第9319回「北村薫のミステリー館 その8、二世の契り ヘンリイ・スレッサー著、ネタバレ」 | 新稀少堂日記

第9319回「北村薫のミステリー館 その8、二世の契り ヘンリイ・スレッサー著、ネタバレ」

 第9319回は、「北村薫のミステリー館 その8、二世の契り ヘンリイ・スレッサー著、ネタバレ」です。短編の魔手、スレッサーの十数ページという短めの短編です。作風の参考として、文末に他のスレッサー作品2編を再掲することにします。


「その8、二世の契り」ヘンリイ・スレッサー著

 新興宗教と金と輪廻転生、短編ではもったいないほどのモチーフをうまく処理しています。この小説で登場する教祖アーチボルト・シング博士は、アメリカに実在していそうなネーミングでありキャセクター設定です。


 「青みを帯びた瞳」を持つリチャード・モレスビーは、死の床に就いていました。そんな彼が口走った「殺人」の一言が、担当医としても、ガードナー警部補の尋問を許さざるを得ない状況になりました。モレスビーは、真実を語り始めます・・・・。


 モレスピーと資産家のユーナが出会ったのは南カリフォルニアのビーチでのことでした。ユーナは色白の気前のいい女でした。それもそのはず、無尽蔵と言ってもいいほどの大資産家だったからです。モレスビーは彼女と付き合い始め、愛人を経て結婚に至りました。


 好奇心の強いユーナは芸術などにも手を出しましたが、"物"になるものは何もありませんでした。そして、行き着く先は、宗教ということになりました。モレスビーとしても、ユーナが新興宗教に凝ること自体には、さほど反対していませんでした。


 そんなユーナがのめり込んだのが、アーチボルト・シング博士の説く輪廻転生の世界でした。同種の信仰は、宗教団体を名乗らなくてもアメリカでは多数あります。シング博士は、人から人への輪廻だけではなく、動物から人、人から動物への転生を熱く語っていました。たとえば、ヘビとか、サソリとか、イヌとか・・・・。


 「肉体は霊魂を入れるだけの容器でしかない」、大きな伏線になっています。批判を口にしたことのなかったモレスビーでしたが、全財産をシング博士に贈与すると言い始めた途端に、考えを改めます。普段より多めの睡眠薬をユーナに投与したのです。


 この証言により、モレスビーはユーナ殺しを認めたことになります。ガードナー警部補としても満足すべき事情聴取でしたが、モレスビーの証言はさらに続きます。死の寸前に、ユーナはあることを口にしました。


 「リチャード、帰って来るわよ」、ユーナの死自体は自殺だと認定され、事件化しませんでした。その結果、モレスビーはユーナの莫大な資産を相続することになりました。しかし、その頃から、動物のことがいやに気になり始めたのです。普段目につくあらゆる昆虫、あらゆる動物が、ユーナの転生した生き物に思えたのです。


 シング博士に面会に行きました。ストレートに輪廻転生のことを訊きます。ですが、博士は一笑に付しました。「あなたがおっしゃったように、ユーナさんがカモメになってあなたを襲ったり、イヌに生まれ変わって噛みつこうなどとしたと、本当に考えているのですか。


 ユーナさんは転生したはずですが、あの方の生前歩まれてきた人生を考えれば、まったく別の存在になったと思いますよ。奥さんのことは、あなたが一番ご存知のはずです」、カリスマだけに大変な説得力です。


 しかし、モレスビーには確信がありませんでした、神経が高ぶったまま、自宅に帰ります。地下室で物音がします、ネコが紛れ込んでいたのです。ネコ嫌いのモレスビーはライフルを取り出します。狙いも定めずぶっぱなしますが、見事に外れました。その拍子に、驚いたネコが飛びかかってきます。


 そのはずみでモレスビーはライフルごと3メートルほど落下しました。あわてて、再度ネコを射殺しようとしましたが、あまりにも無理な態勢でした。撃ったのは自分の胸でした・・・・。ここまで話すのがやっとのことでした。モレスビーはこの供述をした1時間後に亡くなっています。


 「殺人の自供は得られたのだから、よしとしよう」と言いながら、ガードナーは詰めの捜査として地下室の現場検証に行きます・・・。あとわずかですが、以下結末部分を書くことにしますので、ネタバレになります。


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 「モレスビーの自白で事件はすべて片付いた。捜査は形式だけさ」、ガードナー警部補は部下にそう語りかけます。ところで、モレスビーの自損事故に直接つながったなったネコはまだ地下室にいました。その猫が、ガードナー警部補たちの目の前で、一匹のネズミを捕え食い散らかしたのです。


 「おまえ見たか?」、ガードナーは部下に問いかけます。「いや、ネコのことじゃない。ネズミの瞳の色だ」、喰われたネズミの瞳はモレスビーとよく似た青色をしていたのです・・・・。


