第9321回「北村薫のミステリー館 その9、フレイザー夫人の消失 ベイジル・トムスン著ネタバレ」 | 新稀少堂日記

第9321回「北村薫のミステリー館 その9、フレイザー夫人の消失 ベイジル・トムスン著ネタバレ」

 第9321回は、「北村薫のミステリー館 その9、フレイザー夫人の消失 ベイジル・トムスン著 ストーリー、ネタバレ」です。舞台は、19世紀の三都、ナポリ、パリ、ロンドンです。文中にパリ万博が開かれるとの記述がありますので、1855年か1867年のことかと思います。前者だとしましたら、


 『 1852年に皇帝となったナポレオン3世の統治下で開催された、この第1回パリ万国博覧会は当時のフランスにとって一大イベントであった。1851年のロンドン万国博覧会を追って、さらにはロンドンの水晶宮を上回るべく産業宮が建設された。第1回パリ万博の産業・芸術展示品は前回のロンドンでの展示品に勝るものであったとされている。


 公式の報告によると、会期中の来場者は516万人(端数略)で、そのうち約420万人が産業品展示会場に入場し、約90万人が芸術展示 会場に入場した。開催に要した費用が約500万ドルだったのに対し、利益は支出のわずか1割ほどであった。会場の広さは16ヘクタールで、34ヶ国が参加した。 』(ウィキペディア)という背景があります。


 そういう意味では、19世紀は帝国主義の幕開けだっただけでなく、イベントの時代に突入した時期だとも言えます。


「その9、フレイザー夫人の消失」ベイジル・トムスン著

 章設定はされていませんが、便宜上、サブタイトルをつけさせていただきます。ミステリとしては、正反合、弁証法的な構成になっています。


『事件の概要』

 一人称"わたし"(メドルストン・ジョーンズ)によって、イギリス人女性、フレイザー夫人の失踪事件が詳述されます。フレイザー夫人と娘のマリイ・フレイザーは、ナポリに滞在していたのですが、ペストが猖獗(しょうけつ)を窮めたため、パリに避難したと言うのが実情でした。


 宿泊したのは、外国人を対象としたゲスト・ハウス的な安宿でした。チェックイン後、フレイザー夫人は急に体調の不調を訴えたため、医師を呼ぶことにしました。その際、その医師は娘のマリイに「当方で馬車を用意していますので、ある医師から薬を取って来てください」と頼まれます。


 マリイも母親を助けるためですので、馬車に乗って出かけました。しかし、きわめて馬車の動きが不自然だったのです。わざと遠回りして彼女を引きまわしているように思えます。やっと着いた建物で出迎えた女性も、わざとマリイを拘束しているように思えますし、出入り口も施錠されています。


 女性がドアを開けた隙をついて、マリイは建物の外に逃げ出しました。そして、やっとのことで馬車を拾うことができましたが、ホテルまではわずかの距離でした。母親の姿がありませんので、ホテルボーイに掛け合います。


 ですが、極めて不協力的でした。やっとのことで女経営者に会えましたが、マリイを知らないと言いますし、泊まったはずの部屋もすっかり様変わりしていました。宿帳も明らかに差し替えられ、親子の名前も、その前に書いた宿泊者の名前もありませんでした。さらに母親を診てくれた医師もマリイなど知らないと断言します。


 とりあえず、その夜は、女経営者の好意でそのホテルに泊まることにしました。ですが、マリイは不安な一夜を過すことになりました。翌朝、イギリス領事館に行って、母親の失踪について詳細に語ったのですが、領事及び領事館員は、露骨にマリイの話を信じていない素振りをします・・・・。


 結局、マリイはロンドンからやってきた伯父に引き取られ、ロンドンの伯父宅で暮らすことになりまし。迷惑顔の伯父宅で、極めて肩身の狭い想いを抱きながら・・・・。


 このままであれば、闇から闇に消えた些細な事件で終わったのですが、ある雑誌社が、「フレイザー夫人失踪事件」として大々的に報道したことから、世間の耳目を集めることになりました。夫人が消えただけでなく、泊まったはずのホテルも消えてしまったのでしょうか。ホテル関係者全員がマリイの証言を否定します・・・・。


『ペッパー氏の推理、ナポリ・マフィア説』

 マリイ・フレイザーの証言はまったく信じられないまま、日々だけが過ぎていきます。そんな中、快刀乱麻を断ったのがペッパー氏でした。


 ペッパー氏は、フレイザー夫人が滞在していたナポリに注目しました。「夫人はナポリ滞在中に、ナポリ・マフィアを激怒させるような事態に巻き込まれたものと思われる。そして、マフィア・グループはペスト騒動でパリに移動したフレイザー夫人を抹殺したと思われる。そして、ホテル関係者全員が共謀してフレイザー親子が宿泊した痕跡を消し去ったのだ。マフィアはそれほどの力を持っている」


『フレイザー夫人失踪の真実』

 ところで、この短編の冒頭で、ペッパー説は当らずとも遠からず、と記されています。ここに真相に達した人物が登場することになります。ペッパーの友人であり、筆者でもあるメドルストン・ジョーンズです。


 「真相に光明を与え、真実を究明できたのは、ひとえにペッパー氏の最初の推理に拠っている」と謙遜しています。以下、結末まで書きますので、ネタバレになります。


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 ジョーンズは友人と共に、マリイ・ジョーンズに面会します。そして、友人は強引に「ジョーンズは一緒にパリに行ってくれるって言っています。事件は解決しました」とマリイに説明します。友人の話にジョーンズは唖然としますが、ペッパーの推理が解決の糸口になったことに間違いはありません。


 そして、ジョーンズは事件関係者とフランス政府高官の前で真相を語ります・・・・。ナポリのペスト奇禍とパリ万博の開催が近づいていたことが事件の背景にあったのです。


 「パリに到着した際、フレイザー夫人は既にペストに感染していたのです。そして、宿泊当夜、夫人は亡くなりました・・・・。ホテル関係者とある機関は、ペストによる死亡者がパリで出たことを隠すために全員協力して、その事実を封印しようとしたんです」


 後日、ペッパーとジョーンズは会う機会がありました。その会話部分を抜粋します。このミステリの核心部分です(田中潤司氏訳)。


ジョーンズ「あなたのおっしゃる通りでした。やはり、家具類は、マリイのいない間に変えられたらしいですよ」

ペッパー「マフィアの脅迫でかね」

ジョーンズ「ナポリからもたらされたある恐怖が原因でしたよ。・・・・ これを口外すると、一切がだめになつてしまうんです」

ペッパー「ああ、そうかね。彼らにゃあ、犯人は捕まりっこないよ、どうせ」

ジョーンズ「それもあなたのおっしゃる通りでしょうね、ペッパーさん」


(追記) 「北村薫のミステリー館」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"北村薫の"と御入力ください("の"まで入力してください)。