それから半月程で、前嶋さんは素敵な物件を紹介してくれた。
前の部屋よりひと部屋多い2LDKなのに、家賃は1000円アップしただけだった。
ワンルームじゃなくなったことは、とても贅沢な気分だ。
私はすぐに引っ越した。
引っ越しの費用は痛かったが、貯金と実家からの応援で何とか間に合った。
最寄り駅が1つ変わり、大学にはひと駅遠く、バイト先にはひと駅近くなった。
前嶋さんは管理会社と交渉を重ね、結局【敷金との相殺】という形で落ち着かせてくれた。
入居時に納めた1月分の敷金が戻らなかったのは残念だけど、退去に伴う実費負担がなかっただけでも有難かった。
「ここはオートロックだから安心できるよ」
まだ荷物の片付いていないリビングで、前嶋さんはカウチに腰を下ろした。
「何から何まで、ありがとうございました」
ローテーブルにマグカップを2つ置く。
キリマンジャロの香りが立ち上った。
「…うん、割とすんなり片付いて良かったよね」
奥歯に何か挟まったような、歯切れの悪い言い方が気になる。
「どうかしたんですか?」
不安が膨らんだ。
「いや、気分を害したらすまないんだけど…これ、見てよ」
前嶋さんが取り出したタブレットの画面には、見覚えのある会社名とロゴが載っている。
前のアパートの管理会社のHPだ。
【築5年。○○駅から徒歩10分。大人気のモダンな内装。リフォーム済。即日入居可】
「あ、私の…前の部屋っ!?」
一瞬、気付くのが遅れたが、間違いない。ついこの前まで住んでいた、あの部屋だ。
私は、家賃を見て更に驚いた。
2年前の入居時より、1万円も高い。
「シレッとしたものさ、『リフォーム済』だって」
写真の中の『元・私の部屋』は、眩しいくらいに白い壁紙に、茶褐色の天井が、ぐっと大人びた雰囲気を演出していた。
「――まさか…」
「うん…多分、ね」
前嶋さんは、苦い表情でマグカップに口を付けた。
それから、半年も経たない日曜日。
休日の特権で、シーツの中でゴロゴロしている私を、前嶋さんが呼び起こした。
「なーにー?まだ眠いー」
寝ぼけながらリビングに行くと、バターとコーヒーのいい香りがする。
そろそろブランチの時間だ。
「早く早く、それ見て!」
エプロン姿の前嶋さんは、キッチンカウンターから身を乗り出し、右手に持ったフライ返しでテレビを示した。
昨日の深夜に起こった事件のニュース映像が流れている。
建物の玄関から、警官に連れられた男性が現れ、報道陣の一斉フラッシュを浴びている。
警察官は男性に頭から上着を被せると、カメラを押し退けながら、その人物をパトカーに乗せて走り去った。
訳もわからず眺めていると、映像に長いテロップが踊った。
【大手住宅管理会社社員、自社の管理物件に住居侵入罪で現行犯逮捕!!会社ぐるみの計画的犯行か!?】
映像が切り替わる。
中継レポーターの背後に映る犯行現場の建物は、以前住んでいたあのアパートだった。
【終】
---追記---
私の住んでいるアパートの1階の住人が、最近ドアの外にゴツいダイヤル式の鍵を取り付けていました。
ドアの中ではなく、外に鍵。
ということは、外出中に空き巣にあったとか、外から開けられた何かがあったということでは…
確実に鍵を開けることができて、しかも何度も開けることができる存在とは――
と、考えた時に、思い付いた話。
ちょっと怖い話ではありますが、バレンタインの頃に作ったので、とりあえずハッピーエンドにしてみました(笑)
前の部屋よりひと部屋多い2LDKなのに、家賃は1000円アップしただけだった。
ワンルームじゃなくなったことは、とても贅沢な気分だ。
私はすぐに引っ越した。
引っ越しの費用は痛かったが、貯金と実家からの応援で何とか間に合った。
最寄り駅が1つ変わり、大学にはひと駅遠く、バイト先にはひと駅近くなった。
前嶋さんは管理会社と交渉を重ね、結局【敷金との相殺】という形で落ち着かせてくれた。
入居時に納めた1月分の敷金が戻らなかったのは残念だけど、退去に伴う実費負担がなかっただけでも有難かった。
「ここはオートロックだから安心できるよ」
まだ荷物の片付いていないリビングで、前嶋さんはカウチに腰を下ろした。
「何から何まで、ありがとうございました」
ローテーブルにマグカップを2つ置く。
キリマンジャロの香りが立ち上った。
「…うん、割とすんなり片付いて良かったよね」
奥歯に何か挟まったような、歯切れの悪い言い方が気になる。
「どうかしたんですか?」
不安が膨らんだ。
「いや、気分を害したらすまないんだけど…これ、見てよ」
前嶋さんが取り出したタブレットの画面には、見覚えのある会社名とロゴが載っている。
前のアパートの管理会社のHPだ。
【築5年。○○駅から徒歩10分。大人気のモダンな内装。リフォーム済。即日入居可】
「あ、私の…前の部屋っ!?」
一瞬、気付くのが遅れたが、間違いない。ついこの前まで住んでいた、あの部屋だ。
私は、家賃を見て更に驚いた。
2年前の入居時より、1万円も高い。
「シレッとしたものさ、『リフォーム済』だって」
写真の中の『元・私の部屋』は、眩しいくらいに白い壁紙に、茶褐色の天井が、ぐっと大人びた雰囲気を演出していた。
「――まさか…」
「うん…多分、ね」
前嶋さんは、苦い表情でマグカップに口を付けた。
それから、半年も経たない日曜日。
休日の特権で、シーツの中でゴロゴロしている私を、前嶋さんが呼び起こした。
「なーにー?まだ眠いー」
寝ぼけながらリビングに行くと、バターとコーヒーのいい香りがする。
そろそろブランチの時間だ。
「早く早く、それ見て!」
エプロン姿の前嶋さんは、キッチンカウンターから身を乗り出し、右手に持ったフライ返しでテレビを示した。
昨日の深夜に起こった事件のニュース映像が流れている。
建物の玄関から、警官に連れられた男性が現れ、報道陣の一斉フラッシュを浴びている。
警察官は男性に頭から上着を被せると、カメラを押し退けながら、その人物をパトカーに乗せて走り去った。
訳もわからず眺めていると、映像に長いテロップが踊った。
【大手住宅管理会社社員、自社の管理物件に住居侵入罪で現行犯逮捕!!会社ぐるみの計画的犯行か!?】
映像が切り替わる。
中継レポーターの背後に映る犯行現場の建物は、以前住んでいたあのアパートだった。
【終】
---追記---
私の住んでいるアパートの1階の住人が、最近ドアの外にゴツいダイヤル式の鍵を取り付けていました。
ドアの中ではなく、外に鍵。
ということは、外出中に空き巣にあったとか、外から開けられた何かがあったということでは…
確実に鍵を開けることができて、しかも何度も開けることができる存在とは――
と、考えた時に、思い付いた話。
ちょっと怖い話ではありますが、バレンタインの頃に作ったので、とりあえずハッピーエンドにしてみました(笑)