太宰帥大友卿、酒を讃むる歌十三首

 

 348

  今(こ)の世にし楽しくあらば來(こ)む生(よ)には 蟲に鳥にもわれはなりなむ

 

     酒を飲んで、生きている今が楽しくさえあれば、あの世へ行って、畜生道に落ちて虫や鳥

  になっても構わないんだ

  

     ※ 仏教では

     不殺生戒ふさっしょうかい 生きものを殺してはならない)
    ○ 不妄語戒ふもうごかい 嘘をついてはならない)
    ○ 不偸盗戒ふちゅうとうかい 盗んではならない)
    ○ 不邪淫戒ふじゃいんかい 姦淫してはならない)
    ○ 不飲酒戒ふおんじゅかい 酒を飲んではならない)

   を五戒としており、これを犯すと悪道に堕ちるとされています。

   作者は相変わらず教養の深さをちらつかせながら、酒が止められない言い訳を繰り返し

   ています。

 

  349

   生者(いけるもの)つひにも死ぬるものにあれば 今(こ)の世なる間(ま)は楽(たの)しく

   をあらな


   生きているものはどうせいつかは死んでゆくのだから、生きている間は酒でも飲んで

   楽しく過ごしたいものだ

 

   350

   黙然(もだ)をりて賢(さか)しらするは酒飲みて 酔泣(ゑひなき)するになほ若(し)

   かずけり

   

    何も言わずにだまって利口そうに振舞って見せるよりも、酒を飲んで泣いている方が

    よほどましだ

 

    大伴家持は万葉集の編纂にも関わり、万葉集の全4516首の内実に473首もの歌

    を残した偉大な歌人ですが、政治家としては藤原氏と橘氏の政争に巻き込まれ、

    本流から外される不本意な立場に追い込まれています。

    この、太宰帥大友卿、酒を讃むる歌十三首は、その悶々とした気持ちを酒に紛らわす

    かたちで歌に託したように思います。