第746回「風の歌を聴け」(青春小説) | 新稀少堂日記

第746回「風の歌を聴け」(青春小説)

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 第746回は、「風の歌を聴け」(青春小説)です。私にとっては、同時代小説です。著者の感性と同じであるはずはありませんが、共感する部分が多いのが、同時代小説でしょうか。村上ワールドの進行と時を同じくして、老いていく自分。


 僕シリーズ四部作の第一作であり、村上氏の実質的なデビュー作です。僕クロニクルとも言うべき第一作は、1970年8月の18日間の物語です。視点は、9年後の「僕」であり、30歳を目前にして、過去を振り返る形式をとっています。


 冒頭に、「僕」が小説(手記風の文章)を書くに際し、影響を受けた作家デレク・ハートフィールドについて書かれています。SFファンでしたら、簡単に分りますが、架空の作家です。実在するカート・ヴォネガットの作風に近いでしょうか。


 「僕」の育った街が語られます。山が迫った港町です。村上氏の育った西宮をイメージしているかもしれませんが、やはり架空の街かと思います。そこで繰り広げられる「僕」と、鼠(友人の愛称)と、レコード店で働く女の子の物語です。


 ハートフィールドだけでなく、鼠の読書体験を通じて、数多くの本が登場します。そして、鼠と「僕」がいきつけのバーで聴く、数多くの1960年代サウンド。村上氏は、文章で描ききれない空間を、本と音楽で埋めていきます。好きな手法です。


 ある意味で、ストーリーは淡々と流れていきます。とりたてて特異でない1970年の夏・・・・。この本だけでも完結していますが、「1973年のピンボール」に続いていきます。