【少年ゼロ編①】

「バカな!」

ローマ教会の暗殺者
法廷騎士団に所属する一流の魔法使い

ヨハン・ファウスト


ヨハンの光の剣が可憐の右腕を切り離した。

その腕が――――

――――――不死鳥へと変化する




「燃え盛る炎の化身『不死鳥』よ。我に敵対する者を滅殺せよ!」

ボワッ!!

「ぐわぁあぁぁ!!」








「………?」

(ヨハンさんの気配が………消えた?)

その少年は富士の秘境に足を踏み入れた所で異変に気が付く。

少年の名前は『ゼロ』。

本名は分からない。
産まれた時から研究所の培養液の中で育てられた。両親の顔も知らない。

少年に分かるのはローマ教会から与えられた使命を果たさなければならない事。
それだけを考えて遠い異国の地である日本に来た。

そもそもゼロは外の世界に出るのも初めてであった。周りの景色はどれもが新鮮で興味をそそるものがある。

そして、この富士山。
偉大なる富士の厳正とした大自然は、ゼロにとって非常に小気味の良いものである。

出来る事なら使命など忘れて、このまま自然の草木を眺め、小鳥や動物達と戯れていたい。

そんな矢先に、仲間であり合流予定であるヨハン・ファウストの気配が忽然と消失した。

ゼロは神経を集中させて森の向こうに居る人間を確認する。ゼロの脳裏にぼんやりと2人の人間の姿が浮かび上がった。

男と女……

一人はローマ教会から示された写真の男。
北条 月影(ほうじょう つきかげ)。
今回のターゲットの男に間違い無い。

もう一人の女………
知らない女だ。
しかし、女から発せられる気配は尋常では無い。ゼロの脳内にある膨大な情報の中から、女の正体を導き出す。

「……………精霊……いや、霊獣の類ですか。」

(ヨハン・ファウストも相当の魔法使いと聞いていましたが、霊獣が相手では分が悪かったと言う事でしょう。)

ゼロの表情が戦闘モードへと切り替わる。

(いきなり強敵ですが、まぁ、ターゲットが発見出来たのは何よりです。さっさと使命を果たしてしまいましょう。)

そうしてゼロの身体がふわりと浮いた。

富士の樹海を見下して目的地へ一直線に進むゼロ。歩けば数時間は掛かる道のりをゼロは30分ほどの飛行で目的地に到着する。

富士御嵩神社

本殿は既に焼け落ちているものの、その粛然とした雰囲気は明らかに他の場所とは違う。

ゼロはヨハンの遺体を確認する。
激しい炎による焼死。
敵の能力は炎。

しかし、ターゲットの男の姿は見当たらない。ゼロはもう一度、神経を集中させ敵の気配を感じ取る。

(……………………)

………気配は感じられない。

(僕の接近を感じ取り気配を消して逃げたと言う事ですか。あの男も油断出来ませんね。しかし、足跡の痕跡からすぐに居場所は分かるでしょう。)

ゼロはそんな事を考えてその場を立ち去ろうとした。とその時、ただならぬ違和感を感じ取る。

(何でしょう………)

おそらく神社本殿のあった最深部。
御本尊と思われる像が砕け散っている。

その丁度真下。

違和感はこの真下から感じられる。

(何やら空洞があるようです。地下室でしょうか。)

ゼロは右の手の平を地面にあてて魔力を注入する。

「せい!」

ボガーンッ!

バラバラと崩れ去る地面の下には予想通り大きな空間が広がっていた。

(…………行ってみましょう。)

地下空間はかなり広く奥の方へと続いている。

ピリピリとした緊張感がゼロの全身に伝わって来た。

(空間が歪んでいます。御本尊が壊れた事により何らかの封印……結界が壊れたと言った所でしょうか。)

数十分ほど歩いた先に、それまでの空間よりも更に大きた空洞が忽然と現れた。

地下空間のはずなのに、不思議と辺りは明るかった。そしてその中心部。
だだっ広い空間の真ん中に一つの門が置かれている。


(これは………………)

門の向こうから感じられるただならぬ気配。ゼロの脳内に記憶される膨大な情報を持ってしても、この気配の正体は皆目見当が付かない。

(何かは分かりませんが、これは危険ですね。もう一度、結界を貼り直しましょう。)

ゼロの脳内には、この世界に存在するあらゆる魔法、魔術、異能の術が記憶されている。その一つ、陰陽術を駆使して壊れた結界を再構築する。

(ふぅ……、これで大丈夫でしょう。とんだ道草を食ってしまいました。)

(まぁ、相手は日本国の総理大臣、逃げも隠れも出来ません。今日は月影を追うのを止めて、富士の自然でも楽しみましょう。)


培養液の中で育てられた若干14歳の少年ゼロ。

悪魔の魔女『エミリー・エヴァリーナ』を殺す為に育てられたローマ教会の魔法使いゼロは偶然にも日本の危機を救う事になる。


その門

異世界への門(ゲート)が開かれる話は、また別の物語で語られるでしょう。





その頃―――――――――


日本帝都学園の教室で

パンドラの箱が開かれた。


その美しい男は、なんとも言えない優しい微笑みのまま語り掛ける。


「さぁ、願いを言ってごらん。」



―――――パンドラの箱が光り輝く。