牧師剣士     (堺育麦キリスト教会牧師)

48歳から28年ぶりに剣道再開。
すっかりはまってしまいました。
57歳で五段をいただきました。長年クリスチャン剣士でしたが、2010年11月に牧師になりました。これからも神と人に仕える者となっていきたいと願っています。剣道修業も続けていきます。

私たちの教会のホームページです。毎週日曜日の朝に、暗唱聖句、今週の祈り、説教、集会予定等を更新するように頑張っています。

http://sakai-ikubaku.digiweb.jp



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おはようございます。

新しい週です。

今週も皆様の上に神様の祝福と恵みがありますようにお祈りしています。


今回はちょっとお知らせ


今私は、いろんな投稿をフェイスブックの方でしています。

その方が便利に感じています。


アメーバーブログの方が文字数に制限があったりして、長文の私は切らないとアップできなくなっています。(やりかたが悪いのかもしれませんが)


と言うわけで、同じ内容は、フェイスブックでアップしているので

両方してきていましたが

今回から、フェイスブック中心にしようと思います。


またブログに載せる時もあると思いますが、

しばらくはお休みします。


フェイスブックは「豊島守」で検索していただければ見つかると思います。


よろしくお願いいたします。

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2015913

今週の暗唱聖句と解説

妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。

       エペソ522

 先週は夫たちへの聖書の言葉でしたので、今週は妻たちへの聖書の言葉です。

妻は自分の夫に従いなさい!! 聖書と言うのは何と封建的な事を書いているのかと思われる方もあるし、「男女同権ではないですか、なんで妻だけが夫に従わなくてはならないの!」と言う言葉も聞こえてくるかもしれません。

 しかし、聖書は、はっきりとこう言っています。

しかもその従い方は、「主に従うように」と言う事です。主に従うようにとはイエス様に従うようにと言う事です。イエス様に信頼し、イエス様に仕えるようにと言う事です。

 「これって無理!!なんで妻だけが夫に従わなければならないの。夫は私に何をしてくれるのよ」と言う声も聞こえてきそうです。

 主イエス様は、罪しか犯さないような私の為に、私の罪の罰の身代わりに十字架にかかり、死んでくださいました。

 と言う事は、妻たちは夫に従う事を命令されているが、夫は妻の為にいのちを捨てなければならないと言う事なのです。

 そのような夫に対して、主に従うように自分の夫に従いなさいと言われています。となると夫の方が大変です・・・・・。

 

 そんな立派な夫はいないでしょうが、聖書のいう妻への言葉は、自分の夫に従いなさいと言う事です。

こんな言葉もあります

同じように、妻たちよ。自分の夫に服従しなさい。たとい、みことばに従わない夫であっても、妻の無言のふるまいによって、神のものとされるようになるためです。 Ⅰペテロ3:1

夫が妻のためにいのちを捨てるほどに変わるか?妻が主に従うように夫に仕えるように変わるか?どちらが先に変わればうまくいくのか?

難しい問題ですが、まずは自分が変わっていくことを祈って行くことからではないでしょうか。



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2015年9月13日


おはようございます。

ゴールデンウィークに対抗してのシルバーウィークがもうすぐですね。

皆様、体調はいかがでしょうか?


9月13日 今日は何の日カレンダーから

陸軍大将・乃木希典夫妻が明治天皇に殉死(1912)


