クリスマスなのに重いタイトルですみません。
ずっとつけてきた石原出版社の10年日記。
今年で2冊めを書き終え
来年から3冊めに突入します!
で 今日たまたま昔に書いた物を読み返していたら
2004年にとある住職さんに教えて頂いた言葉が目に留まりました。
この言葉を聞いたのは今から7年前で
まだ私が暗いトンネルをさ迷ってた頃です(笑)
暗いトンネルの中だったので
この言葉を聞いた時も
凄く詳しく説明して頂いたのに
「なぜ私にそんな話しをするの?」って感じで
まったくピンときていませんでした。
今ならすご~くよくわかりますが
その頃の私にはまだ受け止める器がなかったのですね。
でも7年経った今…
また私の目に留まり
ありがたく受け止めることができたことに感謝です♪
さてさて…
前置きが長くなりましたが。
「善人ばかりの家には争いごとが絶えない」とは
いったいどういうことなのでしょうか。
善人ばかりいたら争いなんて起きなさそうですよね。
住職さんにお聴きしたままを記載しますね。
……………………………
人は多かれ少なかれ
自分は本当はこうしたいのに
人のために我慢しているという意識がある。
中にはそのことを美徳だと思ってる人もいる。
しかし本当に自分を押し殺し続けられるものだろうか。
心の内に我慢した部分が意外に生きた状態でうめいていることがある。
そうすると厄介なことに
自分は言いたいことや
やりたいことを我慢してるのだから
少しはそのことを認めるなり
感謝すべきだという気持ちが沸いてきたりする。
そして自分が我慢してるからこそ平穏にいっているのに
みんなはなんて自分勝手なのだろうと
周りの人たちを非難し始めたりする。
人間関係の持つ厄介な部分です。
……………………………
私はその時まさにこういう状態だったのでしょうね。
そんなに詳しい事情を話してない住職さんにさえ
簡単に見抜かれるくらい善人オーラがでていたのでしょう(笑)
しかもその時の自分は…
自分が我慢しているなんて思ってもいなかったので
「私は善人じゃないし」なんてトンチンカンなことを思ってました(笑)
今 考えると勝手に善人ヅラして自分の思いを押し付けて
その上 感謝されない…とイライラしてたのですから
周りの人たちはたまったもんじゃありませんよね(^^;)
(続編へ)