リオ五輪のテレビ観戦で、やや寝不足な毎日です。
ロンドン公演中のボリショイ・バレエの近況を探していたら、何故か検索に引っ掛かったアレクサンドル・ゴドゥノフ。



1949年生まれのロシア人ダンサー、俳優。ラトビアのバレエ学校で学び、1971年オーディションでボリショイ・バレエに入団。大スターだったマイヤ・プリセツカヤのパートナーに抜擢され、バレエ「アンナ・カレーニナ」でヴロンスキーを踊ります。1979年にアメリカに亡命。アメリカン・バレエ・シアターで踊りますが、長く続かず退団。ダンサーとしては思うようなキャリアが築けないまま、ハリウッド映画に出演し、俳優としての活動が増しました。女優ジャクリーン・ビセットと恋人に。急性アルコール中毒で急逝。45歳でした。





トレードマークは、長い金髪。とても印象的な顔立ちで、身長は191㎝もあったそうです。脚、長い!!



「スパルタクス」のタイトルロール写真を発見。ド迫力だったでしょうね。「ドン・キホーテ」「海賊」「レ・シルフィード」「白鳥の湖」などの写真や動画が残っていて、僅かな動きでも雰囲気を醸しだす演技力に長けたダンサーだったようです。

かなり長尺で踊る姿が残るのは、プリセツカヤと踊った「カルメン組曲」「アンナ・カレーニナ」。



「カルメン組曲」のドン・ホセは、切なく甘美。「アンナ・カレーニナ」のヴロンスキーは、衝動的でシャープなアンナの恋人を熱演。プリセツカヤとゴドゥノフは24歳も年齢差があったそうなので、本当に大抜擢だったんですね。俺が俺が!なダンサーで、火花散るライバルのようなパートナーシップだったように思います。
グリゴローヴィチ版「ロミオとジュリエット」でのティボルト役や「イワン雷帝」は、とりわけて迫力があります。ゴドゥノフはティボルトの初演になる訳ですが、主役を喰うほどの圧倒的なティボルトはゴドゥノフの個性が生んだとも言えますね。今でもボリショイの「ロミオとジュリエット」では、ティボルト役に注目が集まります。
亡命せずに踊っていたら、敵役やキャラクテール色の強い役柄も守備範囲として、息長いダンサーになったかもしれません。


ゴドゥノフが活躍した時代は全く知らず、出演した映画も見ていない私が、ゴドゥノフについて書いておきたくなったかと言えば、二つのエピソードを知ってビックリしたからです。


ゴドゥノフは、ミハイル・バリシニコフと同じバレエ学校で学び、友人でもあったこと。キーロフ(現マリインスキー)劇場で頭角を現し、亡命してアメリカでスターとなったバリシニコフ。ボリショイ劇場から亡命したゴドゥノフを受け入れたたものの、やがて2人は訣別。2人の友情と葛藤に焦点を当てたドキュメンタリーもありました。圧倒的なテクニックを持つバリシニコフは、アイドル的な風貌と輝かしい踊りで、バレエファンを虜にしました。でも、ちょっと小柄なんです。一方、長身でカリスマ的なパワーを持つゴドゥノフは、バリシニコフと比べるとテクニックはやや大ざっぱ。でも、これだけの背の高さがありながら、音感の鋭い表現は迫力だったでしょうね。バリシニコフとゴドゥノフの関係を映画にしたら、とても面白そう。まあ、2人の役を演じられる俳優(ダンサー)はいないでしょうが。

もう一つ、ビックリしたエピソードは、ソ連時代の妻リュドミラ・ウラソワのこと。ウラソワは、やはりボリショイ・バレエのソリスト。ゴドゥノフが亡命した時も、一緒にアメリカ公演中でした。
何も話さず、突然、亡命を決めてしまったゴドゥノフ。ウラソワが乗っていたソ連に出立する飛行機は、空港に止めおかれ、ウラソワはゴドゥノフとアメリカに残るか、ソ連に帰るか、決断を迫られます。ソ連に残した母を捨てがたく、帰国を選んだウラソワ。ゴドゥノフは生涯ウラソワを愛していたと、ハリウッド時代の恋人ジャクリーン・ビセットは証言し、またウラソワも別れてからもゴドゥノフを大事に思っていたそうです。本当に、一人の男性としてとても愛された人ですね。

自慢の長い金髪、率直な性格とヤンチャな行動で問題児だったゴドゥノフ。規範を重視する上層部に睨まれていたこと、グリゴローヴィチ監督に干されようとしていたこと、アメリカ文化への憧れなど、様々な要因が重なった衝動的な亡命だったようです。魂の暴走に任せて生きる様は、何ともロシア人らしいという印象を感じます。

リュドミラ・ウラソワは、何と、フィギュアスケートの振付師として活動しています。イタリアのアイスダンスペアへの振付が多く、私の好きなカッペリーニ&ラノッテ組もウラソワ作品を滑っていたんです。知らなかった。ソチ五輪アイスダンスの銅メダルペアの「白鳥の湖」も、ウラソワ作品。選手と共にキス&クライにも座っていることがあり、今でも美しいお姿をされています。




ドキュメンタリーを見ていると、ゴドゥノフはソ連時代に、ミュージカルに出演し俳優としての片鱗を見せていたんですね。ハリウッド時代にも、バレエを続け、ロシアに去った妻リュドミラを思い続けたゴドゥノフ。波瀾万丈な人生を生きた、彗星のようなダンサーでした。