明治天皇が亡くなられた時。国をあげての大喪の儀の当日。

乃木希典(まれすけ)大将夫妻が、静かにご自宅で明治天皇を覚え乍ら自殺されました。

殉死と言う事です。

殉死と言うのは、主君などの死を追って部下などが後を追い死ぬ事です。


日本では江戸時代 徳川綱吉の頃からは禁止になっていました。


ところが明治天皇が亡くなられた時、乃木将軍夫妻が殉死された事により、脚光を浴びました。

本来それは、禁止されている事でありましたが、乃木将軍の明治天皇を慕う、忠義の心が称賛されて、また時代の空気もあり、乃木将軍は英雄視されました。


日本各地に乃木神社ができました。乃木将軍は神格化されました。


乃木坂46(女子の音楽グループ・AKB48の姉妹ユニット)の発祥地にも乃木神社があります。


私が学校を出て初めて赴任した場所は、下関市長府でした。

そこは乃木将軍の出生地とゆかりがあり、乃木神社がありました。その当時は良く知らなかったので乃木神社はそこだけと思っていましたら、かなりの数が日本中にはあります。


明治と言う時代の中で、日露戦争の英雄。乃木大将。

世界の大国であったロシアに極東の小さな島国が勝利した。その前線で活躍し、二人の息子を戦死させた乃木大将。

古い唄で「水師営の会見」をご存知の方もあるかと思います。

♪旅順開城約成りて 敵の将軍ステッセル 乃木大将と会見の 所はいずこ水師営♪

という出だしです。

日露戦争の英雄。しかも戦闘の中で二人の息子の戦死

退役後は、皇族方の教育のため 学習院の院長も務められました。

当時の日本の中で最も尊敬されていた人の内の一人であったでしょう。


乃木将軍は明治天皇に非常な恩義を感じていました。

若い頃、西南戦争の時に、自分の指揮する軍旗を敵に奪われると言う大失態をしました。

もう生きてはいられないと言う思いの中でいた時に、明治天皇に温かい声をかけていただき、死をとどまりました。

それ以後、自分の命は明治天皇に預けたと言う思いで、働きを続けて来られました。


そして明治天皇の死の時、自分の役目は終わったと・・・・殉死をしたのです。


それはマスコミの非難を受けることなく、美談として日本中に報じられました。


天皇をそれほど大切に思い、天皇のために、自分の人生をかけて生きる・・・。

そんな模範として、時代に用いられたのではないでしょうか。


乃木将軍は立派な人!!!!

この意識は定着していました。


後に司馬遼太郎は、「殉死」と言う本や「坂の上の雲」と言う中で乃木将軍の事を書いています。

その内容は、乃木将軍の人間としての素晴らしさを讃えつつも、乃木将軍の軍人としての無能さを浮き彫りにし、その無能によっていかに多くの兵士たちが無残に死んで行ったか・・・。特に203高地の戦いが、乃木将軍の無能さによって多くの流さなくてもよい血を流し、人命を失ったか・・・。無駄死にをさせたかと言う事が書かれています。


この本によって乃木将軍の評価と言うものに大きな疑問を発表したのです。


司馬遼太郎はこの本を書く時、ものすごい抗議があったと述懐しています。

歴史小説を書く時、ある程度の期間がいる。

まだその関係者。生きていた時を知っているお孫さんや、親戚がいる時などは、客観的に歴史を書く事は難しい。まだ生臭いうちは歴史を書く事は難しいと何かで書いていました。


戦国時代の事はいくらでも想像でもかけるが、現代史は書きにくいと言っています。


司馬遼太郎が書いた本の中で、「殉死」は最も難しかったと言っています。


当時の社会は、乃木将軍を神格化し、「殉死」さえも天皇への忠誠を現す心として絶賛し、世の人々にその忠義心をほめたたえ、全国に神社を作りだしたのです。


殉死が美化され、神格化された所に、明治は終わり、間違った戦争の道へと日本は進んでいったように思います。


これ以後、天皇と言う権威もさらに神格化されていったと言えます。

明治の天皇は、もう少し人間臭かったように感じます。


1912913

乃木大将夫妻が、明治天皇の死に臨んで殉死した日でした。


人の死は、人々に大きな影響を与えます。乃木将軍はそんな気持ちはなかったと思いますが、彼の殉死は、時代に利用されていった感があるのです。


そんな事があった日でした。


今週も皆様の上に神様の豊かな守りと恵みがありますようにお祈りしています。


今週の暗唱聖句をお送りいたします。






























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2015
96

今週の暗唱聖句と解説

夫たちよ。妻が女性であって、自分よりも弱い器だということをわきまえて妻とともに生活し、いのちの恵みをともに受け継ぐ者として尊敬しなさい。

Ⅰペテロ37

 聖書には夫婦の関係について教えられている箇所がたくさんあります。

その中で夫たちについて書かれている箇所を抜き出してみました。

夫たちよ。妻を愛しなさい。つらく当たってはいけません。

            コロサイ319

夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。  エペソ525

夫たちよ、妻が自分より弱い器と言う事をまず知りなさい。そして大切にしなさい。守りなさい。愛しなさい。つらくあたってはいけません。・・・・と言われています。夫は妻より神様からの力を与えられています。

