヤッと笑った。


「俺の目的は、お前から大事なものを奪うことだ。だから、お前から愛人を引き裂いてやる。」


金持ちは泣きついてきた。

ニックは、頑として譲らなかった。


「どちらか選べ。地位を捨てるか、愛人と別れるか、もしくはこれか。」


ニックは、金持ちに向け、銃を構えた。


「お前の大事な命を奪うのも、悪くは無いな。」


漸く、金持ちは、コリンをボディガードに譲ることを選択した。


「それなら、この写真は俺達が無事にマイアミに戻って、数年間何も起きなければ処分してやる。」


「手を出さないから、約束は必ず守ってくれ。」


金持ちは、わなわなと震えながら手を組み、丁重にお願いした。




「それから、素早く私達は金持ちの寝室を後にした。写真は、ニックが直ちに燃やした。」


ジュリアンは、話が進むにつれ、表情が明るくなってきた。


デイビットは、驚いた。

あの写真とネガを手に入れていたのは、ブライアンでは無く、ニックだったとは!

写真は燃やしたが、ネガはブライアンに渡したのだ。


「私は、初めは怒ったよ。何で、金持ちを逮捕しないんだとね。ニックは言うんだ。『コリンという少年を、法廷で晒し者にしたくはないんだ。病気の父親がこの件を知って、状態を悪くすれば、あの子の努力が水の泡となる。』とね。私も、ニックの言う通りだと思い、考えを変えた。」


2人の近くを家族連れが通ったが、波の音や周りの声で、2人の声は遮断され、彼らには聞こえなかった。


「ニックから聞いた話だけど、コリンをくれと言ったボディガードは、あの子を助ける為にした事だった。」


「何か取引をしたのか?」


コリンは、ブライアンが請け負った仕事の内容を知らされなかった。

デイビットも聞かされていなかった。


「金持ちが殺した妹の旦那は、私立探偵を使い、有罪の証拠集めをさせていた。金持ちは、妹の旦那と私立探偵を探し出して、殺害する依頼をブライアンに依頼した。多額の報酬を提示したら、ブライアンは、『コリンが欲しい。』と言った。金持ちは、『時間をくれ。』と返答した。その翌日の夜に、我々は襲撃したんだ。」


コリンと自分の見立て通り、ブライアンとニックは繋がっていた。


「私は、ニックとブライアンが通じていた事を知ったのは、後日なんだ。やられたよ。ブライアンは、依頼を引き受けたが、実行しなかった。妹の旦那に全てを打ち明け、南米に転居させたんだ。私立探偵は、金持ちの手の及ばない所へ逃がしてやった。」


「そうだろうと思った。」


「私達の襲撃した次の日には、コリンを自宅に帰すことが出来た。裏でこっそりと、ニックと私は、コリンが母親とハグしている所を見たんだ。とびきりの笑顔をしていたね。14歳の少年に戻って、とてもほっとしたよ。それから、ニックと私は、この件は秘密にすると約束したんだ。」


ジュリアンは、もう一つの告白をした。


「君の依頼を断れと言ったのは、実はニックなんだ。以前から、コリンが裏社会にいて、足を洗ったのは知っていた。イサオと兄弟の様な関係な事もね。だけど、コリンがパートナーと将来を約束しているとまでは、掴んでいなかった。」


「それを教えたのは、ニックか。」


「イサオが撃たれた時期に、教えてくれた。私は、まるで自分の子供が幸せを掴んだ様に嬉しく思ったよ。君が、既に堅気になっていたのを知っていたしね。ニックは、君達が裏社会に、又身を投じる事を恐れ、私に頼んできた。コリンの将来の為ならば、私は力を貸すと答えた。だから、情報屋から君を遠ざけたんだ。裏社会に一歩足を踏み入れたら、出るのは容易ではないから。」


ニックは、影からコリンを守ろうとしていた。

17年経った今でも。

デイビットも、ニックの優しい人柄に触れた気がした。


「だけど、ダイナーでコリンと話をしていたら、秘密を抑えられなくなったんだ。君だけには、打ち明けたかった。私と違って、コリンは強いね。しっかりと、前を向いて歩んでいる。」


