『今の自分を創ってくれた人・服たち』中編 | 伝統技術を現代のライフスタイルに合わせて発信するプロジェクト  ”ARLNATA” アルルナータ ディレクターの独り言

伝統技術を現代のライフスタイルに合わせて発信するプロジェクト  ”ARLNATA” アルルナータ ディレクターの独り言

約11年に渡るヨーロッパの様々なステージのラグジュアリーブランドを経て日本に帰国し、衰退産業とも言われている日本の伝統技術を今の形で発信するためのプロジェクト”ARLNATA”アルルナータを主催しているディレクターの独り言です。
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<今回の記事は北村悦子さんの寄稿文、『今の自分を創ってくれた人・服たち』前編の続きです>


《文化服装学院》
中学2年の時。
たまたま文化服装学院の文化祭の招待状を人から譲ってもらいました。
母に付き添ってもらい、新宿の学校へ行きました。
そこで見たもの全てが私の人生を決めたと言えるでしょう。
遠藤記念館で行われる大がかりなファッションショー。
靴、帽子、デザイン画、数々の作品の展示。男の子がベンチで編み物してる!
お洒落なお兄さん、お姉さんがたくさんいる!
全てが輝いて見えました。
初めてディズニーランドに行った時と同じくらい夢の世界だと思いました。
いつかここに来よう!そう心に決めて家に帰ったのでした。
そして高校と短大を卒業し、文化の3年生である“技術専攻科”に編入学しました。
ここからはちょっと苦戦しました。
短大時代も確かに服飾クラスではあったのですが、専門学校に比べて圧倒的に内容が薄いことを思い知らされました。
クラスの皆は同い年なのに、皆が言っていることもやっていることも“?”だらけなのです。
特に難しかったのが立体裁断です。短大時代はほとんど平面作図だったので布を触って動かすという感覚がよく理解できなかったのです。
私は必死でしたが、クラスメイトは熱心な人ばかりではなかったのでわざわざ先生から遠い席で作業したり、廊下で作業する人も多くいました。
そこでチャンス、とばかりに私は自分のボディを先生のボディの真横に置いて穴があくほど見ながら作業する、というのをずっと繰り返していました。
実質の一年生が1年間で三年生に追い付かねばならないのです。
もうカッコつけてはいられません。
縫製に関しては問題なくついて行きましたが優等生と言うわけでもありません。
これまでとは違ってクラスの、いや学年のほとんどの人が手先が器用なわけです。だって技術専攻科ですから。
でも楽しかった。
ずっと自己流で行き詰ってばかりだったのに、毎日教わって帰りには何かが身についているのです。わからないことを聞ける先生もいます。
こうして1年が過ぎ、無事卒業となり副担任の先生に言われました。
「貴女が最初来た時はとてもついて行けそうになくて途中で辞めてしまうんじゃないかと思った。よくここまで頑張ったね。」
そう言われて驚きました。だって絶対皆に追い付くぞと思っていたし、好きで入った学校自分からわざわざ辞めるなんて選択肢はありませんでしたから。

《影響を受けたデザイナーとブランド》
中学・高校の頃はDCブランド全盛期でした。
ヨウジ・ヤマモト、コムデ・ギャルソン、ニコル、イッセイ・ミヤケ、ピンクハウス・・。
私にはまだ早く、もう少し上の世代の人たちがこぞって着ていました。
高校時代は制服で、女の子のスカートが短くなり始めた頃でした。
ポロシャツの衿を立てて今で言うニットを肩から掛ける“ディレクター巻き”が流行りました。多分に漏れず私もやっておりました。
最近また流行っている様ですが、今はちょっと抵抗あります・・。これ、ある年代以上の方なら気持ちわかりますよね?
まだこの頃はバイト代を全部つぎ込んで服を買うほど世の中の服のことをよく知りませんでした。
それよりも父や母の昔の服が意外にカッコ良くて、自分用にリメイクしたり、パターンの本を買ってきて作ることの方に興味がありました。
高校を卒業した18歳の頃、ついにバイト代を全部つぎ込んでもいい服に出逢いました!
シビラ・ソロンドというスペイン人デザイナーによるシビラ(Sybilla)のものです。
皆肩巾の広~いジャケットを着ていたこの時代にどれほど新鮮だっことか。
撫で肩を強調する肩のライン。ステッチを一切入れない繊細さ。ダーツや縫い目の全てをデザインとし、縫い目でこんな豊かな表現が出来るものかと言う驚き。全身に流れを感じるカッティング。全てスモーキーな色使いながらもコーディネートは全て反対色。今ではもうすっかり熱も冷めましたが当時はお店ごと買いたいくらい何もかもが好きでした。
この画像は実家の自分の部屋に未だに貼ってある雑誌の切り抜きです。

シビラ 
(23年程前のもの!)
他にはジョン・ガリアーノ、アレキサンダー・マックイーンのショーには衝撃を受けました。
服もヘアメイクも舞台演出も全てにくぎ付けでした。
こんなの誰が着るの?と思う反面なんて美しいシルエットなんだろう、と魅了されてしまうのです。
そしてもっと驚いたのがガリアーノがジバンシィ、ディオールのデザイナーに、その後マックイーンがジバンシィのデザイナーになったことでした。
正直当時の一流メゾンは既に古臭い印象がありました。
まだ若かった私は、高級かもしれないけど年配の人しか好まない服だと思っていました。
果たして破天荒な彼らの手に掛った老舗メゾンがどうなるのか、恐らく世界中が大注目したのではないでしょうか?
彼らは見事にひっくり返してくれました。
歴代のデザイナーへのオマージュを込めつつも自分の個性をしっかり出している。
私の中でオートクチュールのイメージがガラリと変わりました。
新しいオートクチュール。なんとワクワクするコレクションか。
あぁ、本当にものづくりがわかっているデザイナーってこんな風にも対応出来るんだ、と思わせてくれました。

つづく。



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