重たいものを持つ時、女性は力がないから男が守らなくてはいけません。

獣が襲ってきたら、嵐が来たら・・・・。夫は妻を自分よりも弱い器だとわきまえて生きなさい。そして妻と一緒に生活しなさい。

弱い器だと言っても尊敬して生きなさい。女性には女性の果たすべき大きな役割があるからです。肉体的な力が強いだけで支配してはいけません。

キリストが弱い罪人の私たちの為に十字架にかかって死んで下さったように、夫たちは妻のために命を捨てるつもりで愛しなさい。と言われます。

 夫たちにとって耳に痛い言葉が続きます。この聖書の言葉通りに生きていけているかと考えさせられます。現代は科学文明の発達によって、肉体的な力がそんなに必要ではありません。力は機械でカバーできるし、コンピューターでもカバーできます。男が女よりも強いと言う事なんかそんなになくて・・・・。

女性の方が強いと言うような事の方が多いです。(笑い)

 それでも聖書は夫たちにこのように言われています。そしてこれは永遠に変わらない言葉なのです。この御言葉に生きる時、幸いがあるのです。

 来週は妻たちについて書いてみます。

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2015
96



おはようございます。

9月にはいりました。

ここ鳳の地では、来月の「だんじり祭り」に向かって、提灯やいろんな準備がされ、祭りのお囃子の稽古の音。若い人たちのトレーニング(夜に、皆さんで、そうりゃー、そうりゃーと掛け声を上げて走っています)

キリスト教会では関係はないのですが、鳳にいる限り、このムードは避けられません。

まあ、参加はしませんが、楽しませていただきます。



さて、今日は何の日カレンダーから



女性による初の大西洋横断飛行(1936)



こんな話が書いていました。



ライト兄弟によって飛行機が発明、開発されました。自転車屋さんをしながら動力飛行機の研究を行い。1903年に初めて飛行機で飛ぶことが出来ました。

一回目の飛行は12秒 約36mの飛行でした。



それから開発は進み

第一次世界大戦(1914~1918年)でさらに性能は進んでいき。



19275月 スピリットオブセントルイス号で大西洋無着陸横断飛行をチャールズ・リンドバーグの操縦で成し遂げられました。

これは「翼よあれがパリの灯だ」の有名な言葉、映画があります。



その時の距離、ニューヨーク、パリ間は5810kmと言う事です。



36mを飛んでから20年ちょっとで、何と言う進歩でしょう。



単独の操縦ですから飛行時間33時間半は、当然一睡もできず・・・・・。

途中はずっと海・・・・。

孤独な過酷な、不安いっぱいの飛行ではなかったでしょうか。



昔(1492年)コロンブスが西へ西へと大西洋を航海し、ついにアメリカ大陸を発見した。

その時から考えると感慨深いものがあります。



それにしても大西洋を飛行機で横断する、勇気も。何よりも冒険心があった事と思います。



そしてなんとそれから9年後

10年もしない内に女性が、大西洋無着陸横断飛行に成功するのです。



この記事を見た時、私は目を疑いました。

飛行機は男性のものとおもっていたのに

たった9年後

女性一人で、大西洋を渡った人がいるとは・・・・・。

その名は「アメリア・イアハート」と言われます。

 私は知りませんでしたが、リンドバーグの男性版と言う事で「ミス・リンディ」の愛称で呼ばれ、アメリカでは偉大なヒロインの一人だそうです。



彼女は、その後、赤道上世界一周飛行の途中で行方不明となりました。



女性の可能性を大いなるものとされた方です。



女性初の大西洋横断飛行・・・・リンドバーグの快挙から10年もたたないうちに成し遂げられているのです。

1936年(昭和11年)96日  79年前の今日の事でした。





今週も皆様の上に神様の豊かな恵みと守りがありますように










































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マッカーサーは戦後、天皇よりエライ、警察や、日本政府よりもエライ、最高権力者として統治をしたのです。


それにしても戦後の歴史、いや昭和史と言うものを私たちは全く学んでいない。

特に戦争を知らない私たちが、この大切な時期の歴史を全く学んでいない事

これは多くの日本人だと思います。

私の中学の歴史は明治時代ぐらいで終わりました。


その後は理数系で、全く歴史には無頓着


今頃になって、いろいろと昭和史なども勉強していますが・・・・・。

歴史認識を正しく持つと言うのは、国家の基本のように思いますが。

どこの国でも関係者の多く生きている近代、現代史は、時の政権に左右されて、客観的な冷静な学びはできていないようです。


だらだらとまた書いてしまいました。


今週も皆様の上に豊かな神様の守りと恵みがありますように。

今週の暗唱聖句と解説を送らせていただきます。



2015830()



