『神田川』という歌をご存知だろうか。俊郎でなく、南こうせつとかぐや姫が1973年に発表した歌だ。1970年代を代表する歌といってもいいだろう。おそらく、ご両親が口ずさむのを聴いた方もおられるだろう。私自身も、父母から教えられて、自分でもよく歌っていた。



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貴方はもう忘れたかしら
赤い手ぬぐい マフラーにして
二人で行った 横丁の風呂屋
一緒に出ようねって言ったのに
いつも私が待たされた 

洗い髪が芯まで冷えて
小さな石鹸 カタカタ鳴った
貴方は私のからだを抱いて
冷たいねって言ったのよ
若かったあの頃何も恐くなかった
ただ貴方のやさしさが 恐かった
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さて、この歌詞の最後の部分、「ただ貴方のやさしさが 恐かった」が、謎めいているように感じないだろうか?私は子供のときから、意味が分からず、ただ何となく、「女性の複雑な心情でも表しているんだろう」とぐらいにしか思っていなかった。母も、「好きでたまらないと、もし裏切られたらなんて不安がふとよぎる」というようなことを言っていたと記憶している。

皆さんは、この「ただ貴方のやさしさが 恐かった」の本当の意味をご存知だろうか?数年前私は、テレビか雑誌かで偶然この意味を知って衝撃を受けた。


ところで、母は別の部分も変だといってた。それは、

「一緒に出ようねって言ったのに いつも私が待たされた 洗い髪が芯まで冷えて・・・」

の件である。母が言うには、「普通、風呂の時間が長いのは女の方で、待っている男がイライラさせられるもん」だそうだ。日常的に銭湯を利用したことの無い世代に属する私には、・・・まして一緒に銭湯に行く女性もいない私には・・・実感がないことではあるが、確かに女性の方が長風呂、というステレオタイプが無根拠でなかろうとは想像に難くない。

・・・実は、この母の何気ない感想が、謎を解く鍵であったのだ。



1960~70年代は、学生闘争や革命の理想に燃えた若者たちの時代で、南こうせつたちも、革命の理想や世の矛盾を多く歌に乗せていた。

ヘルメットを被って覆面をして、機動隊のバリケードに突っ込んでいく、そんな無骨な男たちにとって、家に帰って同棲する愛する女性と過ごす、ひと時の安らぎ・・・歌の二番に描かれている、貧しくても小さな幸せ・・・

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貴方はもう捨てたのかしら
二十四色のクレパス買って
貴方が描いた私の似顔絵
うまく描いてねって言ったのに

いつもちっとも似てないの
窓の下には神田川
三畳一間の小さな下宿
貴方は私の指先見つめ
悲しいかいってきいたのよ
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この静かな幸せは、当時の騒然とした学生闘争とは全くの異質だった。闘争に明け暮れる男は、この小さな幸せに一息をつき、ああ、このまま時が止まればいいのに・・・・・・と、

革命の理想も、正すべき世の矛盾も忘れてしまいそうで、

そんな風に、自分の生きがいを捨てて家庭に安住してしまいそうになるのが

「怖かった」

そうなのである。

お分かりになるだろうか?そう、この歌は、女性の心情を詠んでいるのではなく、革命に生きる男性の心情を詠んでいるのである。この歌の主人公は、男。作詞者、喜多條忠は自分の心情を詠んでいたのである。語り口が女性的なので騙されていたが・・・くどいようだが、「ただ貴方のやさしさが 恐かった」というのは、「ただ貴女のやさしさが 恐かった」というのが本当で、


「やさしい貴女との幸せな日常に、自分の使命を忘れてしまうのが恐い」

という意味なのだ。


とすると、歌の第二の謎の部分、「一緒に出ようねって言ったのに いつも私が待たされた 洗い髪が芯まで冷えて・・・」で、待っていた「私」は男性ということになる。やっぱり女性は長湯というステレオタイプに沿った歌だった。

それにしても、「洗い髪」っていうと、普通の感覚では女性の長い髪を連想するのではないか?・・・と思われることだろう。1970年代・・・上に挙げたYou Tubeにあるレコード・ジャケットからも分かるように、当時は 男も長髪にするのが流行っていたんだよ。

「大丈夫、俺も今、上がったところだから」と、見栄をはる男の、湯冷めした身体をぎゅっと抱きしめて、「冷たいね」という女

萌えまくるじゃねぇか、畜生め。リア充氏ね!!

こういう事実を知ると、歌の印象、ぐっと変わってくるでしょう?



・・・・ごめんなさい、嘘つきました。

いえ、百パー嘘じゃないんです。「あなたのやさしさが恐かった」ってのは、学生闘争に明け暮れる男の心情吐露が元々なのは事実なんですね。作詞者、喜多條忠がこのフレーズを思いついたのは、上に述べた背景からです。

でも、歌自体は、男が主人公でも、女が主人公でもなく、両者の目線が渾然としているそうです。だから、銭湯の外で待ってた人、似顔絵を描いた人、「悲しいかい」って聞いた人、どれが男でどれが女か、どれが同一人物で、どれとどれが違う人なのか、分からないんだそうです。

分からないってのは、作詞者自身が、「わたしにも分かりません」といってるからなんですね。当時長髪だった作詞者は、風呂屋で待ったことも待たせたことも経験しているそうです。

ある意味、歌の聞き手が自分の経験に照らし合わせて、勝手に補い、勝手に解釈でき、十人十色に共感できる、そういう自由さが、この歌が広く売れた理由かもしれません。

だから、「女性の複雑な心情でも表しているんだろう」というような私の単純な解釈も、「好きでたまらないと、もし裏切られたらなんて不安がふとよぎる」という母の恋の駆け引き的解釈も、間違いとは言い切れないわけで。

歌謡曲でも、詩でも、和歌でも、だいたい広く親しまれているのは、オープンなんだよね。情景が頭にすぐに描けるような、詳細で緻密な表現があるのに、個人個人の心に描かれる情景は、それぞれ違っているような・・・・個性的で且つ、普遍的な性質が、求められているんだろうね。


え~、突如、懐メロに触れる機会がございましての、お耳汚しでござんした。既にお聞き及びの段は、お手柔らかにお願いいたしまする