第1381回「"古本屋探偵の事件簿" 夜の蔵書家 その1」(古書ミステリ) | 新稀少堂日記

第1381回「"古本屋探偵の事件簿" 夜の蔵書家 その1」(古書ミステリ)

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 第1381回は、「"古本屋探偵の事件簿" 夜の蔵書家 その1」(古書ミステリ)です。日本でハードボイルド小説は書けるのか、たしかに一部に評価の高いミステリもあるのですが、結局ハードボイルドは日本に定着することはありませんでした。その数少ない傑作の一冊が、「古本屋探偵」シリーズの長編「夜の蔵書家」です。


 ハードボイルドが嫌いであれば、本書はつまらないと思います。中篇の3作品は、読書好きのミステリ・ファンが読みましたら、まさしく"猫に鰹節"です。しかし、この「夜の蔵書家」で扱われるモチーフは、"春本"です。発行する側にも、読む側にも、哀しい戦前・戦後の現実があります。


 その現実を追い詰めていくのが、古本屋探偵の須藤です。

「元祖 本の探偵 ホンならなんでも  ついでにヒトまで  神田書肆・蔵書一代!!」

今までは、本探しだけだっのですが、今回は人探しまでやってしまいます。"本探しの探偵"というビジネス・モデルには、特許権はなかったのです。同業者が増えています。


 冒頭、デパートで開催された古書市の模様が描かれています。開店と同時に、バーゲン品とか、お年玉袋売り場にダッシュする主婦たちを思わせる光景が描かれています。須藤もダッシュして、依頼のあった品を押えたのですが・・・・・。須藤より先に、キープしたした人物がいたのです。須藤と顔なじみの谷口です。谷口は、アルバイトで来ていましたので、須藤にその古書を譲ります。


 谷口は、出版社に就職を希望していたのですが、いい就職先がないようです。ある出版会社は、谷口姓のものが多いために、姓を変えたら採用するといった会社もあったようです。須藤は、その時、ペン・ネームのつもりで変えたら、とアドバイスしています。そんな谷口が持ってきたのが、蔵書家でもある開業医からの依頼です。


 谷口に案内されて、岩沼という医師の家に行きます。泉鏡花の稀こう本もあるのですが、書斎には、ずらりと春本が並んでいます。本当の趣味はこちらのようです。岩沼という医師は、ある男から脅迫されていると言うのです。医師の父親が、森田一郎なる人物につらなるスキャンダルに関わっているというのが、脅迫のネタです。


 森田一郎なる人物は、戦後春本界に暗躍した人物です。20年前に失踪しています(1983年を起点にして)。その男の生死を確認して欲しいというのです。須藤は、まず1ヶ月の事前調査期間を区切ることを条件に、引き受けます。ですが、岩沼医師は、事前情報を出しません。一からの調査が始まります。


 執筆された1983年を舞台としています。バブル前夜であり、今では死語となった"ビニール本"が、神田神保町を席巻していた時代です。さらに、時代はビデオへの移行期にあります。当時の猥本の収集家には、時代への郷愁が大きく影響していたかと思います。


 須藤の調査対象は、まさしくそういう好事家へのアプローチです。読者は、戦前・戦後の春本の世界にどっぷり浸かっていくことになります・・・・・。次回も、本書について書きます。なかなか、重たい本です。「蟹工船」とは異なりますが、やはり労働者の過酷な状況が語られています。