κ 風の国 第1話 κ

西暦4年

戦場のさなか ユリ王は荒れ地に咲く野の花に目をとめた

妻と 生まれ来る新しい命のために どうしても勝利を持ち帰りたいと

自ら騎馬隊を率いると宣言する

国内(クンネ)城の宮殿では ユリ王の長女セリュが 母の叫び声に怯えている

そこへ ユリ王の息子ヘミョン太子が来る

※国内(クンネ)城:高句麗(コグリョ)の首都
※太子:王位継承者

『なぜ母上は苦しんでるの?』

『子供を産む時は どんな母親でも苦しむものだ』

『私を産んだ時も?』

『ああ 可愛い子ほど痛むんだよ』

『それじゃ 母上はすごく可愛い子を産むのね』

最後の戦いとなる一戦に 大輔(テボ)クチュは苦戦していた

そこへユリ王が加勢し 見事な勝利で幕を下ろす

その夜 野営地に諸加(チェガ)会議からの使者がやって来る

名目は 勝利の祝いに兵士たちの食糧と酒を持って来た というのだが…

高句麗初代王チュモンが治めていた頃は 諸加(チェガ)たちもおとなしかった

しかし息子であるユリ王の代になると その力の均衡は崩れ始めたのだった

『援軍の要請は渋ったくせに 慰問団をよこすとは』

『陛下のご帰還を前に ご機嫌伺いでしょう』

『私の機嫌を? 諸加(チェガ)会議が私を恐れたことがあったか』

宴の賑わいから離れ自室に戻ったユリ王を 使者が訪ねてくる

間もなく帰還することについて 互いに言葉を選びながら探り合う

『帰還したら まず諸加(チェガ)会議に手を入れる』

『どういう意味でしょう?』

『高句麗(コグリョ)が扶余(プヨ)に手こずるのは

大加(テガ)らが私を太王と認めず 私欲に走っておるためだ

これ以上 大加(テガ)たちの横暴は許さん!』

『諸加(チェガ)会議を敵に回されたら 陛下と王妃様の命は保証できません』

怒りをあらわにし 使者の胸ぐらをつかむユリ王

『二度と馬鹿を申すな お前の首を討つぞ!』

『ならば 私が先に…』

その瞬間 使者は隠し持っていた短剣を ユリ王の腹に突き刺した

諸加(チェガ)会議の最高長老サンガは ご機嫌に鼻歌を歌いながら

輿の窓を開け 国内(クンネ)城を見上げる

すぐに屋敷には戻らず 奴隷商人マファンのところへ寄り道する

『扶余(プヨ)に行ったとか』

『はい 扶余(プヨ)から漢の長安まで』

『扶余(プヨ)はどうだ?』

『驚きました 扶余(プヨ)の力に押され

周辺の国々が自ら頭を下げてくるのです

遠からず 高句麗(コグリョ)も食われます

しかしテソ王は チュモン陛下には縮み上がっていたと』

『ふんっ… そうだ』

『今は違います テソ王に比べ我が太王陛下は…

“ウグイスはつがいとなり寄り添う 寂しきこの身は誰と帰るのか”