今週の暗唱聖句と解説

喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。

         ローマ1215


 「他人(ひと)の不幸は蜜の味」と言う言葉があります。余り嬉しい言葉ではありませんが、私たちは不幸の中にいる人の気持ちに立って共に泣く事が難しいようです。

 テレビのワイドショーなんかもそんな話がいっぱいです。スターの結婚のニュースなんかはそれほどの視聴率は上がらなくて、離婚話やドロドロの愛憎劇が視聴率も高いのです。

 今日の聖書の言葉とはまるっきり逆です。

しかも、人の不幸を喜ぶと言う感情はシャーデンフロイデ と言って、他者の不幸 悲しみ 苦しみ 、失敗を見聞きした時に生じる、喜び 、嬉しさといった快い感情 ドイツ語 で「欠損のある喜び 」「 知らずの喜び 」の意味である。(Wikipedia

とあります。日本だけでなく世界中の人間にある感情です。


日々の日常生活の中でも、喜ぶ者があれば、妬み、嫉妬し、泣く者がいれば面白がっているという事がないでしょうか?


こんな人間に自分がなっている事を見る時、悲しくなってきます。

もっと、素直に、喜ぶ人と一緒に、本気で心の底から喜べたらいいなあ・・・。

と思います。

泣いている人がいる時、その人の気持ちになって、何も助けは出来ないとしても、一緒に泣く者になりたいなあと思いませんでしょうか。

 この感情は本来の人間にはないものです。それは人の中にある原罪のゆえです。でも人はこのような人になりたい!と言う願いはあるのです。24時間テレビなんかはその人間の思いを満たそうとしていると思います。でも心から「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。」と言う言葉が守れない。
 そんな事を思います。  ただキリストの十字架に答えがあります。














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2015830日(日)



おはようございます。

長かった8月も、もう残すところ1日・・・・。

日が経つのは早いと実感するこの頃です。



830

今日は何の日カレンダーから・・・・

マッカーサー元帥、厚木飛行場にサングラスにコーンパイプ姿をはじめて
 日本人の前に現した(1945)








1945815日の終戦を受けて、

占領軍最高司令官として、日本に降りたちました。

15日後だなあ・・・・。と思います。

どんな思いで当時の人々はマッカーサー元帥を迎えたのだろうかなあ・・・と想像します。

「鬼畜米英」と恐れられ、何をするかわからない。鬼のような人だろうと恐れていたでしょう。



その姿は、サングラス(レーバンのサングラス:空軍で正式採用されて不朽の名作)コーンパイプを口に加えて・・・・・。

傲岸不遜と言うか、まさに占領軍の大将と言う感じでした。

この写真は有名です。



良くも悪くも、戦後日本はこのマッカーサー元帥によって復興の道を歩むのです。

マッカーサーはスコットランド貴族の末裔で、由緒正しき家柄です。

そしてアメリカの陸軍士官学校を史上まれな好成績で卒業した秀才でもあります。

また数々の軍歴の中で功績をあげ、元帥にまでなった方です。

アメリカ大統領選挙にも名前があがり、一時は有望視されていました。



当時の大統領(トルーマン)と折り合いが良くなかったようですが、信念の人でもあり、大統領のいいなりではなく、自分の考えで日本の占領政策を進めて行ったようです。

大統領にも逆らう事もいとわない人でした(後に朝鮮戦争の時の指揮の方法でトルーマン大統領に最高司令官の地位を更迭されています。)



このマッカーサー元帥によって日本の占領政策が導かれた事は、これもいろいろな見方がありますが。日本にとって大いに恵まれたと思います。

彼は、日本の復興のために、また日本をソ連、中国から守るために(彼は共産主義が大嫌いだった)非常の尽力をしてくれています。



日本国憲法も、彼(GHQ:連合国軍最高司令官総司令部)の意見は大いに用いられています。

歴史を私たちは、どうしても一方的な見方でしか学ぶことが出来ません。

マッカーサーの占領政策が良かったのかどうか?

