氣空術

それは心と身体で表現する芸術

数十年間にわたって、打撃系格闘技に
関わってきましたが、年齢とともに筋力を主体とした
身体操作の技術に限界と疑問を感じるようになりました。

そんなある日、畑村洋数会長が主宰する
氣空術との出会いが…!そこでの衝撃的な体験を通して、
氣空術の奥深い魅力を心と身体で実感したのです。

それは武術でありながら、まさに「身体で表現する芸術」。
氣空術と出会って三年、その素晴らしさを
発信していきたいと思っています。

2016年2月、海鳴社より本を出版しました。
「氣空の拳ー空手と合気の融合」

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昨日の支部稽古の続編。

やったことは別バージョンの技だけど、要はやはり肘である。

こちらの動画を観ていただければ、「力ではない」ことが分かっていただけるかと。

 

大森君が失敗したのは肩ににも腕にも力が入っているから。

彼の名誉のために言っておくと、この後はちゃんとできたのである。

もう一つは片手のみで。

 

こちら、大森君。片手ではなかなかできなかったから、
かからないだろうとタカをくくっていたら、ものの見事に吹っ飛ばされた(笑)

 

氣空術では「かかるものか」ではなく、相手の技を感じることも必要とされている。

何度も書いてきたように、そういう体内感覚を練ることが自分の進歩になるのだ。

だから、合気の感度を高めて、自分の心身を柔らかくすることも大切。

 

でもしかし、そればかりをしていると、ラポールを招く弊害もある。

自分はそれが嫌だから、相手によっては自然体で対応する。

できない人には感度を高めて、相手の技の精度を高められるよう、伝えもする。

 

だけど、できている人にはそれをしない。特に稽古仲間である空手家たちとは自然体でやる。

そうすると、かかる時もあれば、できない時も出てくる。

それでいいんだ。だって、武術の稽古である。できなかったら、できるまでやる!

ここぞという時に行使できなかったら、武の技の意味がない。

 

ちなみに、昨日はこんなこともやった。ポイントはやはり、肘である。

 

 

 

 

 

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本日、支部稽古。今日は空手家の川合さんが入門した。

川合さんはフルコンタクト空手何十年の猛者である。

剛中の剛をやってきた人が氣空術をどう感じるかと興味津津だった。

 

で、いつものごとく稽古前からその場に居合わせたメンバーで合気上げをやった。

氣空術の合気上げは我が手首を押さえる相手を立ち上がらせる(相手が勝手に立つ)。

初めてこれをされる人はほとんどが力で何とかしようになるものだ。

 

川合さんも初めはそうだった。ところが、身体の使い方を伝えているうちに見事、成功!

それがこちらの動画である。力だと上がらない。しかし、合気がかかると上がる。

 

初回でこの出来栄えは本当にお見事としか言いようがない。

自分なんか、入門してしばらくは出来たり出来なかったりだったのに。

 

この後、稽古が始まった。まずは基本の二方向。

 

一見、地味な稽古である。でも、これが合気会得のうえで大切になるのだ。

自分が今、それなりに進歩しているのは、やはり、基本の繰り返しをやってきたから。

今日は参加者も多くて、なかなかの盛況ぶりだった。

 

 

 

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昨日、仕事帰りに大森道場で自主稽古をやってきた。

いつものごとく、打撃戦をやって、氣空術。

例の自分の両手首を相手に握らせ、崩すをやったのだけれど…

 

なかなか、みんなに伝えることができない。

力を入れずに肘を●●に持ってくるだけ!と言ってもできない。

これができさえすれば、片手でもできる。単発パンチなら、同じ動きで崩せる。

 

その場にいたのはいつもの空手家メンバーである。

打撃に通せる氣空術を何とかして感じてもらいたいのだが、できなかった。

今までは自分ができたら、他の人にもそれを伝えることができたのに。

 

すると、片手崩しをやっている時に大森くんがあることに気づいた。

「腕を道具にすればいいんですよね」と。

それはずいぶん前に会長が自分に教えてくれた方法である。

でもって、できたのだ。できたこともさることながら、自ら気づいたことが素晴らしい。

 

本当にまさしく、腕の道具化なのである。つまり、腕で何とかするのではない。

相手への接点への圧を変えずに動いていく…それで合気がかかるのだ。

武を探求する時、試行錯誤しながらも「できること」を探ることは大切だと思う。

 

そこに気づきとか閃きみたいなのがあるのだ。

会長なんか、閃きの宝庫がどれだけあるんだろ?と思うぐらいの発想の持ち主゛ある。

このあたりは、武術をやるにあたって、感性も重要なファクターだと改めて思う。

 

さて、本日、支部稽古です。みなさん、ふるって、ご参加のほどを!

