第1255回「招かれざる客 クリスティ著、ネタバレ」(本格推理ドラマ) | 新稀少堂日記

第1255回「招かれざる客 クリスティ著、ネタバレ」(本格推理ドラマ)

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 第1255回は、「招かれざる客」(本格推理ドラマ)です。アガサ・クリスティの最も好きな作品は,「ナイルに死す」です。タイトルが素敵なだけでなく、動機とトリックが見事に融合しています。そして、エジプトという舞台も、物語を盛りあげています。


 次に好きな作品が、この戯曲「招かれざる客」です。熱烈なクリスティ・ファンでも、この戯曲を読んでいる人は、さほど多くないと思います。四大トリックとも言うべき「そして誰もいなくなった」、「オリエント急行の殺人」、「アクロイド殺し」、そして「ABC殺人事件」は、あまりにも有名です。まさしく、クリスティ・イリュージョンです。ですが、それを上回る感動が、この戯曲にはあります。


 ミステリとしては、極めて完成度が高いのです。登場人物みんなに犯行機会があり、動機を持つ、多くのミステリに見られるパターンを踏襲しています。しかし、この戯曲の場合には、"文字通り"、動機があるのです。なぜなら、家族の問題を扱っているからです。家族のうち、誰にもひとしく、それぞれの立場から犯行を行なってもおかしくない理由があります。さらに、この家に関与したものにも・・・・。


 リドル・ストーリーに、「女か虎か」という有名な作品があります。アメリカ人作家ストックトンの短篇小説です。裁判に臨んだ男は、二つのドアのいずれかを選ばなければなりません。片方には女、片方には虎。虎が出てくれば、食い殺されますし、女が出てくれば、即結婚式が執り行われます。男は、相愛の王女をみつめます。


 王女はいずれのドアに女が入っているかを知っています。王女が男の幸福を望めば"女"、嫉妬が優先すれば"虎"が出てきます。ついに、王女は一方のドアを、さりげなく指示します・・・・。物語はここで終わります。あとは読者のイマジネーションにお任せという短篇です。男が王女の指示に従うとも限りません。面白い物語です。


 話は変わりますが、アンブローズ・ピアスは短篇「月明かりの道」を書きます。芥川龍之介は日本に舞台を移し、今昔物語と融合させ、一編の短篇を創り上げます。そして、黒澤明監督は、その短篇をベースに「羅生門」なる作品を演出しました。物語は、いわゆる"藪の中"です。証言は、当事者ひとりひとり、異なり、相矛盾しています。


 こう書けば、既にネタバレとなっているかもしれませんが、そう単純な話ではありません。長くなりすぎますので、カバー裏面の作品紹介から引用します。

 「その夜、ランゲラート館の外では、濃霧が渦をまき、ブリストル海峡の霧笛が陰気な音を響かせていた。館の書斎の窓をヘッドライトがよぎり、やがて一人の男が中へ入ってきた。


 霧で道に迷い電話を貸してほしいというのだったが、その男が書斎の中に見たものは、車椅子にうずくまった当主の死体と、立ちつくす若い夫人の手に握られた拳銃だった。その場の状況は動かしがたく見えたが、深夜の客の入れ知恵は事件を全く意外な方向へと・・・・鮮やかなどんでん返しに至るミステリアスな人間ドラマ。」


 男つまり"招かれざる客"の入れ智恵とは、外部犯行に見せかけるものです。当然、若い夫人が犯人だと思ってです。それは、事件の様相を藪の中に導いていきます。舞台劇として演じられるこのドラマは、登場人物の会話によって深化していきます。登場人物をより詳細に書いていきます(深町真理子女史訳)。


① リチャード・ウォリック・・・・ランゲラート館の当主。濃霧の夜に殺される。端正な容貌の中年男性、身体に障害が生じてから、性格が極端な変わる。時に残虐な行為に及ぶことも・・・・。銃マニアの一面もある。