日本国憲法はGHQのお仕着せだと言う人もいます。

しかし、GHQの圧倒的な力があったからこそ出来だ憲法だとも言えます。



全てが悪い、すべてが正しいと決めつける事が出来ないのが歴史ではないでしょうか。



さてマッカーサーは、サングラスに、コーンパイプと言うラフな、考えようによれば傲慢そうな服装で日本に立ち降りました。



そしてそのような態度で、天皇に会いました。(928日)

天皇は戦争犯罪人のトップとして処刑せよとの空気は強い中です。



マッカーサーの前に正装して現れた天皇は会談の中で「自分は処刑されてもいい。全責任は私にある。しかし、国民をどうか助け導いて欲しい」との真実な誠実な言葉を聞き、

天皇を非常に尊敬し、天皇を日本国再建の柱とする事を決めます。



その時の一枚の写真も、非常に有名です。



正装姿の天皇と、横にラフな姿のマッカーサー

失礼と言えば失礼な姿です。しかし、これが今の日本の現状であるとの認識も人々に与えました。

マッカーサーがGHQに天皇を呼び出して、出迎えもせず、会談を行い、記念写真を撮ったものです。

今まで現人神(あらひとがみ)と讃えられていた天皇がたとえ、負けたとはいえ、このような屈辱的な写真に納まるとは・・・・

日本はこの写真の掲載に抵抗したようですが、力はGHQにありました。まさに占領された国だったのです。



しかし、マッカーサーは会談の中で天皇陛下の人格に痛く感銘し、また尊敬し、この人を殺してしまって日本を再興する事はできない。この天皇は大切に扱う必要があると考え、当初は予定になかった見送りに玄関まで出たそうです。



しかし、この写真は掲載した・・・・。

ここに日本人の心を、研究したアメリカの占領政策のすごさを覚えます。



日本が戦中、「鬼畜米英」と言って彼らを鬼か獣のように考えていた時、

アメリカでは「菊と刀」という本が書かれていました。

それは、敵国である、日本人はどのような考え方をしているかと言う事を、真面目に、研究した本です。

日本の占領政策をどのようにして行けば良いかと言う事を、研究しています。

ルース・ベネディクトという日本に来た事もない女性が研究した本ですが、日本人の特性を非常に良くつかんでいます。(すべてが正解ではないですが)



その中で日本人には、まずガツンと傲慢な態度を見せておく・・・。

これもあるようです。

私たちは案外高飛車に来られると弱い(笑い)



そして天皇陛下を虐待する事は、かえって日本人を反抗させることになる。

天皇の持っている日本国民をまとめる力と言うものを、形だけは大切にしよう。

そんな考えが出て来ています。



日本はマッカーサーの占領政策によって、よくも悪くも(良い方が多いと私は思います。奇跡的な事です) 復興してくることができた大きな要素ではないかと思います。



そのマッカーサー元帥が初めて、占領軍最高司令官として日本に降りたった日

サングラスとコーンパイプを口に加えて、彼らしい、登場の仕方をした日が830日でした。



彼を中心とした占領政策によって、日本は大いに救われたように私は感じています。












































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2015823日(日)

今週の暗唱聖句と解説

しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」

      ヨハネ414

今年の夏は猛暑日が続き、水分補給の大切さを何回も言われていました。

人間にとって「水」ほど大切なものはないでしょう。

漂流した人の本を読むと、水がなくなった時が一番の危機です。のどが渇いて水が飲みたい・・・水が飲みたい・・・」と呻きながら

海水をそのまま飲んではいけない事を知っていながら、のどの渇きが理性を壊し、海水を飲んでしまい、さらに渇いて死んでいく人が多かったと聞きます。

 人はのどの渇きには耐えられないようになっていると思います。

今日の聖句はイエス様が、サマリヤの女と言う方が、砂漠の中の井戸に来て水を汲んでいる時に語られた言葉です。

 ここでイエス様は不思議な事を言われます。ここで乾くと言う事は魂の渇き、霊の渇きを言っていると思います。

 私たちは、お金があって、健康であれば、それが一番幸せ。もう何も欲しいものはないと思うかもしれません。ところが、そうなれば、もう少し高い地位にとか名誉を、家族の愛情を・・・・とキリがないように思うのです。貧乏人の私には、そう言うとひがみのような言葉と思われるかもしれませんが。旧約聖書で知恵と富と力の粋を極めたソロモン王が、「空の空、すべては空」と言っています。

