回想録/キリマンジャロ2 | Travel in an ordinary life

回想録/キリマンジャロ2

3日目。標高も4000m、5000mと上がってくる。日差しも照りつけるような日差しとなる。本当すぐそこに見えるような場所に着くまで1時間、2時間とかかかったりする。頂上もあんなに近くに見えるのに、その間にはまだまだすごい距離がある。なんせ回りに何もなくだだっ広いだけだから距離感がいまいちつかめない。頭の奥に痛みを感じたのはこの夜。そこまで酷くないが頭が痛い。自分より1日早く出て、高山に体を慣らしていた日本人にそこのベースキャンプで会った。「ちょっと頭痛いんですよね」「高山病かもね、効くか分からないけど、これあげるよ。」とインスタントみそ汁を貰った。インスタントと言えども日本のみそ汁!寒いベースキャップで温かいみそ汁は五臓六腑に染み渡る!最高に美味だった。いよいよ登頂へのアタックということで、他のコースから登って来た人たちもそのベースキャンプに集まってくる。各々テントを張ったりして、登頂へのアタックに備える緊張感というか、野心というか、なんか色々混ざった雰囲気があった。
いよいよ、明日頂上へのアタック。早めに床に就く。

朝、3時(くらいだったかと思う)に起床。頂上へのアタックを開始する。辺りは真っ暗。そしてめちゃめちゃ寒い。やっぱ頭痛い。完全に高山病だった。高山病の場合、寝れば治るというものでもなく、治すためには下山をするしかない。ここまで登って来て下山というのは悲しすぎる。ガイドと相談して限界を感じるところまで行くことになった。登山ストックをつきながら一歩一歩進む。でも一歩一歩進む度に頭の痛さは増してくる。ふとガイドを見ると、ガイドもかなり弱ってきているようだった。やっぱガイドと言えどもこの標高、寒さは体にかなり堪えるものらしく、決してチップの話などしない。
歩を進める。吐き出す。さらに歩を進める。さらに吐く。そして吐くものも無くなる。3歩進んでは1分休む、そして吐く。ガイドが不意に「ヘイ、ミスター、後3m!」と声をかけた。死にそうな自分としては内心、そんな励ましは要らん!と思った瞬間、本当に山頂だった。思わずガイドと抱きあう。ちょっと体臭きついけど構わず抱きあう。と、感傷に浸ったその30秒後にはガイドが「降りるぞ」といって自分の肩に手を回して、今来た道無き道を直滑降で二人三脚で走り出した。ベースキャンプまで大急ぎで帰る。正直その辺りの記憶は曖昧。気づいたらベットで横になっていた。そんなわけで登頂を十分に味わう余裕などなく、写真も一切撮っていない。悔やまれる。そして実はここはキリマンジャロの頂上のうちの一つ、ギルマンズポイントと呼ばれる箇所。実はもう一つキリマンジャロには頂上がり、そちらのほうがもう少しだけ高い。これも悔やまれる。

ベースキャップから登山口に向かうにつれ高山病も抜け、体も元気になってきた。帰り道に思うこと、それはどんなに悔やまれようが2回目はない!ということ。どんなに山頂の写真が撮れなかったとしても、たとえもう一つの山頂に行けなかったとしても、もう2度と登らん!と心に固く決心。一つの山頂に登ったからこの山は倒した!と勝手に勝利宣言。勝ち逃げ勝ち逃げ。

さて、肝心のチップ交渉。すごくうるさかったけど、でも死にそうになったところを助けてくれたし、無事?登頂も出来たし、十二分に堪能できた。彼らがいなければこれは出来なかった。うるさいのは珠に傷だけど、ちゃんとやってくれたのでそれを自分なりの金額換算で渡すことにした。それを聞いた彼ら、「本当に?」と目を一瞬輝かせたが、すぐに「これじゃ、少ない。欧米人は...」とゴネ始めたので、「じゃあ、いいや。破談!」と言うと、「OK,OK」と。最後はお互いに足下を見合っての交渉だったけれども、なにはともあれ、無事下山できたことが何より。下山した翌日、ガイドとMoshiの町中で会った。見ると、服装がガイドらしく替わっていた。しかも新品!自分のチップで買い替えたようだ。登山成金。

あれから早4年。もう一回やろうかな。とか思ったりして。
(以上、完)


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