石平さん(中国系日本人の評論家。拓殖大学客員教授)、加瀬英明さん(外交評論家)の対談より。
これを読んで中華思想の真実を知っていただきたいです↓
食から知る日・中文化の違い
○加瀬
「近代中国文学の巨人といわれる魯迅(ろじん)の代表作は、『狂人日記』と『阿Q正伝』ですが、江沢民国家主席が日本にお見えになったときに、仙台まで足を伸ばされた。
魯迅の家がまだ残っていたので、見に行かれた。
ところが、江沢民主席は魯迅の作品を、読んだことがなかったんじゃないですかね。
『狂人日記』は、短い作品ですけどね。
中国のある青年が、自国の歴史を知ろうと思って、万巻の書を集めて、夜を徹して読むんです。
読んでいくうちに、「義」とか、「仁」とか、美しい言葉ばかり並んでいるが、しだいに東の空が白みはじめる。
目が疲れてくると、行間に「乞人(きつじん)食人」という言葉が、繰り返し浮かび上がってくる。
その青年は、自分も食われるかもしれないという恐怖に、さいなまれていたんですが、魯迅は、中国の歴史は、まわりの国を食べ散らかす、同じ人間を食べ散らかしてきた歴史だと、書いているんです。
魯迅の『薬』も“食人”の恐怖をテーマにしています。
魯迅が若いころに書いたものを読むと、「我は我が血をけんえんに薦めん」と。」
○石平
「けんえんに「我が血を捧げる」、という意味ですよね。」
○加瀬
「そう。ケンエンは、漢民族の始祖といわれている黄帝ですね。
伝説によると、黄帝は紀元前4207年に生まれています。
鄧小平時代になってから、中国で一時、出版の自由がかなり許されるようになって、光文社のカッパブックスから、紅護兵が文化大革命のときに数派に分かれて、全国にわたってお互いに殺しあって、食べあったという本を訳して出しました。
『食人宴席』(カッパブックス・1993年刊)という題で、中国人のチェンイーが筆者(黄文雄訳)でした。
ところが、あまりにむごたらしい話だったので、日本では売れなかったんです。
しばらく前ですが、赤坂の中華料理店の中国人の親父から、この人は汪兆銘(おうちょうめい)の南京政権に協力して逃げてきたんですが、いろいろな話を聞かされました。
ある時、私に手紙をくれたんです。達筆でした。
日本だったら最後に「敬具」とか、「草々」とか書きますが、「尚餐」と結ばれていました。」
○石平
「「尚餐=しょうさん」ですか。」
○加瀬
「どうぞ、私を召し上がってくださいという意味ですね。」
○石平
「(大笑)確かに、昔の人は、そういう言い方をしてましたね。」
○加瀬
「この人は若いころは金持ちの一族でしたから、京都帝国大学に留学してるんです。」
○石平
「ホーホホ!中国一流のエリートですね。」
○加瀬
「まったく、これほど、食べることに執着する民族というのは、世界に他にないですよ。」
★【経済討論】民主党政権と日本経済の行方★(動画)
◆経済討論 第17弾!民主党政権と日本経済の行方
パネリスト:
日下公人(評論家・社会貢献支援財団会長)
上念司(経済評論家)
田村秀男(産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員)
丹羽春喜(大阪学院大学名誉教授)
三橋貴明(経済評論家・作家)
渡邊哲也(経済評論家・作家)
司会:水島総