 人がうらやむようなものすべてを得たように見えるソロモン王も、またすべてが空しいと、心の渇きを告白しているのです。

 人の心の中には、神様でしか埋められない穴があると言います。イエス・キリストを信じると言う事は、その心の穴を、キリストの霊でふさいで下さる事です。

 キリストと共にある恵みは、私たちの心の渇きにも、いつも潤いを与えて下さいます。渇きの為に外に何かを求めるのではなく、ご自分の心にイエス・キリストをお迎えする。そこからは永遠のいのちの水がいつまでも中から湧き出しているのです。その命の水の話をぜひ教会に聞きに来てください。

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2015823日(日)

おはようございます。

まだまだ暑さが厳しいですが、少し秋の気配を感じる頃となりました。

小学生、中学生の生徒さんにとっては、長い夏休みがもうすぐ終わる・・・・。

ブルーな一週間かも知れません。

私なんかは、宿題もバッチリ終わって、もう学校に行って勉強がしたいので、「もうすぐ夏休みが終わる!!!」とお正月を待つように新学期を楽しみにしていた一週間でした。(全く、逆です)

さて今日は何の日カレンダーから

会津白虎隊が自刃(1868)

この出来事が目に飛び込んできました。

一昨年のNHK大河ドラマ「八重の桜」でもご存知の方も多いと思います。

私は司馬遼太郎が大好きで、幕末の話はちょっとマニアックなくらいです。

坂本龍馬、高杉晋作、吉田松陰、西郷隆盛、大久保利通、江藤新平・・・・。など明治維新の立役者となった人々の事は良く学びました。

そして歴史観は、ほぼ討幕派の見方で漠然と考えていたように思います。

ただ、新選組や河合継之助、最後の将軍:徳川慶喜などなどで、幕府方の事も少しは理解していました。

その中で幕末、誰も引き受け手がないような損な役回りの京都守護職(動乱の京都の町を守る警察のような役回り)を引き受けた会津藩(藩主:松平容保)には、何か犯しがたい武士としての矜持(きょうじ)を感じていました。

討幕側にとっては憎むべき相手ではあるが、一本筋の通った、幕末にあって最も武士道に立った藩のように思い、

会津藩と言うのは尊敬していました。

あの時期、藩として最も強く、誇り高き、正義の藩のように感じていました。

しかし、時の流れは、勤皇倒幕に流れ、王政復古の詔勅をもった官軍(この時点で会津藩が賊軍になる事もおかしな話ですが、勤皇と言う事については、会津藩ほど勤皇はなかった)との鳥羽伏見の戦いを初めとした戊辰戦争で徳川幕府を守る最前線に立った会津藩は滅ぼされるのです。

何も会津藩が滅ぼされなければならなかったと思うのですが、

歴史の残酷さ、政治の残酷さ

明治維新の討幕と言う中で、スケープゴート(犠牲のこひつじ・いけにえ) 見せしめのように会津藩は滅ぼされるのです。

幕末にあって、学問的にも文武において優れていて尊敬され、また恐れられていた会津藩は、徹底的に滅ぼされたのです。

戊辰戦争は日本国内で起こったいわば内戦です。同じ国民が、この間までは縁戚、友人関係にあった者たちが、互いに殺し合うのです。

悲しい戦争です。

戊辰戦争は、徳川幕府が恭順(天皇につつしんで従う姿勢)を示し、江戸城明け渡しの時点で終わっていても良かったように思うのです。

しかし、討幕運動の中で、幕府方の先頭に立った会津藩への憎しみは薩長などの官軍の中であったのです。

確かに、会津藩によって自分の親兄弟を殺された人々がたくさんいて、「会津憎し!」との感情は、政治的に江戸城開城(これは徳川幕府の無条件降伏にあたります)だけでは、無血開城だけでは済まなかったのです。

