平成23年11月26日・27日に神奈川県連交流委員会事業に参加してきました。
宮城県仙台駅に9時30分到着し、石巻YEG副会長である山田氏に添乗していただき、バス1台にて石巻市方面へ向かいました。
まず始めに観光地で有名な松島へ到着。松島は200以上ある島が自然の防波堤となり、浸水はあったが、死者や被害は全くなかったとのこと。
(但し、東松島市は被害有り。防波堤となった島がなかったため)。
その後、石巻工業港を車窓から見ながら、「日和山」に到着。「日和山」はテレビ等で被害状況を放映された高台の場所になります。
(「日和山」に逃れた方は無事であったとのこと。)
その後、門脇地区⇒魚町地区⇒渡波地区へバスを走らせました。
門脇地区では小学校が火災となり校舎の右側が黒く焼け焦げていました。
幸いこの学校の生徒は校舎裏より山への避難道があったため、全員無事であったとのこと。ただ辺り一帯は崩壊状態でした。
車道には“缶詰め”の広告看板塔が道端に転がっていました。
昼食を挟み、「女川町立病院」へ向かいました。
女川町立病院は坂道を登った場所に位置しており、高さは10m以上ある高台にあります。
高台から遠くを見ると3階建ての建物の基礎部分が剥き出しになっており横倒れでした。驚いたのはその高台にも津波が押し寄せたことで、高台にある電柱等も曲がっていました。高台には花束代が設置されており、高台から見る景色は無残としかいいようがありませんでした。
その後、雄勝地区⇒大川地区へ向かいました。
大川地区は大川小学校があり、テレビでも被害者家族より避難経路について問題があったのではないか報道されていた場所です。
他の地区ではまだ「ア~」というため息交じりの声が出ていましたが、ここでは参加者からも声が出ない状況で終始無言で見学していました。
結果論として、山に登れば助かったかもしれませんが、あの津波が迫ってくる混乱した状況で、急な山を小学生に登れというのはどうこう言えないと添乗員さんより話がありました。周囲は小学校以外、全て流されており皆さん途方に暮れていました。
視察はここで終了。夜は仙台YEG、石巻YEG、古川YEGの皆様と意見交換会兼交流会を開催しました。
参加されたYEG部員にも、家族を亡くされた方が大勢いるとのことでした。実際、意見交換会の場にて、自分以外の家族全員亡くなってしまった部員もいました。
ただ、震災から8か月が過ぎた現在、くよくよしていても始まらないと言っていました。震災に遭われた方は非常に強く元気で明るく逆にこちら側が励まされているような感じがしました。



