「コリンは繊細な所があれば、意外と強い一面を持っている。そこに惚れたんだ。」


「あの子は、良いパートナーに恵まれたな。お願いがある。今の話は、コリンに内緒にしてくれないか。」


「何故だ。」


「あの写真を私達が見たことを知って、コリンを傷つけたくないんだ。」


「・・・。そうだな。分かった、この話は秘密にする。」


デイビットも、同感だった。

デイビットとジュリアンは、海岸を離れ、それぞれの家路に帰った。


=====


薬剤師のシェイン・フィップスは、仕事を終え、アパートの前に着いた。


玄関の階段に何時も座っている、1階の高齢の婦人が声を掛けた。


「あんたに客だ。英語がたどたどしいけど、フランス語は話せたよ。あんたの部屋を教えたから、ドアの前で待っているよ。」


「有難うございます。」


シェインはお礼に、近所のコーヒーショップで買ってきたマフィンを、高齢の婦人に渡した。


そして、慌てて3階までの螺旋階段を一気に駆け上った。


3階に着くと、部屋の前に若者が座り込み、その周りを数人が囲んでいた。


「この人、怪我をしているよ。」


若者は、わき腹から血を流していた。


「英語が分からないんだ。今、救急車を呼ぼうと携帯を出すと、首を大きく振るんだ。」


「この人、フランス人なんです。心配要りません。私が、彼を病院に運びます。お騒せして、申し訳ありません。」


シェインは、若者を抱えて、部屋に入れた。


「ミーシャ!何で、家に来た。お前は、俺達を捨てたんじゃないのか?今、俺はFBIと警察に目を付けられているんだ。こんな所、見られたら、元も子もないぞ。」


シェインはフランス語で、ロシアン・マフィアの生き残りを叱った。


昨年、ロンドンに住む長兄に呼び寄せられるまで、ミーシャはフランスで叔父夫婦と暮らしていた。

その為、ミーシャは英語がまだ流暢に喋れなかった。


シェインは、救急セットと消毒液を棚から取り出した。


「そこに座れ!」


ミーシャは、言われるままにソファに座った。


シェインは取り出した薬品を注射器へ移し変え、ミーシャのシャツを捲って肩に消毒すると、注射を打った。



それから1時間後、ミーシャは刺されたわき腹の傷を、シェインの手で縫い合わされた。


「俺が言っただろう。麻薬組織は、お前の金が欲しいだけだって。だから、刺されるんだ。」


麻酔を打たれ、半分朦朧としていた、ミーシャが答えた。


「兄さん達の為に、このままでは終わりたくなかったんだ・・・。」


「そうだ。俺もそう思っていた。」


「何だって?あんたの頭領は、この件から手を引くんじゃないのか?」


「これから、リーダーは変る。そうすれば、皆は君に協力出来る。我々だって、このままでは終わらせない。俺達の面子が掛かっている。」


「リーダーが変る?誰に?」


「君の知っている、ルドルフ・ブラウンにだよ。」


「何時、変るんだ。」


「直ぐだよ。君は、ここで待つんだ。新しいリーダーが迎えに来るまで。」


=====


デイビットは、コリンのアパートに戻った。


「遅かったね。何かあったのかい?」


デイビットにキスをした、コリンが聞いた。


「ジュリアンに会った。」


デイビットの鼓動が鳴った。


「秘密結社の方は、疑惑の男が浮かび、FBIと警察が追っている。ロシアン・マフィアの生き残りは、別の組織を頼ったが、そこも飛び出した。英語も十分に話せないそうだから、あまり派手には動けまい。だから、当分連中は、イサオとブライアンを襲撃することは無いとの話だった。」


「これで暫くは安心して、イサオの看病を続けられるよ。でも、油断は禁物だね。」


コリンはデイビットを、抱きしめた。


『今夜のデイビットはとても優しく接してくれるな。』と、コリンは思った。


家事は、殆どデイビットがしているのだが、特に親切だった。

普段なら、皿洗いはコリンが担当なのに、それまでしてくれたのだ。


デイビットの様子が変だとは、コリンはまるっきり感じなかった。

続き