情けない愛の詩を詠んで クックック…これじゃ相手になりません』

そこへ マファンの手下コンチャンが 着飾らせた4人の女を連れてくる

『いかがです?サンガ様のお眼鏡にかなうように金をつぎ込みました』

『私が気に入ったのは… そちのよく回る舌だけだ』

『え? あぁ お戯れを…

サンガ様のために高値で買ったんです 元を取らせてください』

では… と サンガは隠れていた女を安値で買いたたくと 屋敷に戻っていく

サンガがいなくなった途端 厳しい表情になりコンチャンを叩く

『この野郎 何であの古ダヌキに見せた?あいつの主人は決まってんだ!』

突然の諸加(チェガ)会議召集に サンガは気だるそうに出席する

旗山(キサン)族まで従属させたユリ王の勢いを どうするかが議題だ

政局を覆すという諸加(チェガ)たちを止めるサンガ

しかし ユリ王はもう死んだと聞かされ 表情を変える

『ヘミョン太子が守る国内(クンネ)城には 護衛兵が数百名のみ

他の大加(テガ)たちも 志を同じくしている

マンパ峰に兵を集結させ進軍するのだ

どうなさる?沸流(ピリュ)部族も加勢されるか?』

ユリ王が本当に死んだのかどうか…

サンガは迂闊に動いては大変な事態になるとにらんでいた

しかし 高句麗(コグリョ)最大の部族とはいえ 沸流(ピリュ)だけが参加せず

もしユリ王の死が本当であった場合 窮地に陥ることは必至

その頃王妃は 長すぎる陣痛に耐えていた

側近ヨンビが 諸加(チェガ)会議の不穏な動きを報告すると

ヘミョンは マファンに会いに行く

奴隷商人のマファンは さまざまな国を行き来するため

奴隷の売り買い以外にも 何でも引き受けるのだが

事が諸加(チェガ)会議の調査では なかなか承知できない

しかし 懇意にしているヘミョンの頼みでは断るわけにいかなかった

サンガに所望された女を連れ サンガの屋敷を訪ねる

『この子は 誰に渡すつもりだった?』

『ヘミョン太子でございます

いずれは太王になられるお方 ゴマをすっておかねば』

『それは分からぬぞ わしに渡してよかったな』

ヘミョン太子が太王になれないなどと 不吉なこと言うサンガに

マファンは憤り 次に 漢の皇帝しか着られないという高価な絹を持って

別の大加(テガ)を訪ねる

『これが皇帝しか着られぬという絹か 皇帝にならんとも限らんからな…』

すると マファンの後ろからヘミョンが現れる

重大な失言をした大加(テガ)を締め上げるヘミョンとマファン

諸加(チェガ)会議の陰謀を知ったヘミョンは すぐに城に戻り

マファンは国の危機を知り 財産をまとめて国を出ようと準備する

諸加(チェガ)の軍勢は3,000に及び 護衛兵は300に満たない

しかし ユリ王が帰還するまで何としても城を守らなければならなかった

兵を招集し進軍するばかりになっても 沸流(ピリュ)からは何の音沙汰もない

『食えないジジイめ 国内(クンネ)城を討ったのち沸流(ピリュ)部族も討つ!』

そこへ 沸流(ピリュ)部族の使いが 北に陣を取ったと報告に来る

ただちに ヘミョン太子に対して宣戦布告がされることとなった

その頃 北に陣を取ったはずのサンガは 女をはべらせ温泉にいた

『諸加(チェガ)会議からの通達です』

『申せ』

『貫那(クァンナ)椽那(ヨンナ)桓那(ファンナ)沸流(ピリュ)の兵が

マンパ峰に集結しました まもなく進軍します

明日 日の出までに城門を開き 無血入城を

投降なされば 太子様の命は助けましょう』

『黙れ 何という無礼な!!!』

側近ヨンビが怒鳴りつける

『護衛兵は数百ほどだ 諸加(チェガ)会議に対抗するなど無謀です』

『太子様 あやつの首を討ちます!』

ヘミョンはヨンビを制止し 冷静に答えた

『護衛兵1人で10人の敵兵を止められる 多勢と安心するな

我らが必死に守れば 誰も城には入ってこられぬ

陛下が戻られたら 地に転がるのはお前たちの首であろう』

『陛下のお戻りを期待めされるな 陛下はすでに亡くなりました』

この情報に ギョッとなる側近たち

ヘミョンは にわかに信じがたいという表情で大加(テガ)を睨みつける

『明朝です 城門を開けねば 国内(クンネ)城に血の嵐が吹き荒れる

王妃様のおなかの子の命も保証できかねます』

陣痛で苦しむ王妃の耳に ユリ王の噂が届かないように 
ヘミョンは配慮した

300に満たない護衛兵なのに 若い兵士は逃げてしまった

到底勝ち目のない戦いに 残ったのは老兵ばかりだった

太子ヘミョンは すべての城門を開くことを決意し 自ら命を断とうとする

そこへ 幼い妹セリュが…

『お兄様!』

『セリュ…』

『どこにも人の姿がないの お兄様 私怖いわ』

この幼いセリュと 陣痛中の王妃をおいて死ぬわけにはいかない

ヘミョンは思い直して 城から脱出する道を選ぶ

揺れる輿の中で陣痛に耐える王妃

そばには幼いセリュが付き添っている

脱出しようとする方角から 軍勢が現れヘミョンたちの行く手を阻む

翌朝 無人となった国内(クンネ)城に大加(テガ)たちが入場すると