この解決には血が流される必要があったのです。

それが会津藩への徹底的な攻撃でした。

当時会津藩は文武両道とはいえ、軍備は旧式

官軍の圧倒的な、最新式の火器(大砲・銃)には全く太刀打ちもできなかったのです。

しかし、官軍はこの会津藩を滅ぼすと言う事が維新を完成させると言う思い(これもわかります)で会津に攻め込むのです。

かたや、会津は旧式の武器、刀、槍で対抗するのです。そこには会津藩としての武士の誇りのようなものがありました。

そして戦いは続くのです。

会津戦争は明治元年922日に会津藩の降伏により終わるのですが、その一か月前 明治元年(1968年)823日 白虎隊の自刃と言う悲劇が起こるのです。

白虎隊とは会津の軍制の中で、本来は戦闘に加わる事のない予備役の隊です。

会津藩の高級武士階級の16~17歳(数え年ですからもっと若い)の少年とも言える武士の子弟で構成された隊です。

会津藩への攻撃が激しくなる中で、防戦のために、本来は戦争に行く事のない白虎隊まで戦闘にでたのです。

太平洋戦争の終わりに、兵役を免除されていた将来の国をになうべき大学生が、学徒動員で出兵したようなものです。

白虎隊は、出陣したその日に、敗戦退却をせざるを得ぬようになります。

落ち延びた飯盛山で、白虎隊士20名は、はるかにのぞむ会津若松城が黒煙に包まれ落城したと思い(これには異説があるようですが)

生きて、敵軍に捕えられ生き恥をさらさないようにと全員が自刃するのです。

武士の子弟としてそのような教育を受けて来ていましたから

太平洋戦争の時の、「玉砕」と言う言葉を思います。

生きたかった人もあったと思いますが、それは口に出せなかったのです。

16歳ぐらいのまさに前途ある若者が、集団で自刃したのです。

この時、蘇生した一人の人によってその顛末は残されています。

本来罪もなかった会津藩が、討幕軍の見せしめとして、スケープゴートとして、いけにえとして血祭りにあげられた。

死ななくても良かった白虎隊が死ぬことによって、会津が滅びる事によって、戊辰戦争は一つのかたがついたような気がします。

戦争の悲惨さ、政治の残酷さを覚えます。

その中で、死んでいった白虎隊の若者の事を思うと涙を禁じえません。

話はずれるかもしれませんが、私たちの罪のためには、血が流されなければなりません。誰かが罰を受けなければなりません。

それを罪のないイエス・キリストが十字架にかかって、私たちの罪の罰を代わりに受けて下さいました。

それゆえに私たちは、イエス・キリストの十字架の死のゆえに私たちの罪は帳消しにされ、今、神の家族とされているのです。

イエス・キリストこそ、まことのスケープゴートです。

147年前 日本の会津の地で起こった、白虎隊の自刃 それが823日の出来事でした。

今週も皆様の上に神様の祝福と守りがありますように、

夏の疲れが癒されていきますように

惠みがたくさんありますように、お祈りいたします。

今週の暗唱聖句と拙い解説をお送りします。

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2015816





今週の暗唱聖句と解説

私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。  ピリピ31314


この言葉は、パウロと言ってイエス・キリストの弟子として最も大きな働きをされた人の言葉です。

 彼はキリストの救いについてたくさんの事を書いています。新約聖書の手紙の中で半分以上はパウロが書いています。

 世界中でパウロの書いた聖書の言葉を知らない人は少ないと思います。なかでもローマ人への手紙はキリスト教の救いについて、教理的に明確に記された信仰の論文とも言えるもので、クリスチャンになるならば、ぜひこのローマ人への手紙はしっかりと勉強しなさいと言われます。

 しかもただ一度読むだけでなく、生涯にわたって何回も何回も読み続けなさと言われます。

 それほどのキリスト教の指導者であるパウロが、自分はキリストの救いを完全にされたのではないと告白しています。

 「自分はすでに捕えたなどとは考えていません」と言っています。もう多くの人に尊敬され、先生と呼ばれるような人になった時、「自分はもういっぱしのものになった、捕えた」と考える人がいるなら、それは傲慢や、堕落の始まりであると言えます。

 人が生きている間に知れる事、捕えれることは限りがあり、小さなものなのです。

 パウロは、まだまだ求めるものがあると、ただキリストを見上げて一心に走っていると言っています。

 スポーツも武道も、芸術も、人生そのものも私たちは、まだ捕えたなどとは考えずに、後ろのものを忘れ(過去の栄光にしがみつくのではなく)、ひたむきに(高校球児のように)前に向かって進み、目標目指して一心に走って行きたいものではないでしょうか。

 その姿は、誰かの励ましや慰めになっているかもしれません。たとえそうでなくても私たちは、いつも前を向いて一心に走って行きましょう。





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