第1150回「アクロイド殺し その2、ネタバレ」(本格推理小説) | 新稀少堂日記

第1150回「アクロイド殺し その2、ネタバレ」(本格推理小説)

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 第1150回は、「アクロイド殺し その2、ネタバレ」(本格推理小説)です。前回からの続きです。アクロイド殺人事件に関与する登場人物を列挙します。当然、この中に犯人がいます。


 ① ファラーズ夫人(夫を毒殺し、その後自殺?)、② ロジャー・アクロイド(地主、刺殺される)、③ ラルフ・ベイトン(アクロイドの義子、アクロイド殺し以降失踪)、④ セシル・アクロイド(アクロイドの義妹)、⑤ フロラ・アクロイド(セシルの娘、ポワロに捜査を依頼する)、そして、アクロイド家の従業員として、⑥ ジェフリー・レイモンド(執事)、⑦ ジョン・パーカー(執事)、⑧ ミス・ラッセル(家政婦)、⑨ アーシュラ・ボーン(小間使い)が、アクロイド家に関わる主要な登場人物です。


 さらに、⑩ ブラント少佐(アクロイドの友人)、⑪ ジェイムズ・シェパード(医師、本書は彼により書かれています)が、アクロイド家に関係しています。捜査関係者も外す訳にはいきません。過去の推理小説にも、犯人=探偵というトリックがありましたから。⑫ ラグラン(警部)、⑬ ポワロ(世界的に有名な探偵)、以上13人ですが、2人は、自殺または殺されていますので、11人です。


 その他のキャラクターとして、ジェイムズ・シェパードの姉であるキャロラインが登場します。なかなか愉快なキャラクターです。小説の幅を拡げています。全27章のうち、第24章でポワロは、集められた事件関係者に宣言します。


 「紳氏淑女のみなさん、今晩のわたしの集まりはこれで終わりといたします。でも、忘れないでください。――明日の朝になったら、わたしはラグラン警部に真相を報告します」(田村隆一氏訳) いわば、「読者への挑戦状」です。本格です。残り3章30ページほどです、真相が明らかになります。


 以下、完全にネタバレです。ただ、私を含めて、犯人が誰かを知って読んだ人がほとんどかと思います。


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 集まった事件関係者は帰っていきます。ポワロはシェパード医師("私")だけを残します。そして、ポワロは事件の真相を語り始めます。ひとつひとつの事実を検証していきます。犯人を指摘します。あなた(シェパード医師)だと・・・・。


 何度か再読したミステリです。トリック・犯人が分っていましても、何度か読む推理小説ってあります。クリスティがその典型でしょうか。推理小説である以上に、小説として面白いのです。イギリス伝統のストーリー・テリングに優れているせいでしょうか。当然再読に当たっては、伏線を中心に読むと同時に、犯人の心理描写が重点となります。


 この本につきましては、発表当時から、トリックをめぐり論争が繰り広げられました。1920年代に、ファイロ・ヴァンス・シリーズを書いたヴァン・ダインは「二十則」、ノックスは「十戒」を称揚します。ミステリの掟破りを戒めたものです。


 極端な例では、密室事件があったとしても、犯人が超能力者であり、テレポテーションで脱出した、ではミステリとして成立しえないというものです。当然十戒・二十則には、探偵が犯人であってはならないとしていますし、記述者が犯人というものも間接的に排除しています。読者が、容疑者から排除してしまうからです。


 その十戒・二十則は、「幻影城」などで江戸川乱歩も引用しています。基本的には、面白い推理小説を創って欲しいとの願いかと思います。叙述トリックは、現在多くの傑作を生み出しており、傑作も少なくありません。クリスティ作品中での「アクロイド殺し(アクロイド殺人事件)」の位置づけは、"意外な犯人"(フーダニット)ものの一つのトリックを提示したことにあると思います。


 「占星術殺人事件」の魅力は、"フーダニット"、"ハウダニット"だけにあるのではありません。これでもか、これでもかと読者をディレクション(方向性、誘導)していきます。事件の真相を、読者の鼻先に真相を突きつけるのです。何度か「読者への挑戦状」を突きつけられますと、嫌でも真相は見えてきます。"ハウダニット"が分れば、犯人はただひとりです。


 一方、叙述トリックの本質は、ミスディレクションにあります。言葉は悪いですが、"騙し(だまし)"です。叙述トリックは、本格推理で定着したと思います。あえて、フェアか、アンフェアかを問う必要がないと思えるのは私だけでしょうか。


 なお、本作品には、ピエール・バイヤールという著者による「アクロイドを殺したのはだれか」という作品もあります。シャーロキアンならぬ、クリスティアン(こんな言葉はありませんが)が書いたオマージュとも言うべき作品です。アクロイド殺しの犯人は、別にいた、という作品です。