20183月17日 土曜日

第1466回 読者

 

小説は自由なのであります。

決まり事はありません。

書きたいことを書きたいように書けばよいのです。 それが他の文学形式と異なるところで、銀河系の遙か彼方に飛ぼうが、500万年前の世界に出かけようが、300年後の未来社会で恋愛しようが誰も文句は言いません。

 

ただひとつ、作者がいれば、読者もいる。 読者のわかる、理解できる言葉を使うということだけが決まり事です。 わけのわからんペラメント語で書いたから読めないだろうでは困るのであります。

 

作者と読者、この二者の関係だけが重要であって、作者にとっては読者という信者をもつことだけが作品を構想し、仕上げるモチベーションとなります。

だれも読者がいないということは、「書かれざる傑作」と同じことです。

 

私の場合は原稿を一太郎で書き、初稿、再校、最終稿と三段階を5人の読者に送信しています。 彼らは批評し、ときには非難し、あるいは賛美し、作品が仕上がりますので6人の共同作業とも云えます。

 

いま構想しているのは、「源頼朝」です。 取材のため、鎌倉、伊豆、京都を十数カ所調査しなければなりません。 鎌倉の歴史を知っていた八幡宮の大銀杏が倒れてしまったのは悔しいです。 あの大銀杏には老人の妖精がついていたのですが、いまどこに行ってしまったのでしょう。 いろいろ尋ねたいことがあったのに、残念なことです。 しかし歩いているうちに別の天狗が助けてくれることでしょう。 物語は人間のチカラだけではできませんので………。