震度6弱の本震の後 また大きな余震が来たときは
畑の真ん中に いました。
そこで ジジッチに電話するも つながらない・・・
は ゴルフでした
時間的に 終わった頃か お風呂の頃かって感じでした。
電話は もちろん混線状態・・・
「きっと 大丈夫だよ・・・」
余震が 少しおさまっって 震度4レベルになってきたときに
家の中に 戻りました・・・
でも 強い余震が続き 出たり入ったりで
外では近所の人たちで かたまりました。
中に入ったとき あたしの行動
割れて落ちる食器棚の中で 倒れそうな酒の瓶を 下ろし
ワイングラスを守った
ママッチの とった行動
冷蔵庫から飛び出した 大量の卵(40個)を選別して
床を拭いた・・・・・
こんな時 何をしていいのか きっと分からなくなるんですよね。
1つだけ できることをやったのが コレでした。
結局 外に避難。
先日の断捨離で ママッチが生き残させた 4つのラジオが
大活躍
近所に貸し出しして みんなで情報を
そこで 初めて 津波の被害を聞き ぞっとしました。
でも 目先の 自分のことしか 見えてない状態だから・・・
この時は これからどうするとか 考えることもなく
どうしよう
これが 地震という 災害なのか
という 何も信じられない感じでした。
連絡がとれないジジッチに やっとつながった電話で留守電残すも応答なし・・・
こんなことなら 優しくしとくんだっけと
この時は この時だけは 本気で・・・
メールも送れて・・・ 無事を祈り・・・
すると 返信が
「地割れ、通行止めで 迂回、迂回で帰っている」と・・・
すっごく ありがたいメールでした
ジジッチが帰宅して 腕につかまり(後にも先にも これっきり)
「無事でよかった~~~」 と言いました
ゴルフ場の風呂に入っていて 脱衣所の天井が落ちたそうです。
タイミングって 運って・・・ あるのかな・・・
ここのゴルフ場では ケガ人出なかったそうでした。
夜になり 情報はラジオ・・・
続く余震・・・
懐中電灯と ろうそくの明かりで過ごす夜・・・
とても 怖かったです。
夜は なに食べたか覚えてないのですが
暗いところで 食べる食事は 怖くて ホントに思い出せない・・・
ママッチは 寒さと怖さで 食いしばりすぎて
あごが 開かなくなりました
あ! 思い出した。
カセットコンロを思いついて
残ってたけんちんうどんを温めて食べたかな・・・。
布団に入っても 寒くて怖くて よく眠れない1日目の夜でした。