無人のはずの見張り台から射手が出現し 大加(テガ)たちを狙い撃ちする

宮殿の奥から現れたのは ユリ王だった

脱出しようとしたヘミョンたちの前に現れた軍勢は 帰還したユリ王だったのだ

殺したはずのユリ王の姿を見て 驚愕する大加(テガ)たち

謀反を主導した大加(テガ)は ユリ王の手によって討たれ

残りの大加(テガ)と兵士たちは 武器を捨て降伏の土下座をする

『投降した兵士は城外へ 大加(テガ)たちは便殿へ案内せよ』

『はい 陛下』

屋敷にいるサンガのもとに ユリ王の帰還と今回の事態が報告された

賭けに勝ったと ホッと胸をなでおろすサンガだった

しかし 長老として謀反の責任は負わねばならない

重い足取りで便殿に赴く

『ようこそサンガ 謀反の罪は子孫9代を滅ぼす そちの意見は?』

『陛下 高句麗(コグリョ)の建国からわずか数十年

根幹である大加(テガ)の一族を滅ぼすのは 先王も望まれないでしょう

過去に 荇人(ヘンイン)と沃沮(オクチョ)も先王に背きましたが

先王は大きな度量で許しを与え 彼らの忠誠を得ました

陛下も 先王のお心に従い 機会を与えてはいかがでしょう』

『なりません 彼らの罪は到底許せません!』


ユリ王の答えを待たず 太子ヘミョンがこれを否定した

『サンガ そなたの罪も大加(テガ)たちと変わりないのだぞ』

『お言葉が過ぎます』

『諸加(チェガ)会議の長老でありながら謀反を知らぬと?』

『……』

『陛下 大加(テガ)たちの首を撥ね万民に王権を示すのです!』

『下がっていろ』

『陛下!』

『聞こえぬか!』

太子を諌め サンガと向き合うユリ王

『よし 先王のお心に従い 大加(テガ)たちを許そう

ただし 各部族に犬使者(キョンサジャ)を送り 隈なく動向を監視する

サンガと大加(テガ)は 軍隊の移動をはじめ些細な行事まで私に上達せよ

さらに そなたたちの長子を引き取る

このような惨劇が 二度と起こらぬように教え込もう

サンガ 私の意志に従うか?』

『……はい』

すぐに裏切る者たちを許すなんて!と抗議するヘミョン

寝所のユリ王は 未だに血が止まらない傷の痛みに耐えている

偉大過ぎる父 高句麗(コグリョ)の始祖チュモンと 常に比べられてきたユリ王

どうしても勝てない大加(テガ)たちを どう従わせるか…

内乱になるのを 扶余(プヨ)のテソ王が手ぐすね引いて待っているのだ

『義憤に駆られて 王の本文を忘れてはならぬ

肝に命じよ 私は王で そなたは王位を継ぐ太子だ』

『陛下…』

そこへ 王妃が男児を出産したと報告が入る

難産の末 ようやく生まれた我が子との対面をするユリ王

皆が 久々に笑顔を取り戻し 幸福を甘受していた

『セリュ お前に弟ができた お前は姉だ』

『私が姉?』

『そうだ』

セリュは ヘミョンに甘えるように…

『お兄様 私にも弟ができたわ』

『ああ』

王妃に労いの言葉をかけるユリ王

王妃の出産を記念して 民に穀物が配られた

これを聞いたマファンは笑い飛ばす

『何が出産記念だ!謀反で乱れた民心を収拾する気さ チクショウ!』

『こんなことなら 逃げずに宮殿を守るフリをすれば

謀反を食い止めた英雄でした』

宮殿では 生まれた王子の運命を占うと言い 神官が王子を連れて行く

ユリ王が神殿に行くと 巫女たちは皆殺しにされ

大神官と王子の姿が消えている

すぐに神殿を封鎖し 大神官の行方を追う

ユリ王は この事態が大加(テガ)たちに知れぬよう 細心の注意を払う

天嶺(チョルリョン)山の外神殿に 大神官がいると判明し

ユリ王自ら赴き 王子を連れ戻そうとする

外神殿の護衛兵を倒し ユリ王が1人で中に入っていく

大神官の手には 剣が握られている

背を向けている大神官に ゆっくりと話しかけるユリ王

『望みは私か? 天の御心なら私を殺せ

生まれたばかりの子に何の罪が?赤子を渡せ』

『天に命じられましたが 私にはできませんでした』

『何のことだ どんなお告げを受けてこんな真似を?』

『王子様は 高句麗(コグリョ)を滅ぼす星のもとに生まれました

兄弟を殺し 父と母を殺して ついには実の子まで殺す運命だそうです』

『やめろ!それほどの呪いがかかるものか』

『天のお告げは 人間には計り知れません 私は天の言葉を伝えるだけです

陛下 呪いを解けるのは天の子孫だけ 高句麗(コグリョ)のため

国運のため 今すぐ王子様の命を断つのです』

『そんな…』

『陛下!実の子を殺したと悩むことはない

私の所業だと言えばよろしいのです 早くなさいませ…太王の務めです!

我が子への情のために この国を滅ぼすのですか!!!』

『大神官… 大神官! やめるんだ!!!』

大神官は 持っていた剣を自らの胸に突き刺した

『このように…痛ましい言葉をお伝えする私を…お許しください

どうか… 天の御心に… 背かれませんように…』

震えながら 大神官の胸から剣を抜き

我が子に向かって剣を振り下ろすユリ王…!


☝よろしければクリックお願いします