介護。 | 見ぬは極楽知らぬは仏。

介護。

私は、9年前に父を亡くしています。



2年ちょっとの介護をいたしましたが。

自分の人生経験の中で大変だった№3~の何番かな汗



父は、35歳で脳出血で倒れ・・・私は3歳でした。

母は・・・男の方と一緒に・・・カバン

駆け落ちしてしまい、私が1歳半には姿はなかったのですあせる



それから父の実家で祖母や祖父、親戚の方たちに見守られ

スクスク成長いたしましたが、左半身不随の父と

6畳一間の生活が10歳でスタートビックリマーク



なぜか・・・二人で住みなさいと・・・



そういう流れになり、幼い私は、大人の言われるまま

父とお引越しガーン

無邪気に、新しい環境に慣れようと??

幼心に頑張りましたアップ



左半身不随と言いましても元気な父でした。

歩けるし、飲んでくるしビール転んでるし。


競馬は、毎週・・・馬

環境かなり悪いですねぇ・・・ショック!


キッチンも6畳ぐらいありましたが

なんせ多感期・・・狭い狭い息が詰まる~あせる



前にも書きましたが、そんな環境で良い子でいた

私は・・・14歳から・・・ちょっとクローズw



あーークローズのたとえ変かしら~。



私は、女子ですし、喧嘩に命かけてませんもんねw

命は、かけてませんけれど、社会や大人に

迷惑かけたコトもありました。



とかく・・・父に反抗いたしました爆弾


私が、年齢を重ね、社会や大人への反発から

社会や大人を理解し、経験が学びと知り



結婚、出産、家族の大切さ・・・ラブラブ

感謝、思いやり。



「惻隠の心」なんというものまでに気づき。


☆(そくいん)の心。

惻隠の心とは同情心のことであり、

赤ん坊が井戸に落ちようとしているとき、

それを見た人が無意識に赤ん坊を助けようと思う心であると説いた。



最初から持っている無意識の「愛」



親子は、まさに・・・そうですね。



どんどん弱っていく父に憎しみなど消えうせ

ただ、ただ、見えない深い繋がりを感じていたのか

最初から持つ人の「情愛」なのか・・・



介護・・・辛かったです。でも、やはり人に任すことが

できず・・・頑張り過ぎましたね。

清水由貴子さんも、明るく元気になさっていたそうですが



気持ち・・・すごくわかります。

自分で頑張ろうとする人ほど明るく振舞います。

きっと・・・私もそうです汗



でもその後も、自分が癌を患い、また最悪な経験をあせる

しかし・・・頑張ったっていいじゃない。

頑張りすぎたっていいじゃない。



自分を認める・・・許す・・・

そして相手を許せた時・・・



明るく振舞うことが、振舞という演技ではなくなり

本当に、内面から湧き出る明るさ「光」

オーラと言いますかキラキラ


輝きだすことを知りました。

今一瞬ゴトに、起きている自分の状況を

素直に認める。


もし・・・頑張り過ぎたなら、一分後には

休憩すればいいじゃないニコニコ



二分後には、また泣いたりするかもしれないケレド。

五分後には、笑ってますと・・・



常に、私は変化しています。そういう生命です。

だから何も怖くないのです。

いろいろな経験が、「自信」を生みます。



またひとつ煩悩と欲望と戦っています。

生ものである私達が、それを断ち切るというコトは

いろいろ大変ですが・・・

もうひとつ自分に「自信」をプラスしてアップ



「過ぎてしまえば・・・みな風景クローバー


清水由貴子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。