 

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先日、ブログを読まれた炭粉さんから、メールが送られてきた。その一部がこちら。

 

成功率4割!
それでいい!それで充分!
よくそこまで出来るようになった!


人の身体は、実は重い!
この元々の重さを、ただ相手にそのまま「伝える」だけ。
上にも、下にも、前にも、後ろにも。
直線運動であれ、曲線運動であれ。

そして、その伝え方。
それは動きに余分な筋力を使わない事。

 

読みながら、うんうん、その通りだと改めて思ったりしたわけである。

当たり前のことだが、筋力を動かすことそのものが重力に逆らうことになる。

それはそれでいいのだ。でないと、日常のあらゆる動きができないから。

 

ただしかし、武術の場面(特に合気)においては、筋力による力を入れる状態はご法度。

そうではなく、会長が稽古で常々言われているように、力は入れない。

それさえしなければ、自らの身体の重さは相手に伝わるのである。

 

自主稽古で自分に投げられたり、崩されたりする仲間が

「なんかとんでもない重さが身体にきた!」と良く言う。

自分が受けた体験がないから分からないけれど、そんな感覚があるらしい。

 

例えば腕の重さは約二キロ。聞かされた時はそんなの軽いじゃんと思った。

でも、去年の八月に左手骨折を局所麻酔で手術した時は「鉛のような重さ」を味わった。

人間の腕って、こんなに重いのか!と思ったものである。

 

氣空術の稽古でもあるでしょ。重みは下!という感覚稽古。

あれを武術の動きの中で通せるようになれば、本当に重たい技が成立するのだ。

ただし、重さで何とかすればいいというわけじゃない。

 

相手がパンチを打ってくる。そこに腕の重みを伝えようとした瞬間に力が入る。

そこに筋力はいらないのだ。重みで何とかしようとしない。自分の重さを殺さないように使う。

……と、ここまで書いてきて、自分で自分が何を伝えようとしてるのか不鮮明になってきた(汗)

 

要するに「力は入れずに出す」。ただ、それだけなのである。

先日、この話を会長に電話したところ、「そこまでできるようになったか!」と称賛された。

でも、まだまだなのだ。本当に。

ここで話が変わるけど、自分はせいぜい、合気の扉を開けようとしている段階である。

 

初段になった時、「これからだからね」と言われたけど、ようやく今がその状態なのだ。

自分で「初段にふさわしいレベルになれたかな」と思っている。初段の初の字だ。

だからこそ、本当の意味での初段の実力を身につけていきたい。

 

そんなことより、「使える技を体得する」。自分が目指したいのはそこなのである。

 

 

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まずはご報告。月刊秘伝六月号に氣空術の紹介レポートが掲載される。

執筆したのは東京支部の高さん。ぜひ、ご拝読ください!

そして、三月に撮影されたDVDも間もなく発売される。

 

氣空術とはどういう武術かを紹介するのは極めて難しい。

詳しくは、自分が今まで書いてきたブログを読んでいただくしかないかと(汗)

一言で言えば、「合気」である。無意識でかける武術の技。

 

拙い自分の体験談で恐縮だが、ここ最近から記載している肩・肘・手首の力を抜く身体操作。

それができる確率が増すにつれ、改めて「無駄なことはしない。力は入れない」を痛感した。

でもって、その感覚が高まってくると、単発のパンチなら片手のみで崩せるようになる。

 

先日、大森道場でその稽古をした時の状況は前々回のブログにも書いた。

だがしかし、その「できる状態」を稽古仲間に伝えてもどうにも巧く伝わらないのである。

自分なりに懇切丁寧に説明したつもりだけど、できない。

 

「俺の指導能力不足か…」と思っていたら、加藤さんが「もどかしい気持ちになるでしょう」と。

そう言われて、いつも会長に言われる言葉が蘇った。

力を入れたら、あかんて。みなさん、余計なことをするからあかんねん!

といういつもの声である。

 

本当にそうなのだ。力は一切、いらない。何も考えずに自然な動きをすればいいのだ。

その自然な動きが無理・無駄のない身体の使い方である。

それができれば、二触法も二方向も関係なくなる。

つかまれた手首をただ下ろすだけ。打ってくるパンチにスッと触れるだけ。

 

それだけなのだ。合気はそれでかかる。

とはいえ、まだ「誰にでもできる」レベルではない。門下以外にも知人の空手家たちにも

試させてもらったが、できる確率はせいぜい、四割だ。

 

それでも歩みの遅い自分にしてみれば、一大進歩なのである。

会長が言われることは、こういうことなのかと、しみじみ思ったりもしているのだ。

筋力行使とは異なる身体操作。それが氣空術の合気だ。

ようやくそのスタートラインに立てたかな。もう、後戻りしたくないぞ(^_^;)

 

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