(追記1) 「魔法の猫」(扶桑文庫)に収録されているスレッサー作「猫の子」について書いたブログから、全文再掲することにします。なお、ネタバレになっていることをお断りしておきます。


 『 エティエンヌ・ドーフィンという青年の一人称で物語は進みます。ブルターニュの森の城館で暮らしていたエティエンヌの母親が結婚相手として選んだのが、美しいアンゴラ猫のエドワード・ドーフィンでした。いわば人と猫の異種交婚でした。


 そして、生まれたのがエティエンヌですが、性格は別にして人間と全く変わらない容姿をしています。母親は間もなく亡くなり、彼を養育さらに教育したのはエドワードでした。貴族並の優雅さだけでなく、教養も高い猫だったのです。もちろん、話すこともできます。


 20人に及ぶ使用人は猫とはいえ、エドワードを崇敬していました。そして、エティエンヌは成長しアメリカに留学にすることになりました。「決して彼の地では、わたしの素性を明かすでない」、エティエンヌに言い聞かせます。


 そして、無事卒業し、仕事も見つけました。牧場主のジョアンナとは結婚を前提にした付き合いをしています。そして、彼女を連れて故郷に帰ることになりましたが、まだ父親が猫であることは明かしていません。到着した日、父親の素性について、親子で意見が大きく食い違いました。


 エティエンヌはジョアンナにすべてを告白すべきだと考えているのに対し、父親は秘密を守るべきだと主張し続けます、「ディナーの際、私が明らかにしよう」と父親は言いましたが、定刻になっても父親は姿を現しません。あとわずかですが、以下ネタバレとなります。


 父親は遅れてやってきました。あくまで猫として振る舞い続けます。「わあ、かわいい猫」、ジョアンナはそう言います。一方、父親は日頃のグルメぶりを放棄し、皿のミルクを飲み干すとゆったりと立ち去ります。「これでいいんだ」、父親も息子もそう思えました。 』


(追記2) やはりヘンリー・スレッサー作の「どなたをお望み?」は、次のような物語です。

 『 20ページに満たない短編ながらも、スレッサーのストーリー・テラーぶりが際立った一作になっています。


 バートン・グランザーは、食品会社の幹部として頭角を現してきました。一方、社長のホワイトマン・ヘイズは高齢ながらも、20年にわたり食品業界を牛耳ってきました。自信家のバートンは、そんな社長に対しても遠慮会釈なく提案を繰り返してきました。もちろん、バートンには野心があります・・・・。


 そんな時に、カール・タッカーという男から手紙が来たのです。「友人から、あなたのことを知りました。詳細は手紙には書けませんので、一度お会いしたい」(要旨)、バートンとしても興味をそそられる手紙ではあるのですが、まったく趣旨がわかりません・・・・。ただ、非営利団体の活動であることは間違いないようです。


 その間にも忙しく、バートンは会議などをこなしていきます。社長も、バートンの提案には一目を置いています。そして、事前連絡の上、タッカーが来訪したのです。タッカーの話は不思議なものでした。「あなたは人を殺したいと思ったことはありませんか?私たちの団体が発足したのは、ふたりの人物の功績によってでした・・・・」


 ある心理学者は、ヴードゥーの呪いを研究していました。「呪いで人を殺せるか」、それを臨床的な実験にまで高めたのです。事前に、「あなたは呪いを受けています」と被験者に告げます。しかし、ほとんどの人は無事に生活を送りました。しかし、病気で亡くなったり、事故死した人も少なからずいたのです。


 「われわれの団体は、いまや千人に膨れ上がっています。呪うべき対象の死を、千人が祈るのです。もちろん、相手はそのことを知っています。"共同行為協会"が発足して以降、229人が呪いの対象となりました。そして、104人が既に亡くなっています。われわれは、その確率を向上させるつもりです」


 年会費は、バートンにとっては微々たるものです。実際、バートンにとっても、死んでもらいたい人は何人もいます。たとえばヘイズ社長もそのひとりです。しかし、にわかには信じがたい話であることに間違いはありません。


 「対象者に呪いのターゲットであることを事前に通知し、恐怖で死に至らしめる」、バートンは返事を保留しながらも、タッカーの説明に納得します。「タッカーさんの御説明は十分説得力がありました。しかし、対象となった人物にどのように伝えるのですか?」、帰り支度をしていたタッカーに、バートンは問いただします。


 「いいご質問です、そのために今回訪問させていただきました。お気の毒です、バートンさん」  』


(追記3) 「北村薫のミステリー館」につきましては、随時取り上げていく予定です。過去に書いたブログに興味がありましたら、お手数ですがブログトップ左側にあります"ブログ内検索"欄に"北村薫の"と御入力ください("の"まで入力してください)。