② ローラ・ウォリック・・・・リチャードの妻。後述のジュリアン・ファラーと不倫関係に。その不倫相手であるジュリアンをかばっているのか。ただ、最大の容疑者であることに変わりはない。

③ マイクル・スタークウェッダー・・・・濃霧のため、脱輪したと言っているが、真偽のほどは? なぜ、ローラをかばおうとしているのか、騎士道精神といっても行き過ぎ。何らかの事情とか、過去があるのか。


④ ミス・ベネット・・・・中年の看護婦。ウォーリック家に永く仕えているため、家族のことはよく知っている。家族の一員といってもおかしくない存在。ウォーリック家のために、主殺しもありうるのか。

⑤ ジャン・ウォリック・・・リチャードと腹違いの弟。19歳の青年であるがいまだ幼さが残る。ただ、知的障害があり、暴力的傾向も出はじめている。

⑥ ウォリック夫人・・・・リチャードの母、ただし、ジャンは実子ではない。ローラの不倫も知っているが、非は息子にあると考えている。「命を与えたものは、その命を奪う権利もある」、過激ですが、正義の人でもある。ローラに罪を得ることがあれば、自らの身を差し出すことも考えている。


⑦ ヘンリー・エンジェル・・・・ウォリック家の最近の従僕。ローラとジュリアンの不倫を知っており、今回の事件についても、口止め料を要求。姑息な男。

⑧ ジュリアン・ファラー・・・・ウォリック家の友人。ローラと不倫関係にある。ローラはジュリアンを、ジュリアンはローラをかばっているが、ジュリアンの心は、今回の事件を契機にさめてきた模様。ローラは、女の感としてジュリアンの心変わりを実感している。

⑨ マグレガー・・・・アラスカで死亡。この劇では登場しない。リチャード・ウォリックのため、自動車事故で息子を失う。生きていれば、有力な容疑者となりうる。


 当然、警察から部長刑事と警部が来ています。尋問が続きます。人物像がより鮮明になっていきます。以下、ラストまで書きますので、完全にネタバレになります。ただ、この作品の凄さは、ネタがバレたからといって、作品の面白さが減じない点にあります。しかし、やはりネタバレであるには違いありません。


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 警察は、看護婦のミス・ベネット(ベニー)の協力を得て、ジャン・ウォリックに的を絞っていきます。ベニーは、ジャンを追い詰めていきます。警察は息を呑んで二人を見つめています。ついに、ジャンは誇らしくリチャードを殺したというのです。リチャードは事あるごとに、ジャンを障害者用の施設に入れると公言していたのです。ただ、それを阻止していたのは、ローラです。


 そして、ジャンの行動は、限界を超えます。逃げ出したジャンは、隠し持っていた銃で警察と銃撃戦となります。ジャンは、亡くなります。最も穏便な結末かもしれません。"招かれざる客"マイケル・スタークウェッダーに去るときが来ます。


 ローラには、罪悪感が残っています。施設に入れるのを躊躇したのはローラです。結果として、リチャードの死に責任があると、マイケルに語ります。マイケルは長い話を始めます。本当に犯人は、ジャンだったのか。知的障害のジャンは、挑発されれば、自分がやったと言ってもおかしくない。また、拳銃も手に入る状態だったと。


 マイケルは、関係者のひとりひとりについて、犯行の可能性と動機を語っていきます。誰が犯人であっても不思議でないと語ります。さらに、アラスカで亡くなったとされるマグレガーについて触れます。「アラスカであれば、死亡を装うことは簡単だ。リチャードをまず殺す。しかし、濃霧のため、車が脱輪する。そうなると第三者として再度館に戻らざるを得ない。そして、あなたに会ったと・・・」(要旨)


 招かれざる客マイケルはマグレガーか、それとも、夜霧の中を忽然と現われた孤独な騎士なのか。劇場内に余韻を残しながら、幕が下ります。