喜劇役者たち 九八とゲイブル(1978) | 日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために

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日本映画をひとりの男が見続けます。映画はタイムマシンです。そういう観点も含め多様な映画を解説していきます。範疇は作られた日本映画全てです。

喜劇役者たち 九八とゲイブル
1978年 松竹
監督:瀬川昌治 主演:愛川欽也、タモル、秋野太作、佐藤オリエ、橋本功

舞台は浅草。まだ、国際劇場もあった頃の浅草だが、六区はもう、若者も集まらない汚い場所になりさがっている。さまざまにビルが立ち出す前の浅草の姿がそこにある。この映画の吾妻橋も青い。話は昭和的なストリップ劇場の喜劇役者の悲哀。使われているのはロック座だが、まだビルになる前の汚い小屋だ。主役は愛川欽也とタモリ。タモリはラジオ等で人気が出てきて、これが映画初出演。当時の彼の新しい笑いが映画をある意味、輝かせている。彼がいなかったら、凡庸な人情劇で終わっていたものを、彼が将来的にも残しておきたい映画にしたといってもいい作品だ。

愛川は、ストリッパー(園佳也子)のひもでドサ回りをしていた。以前は浅草で芸を磨いていたが、売れないでそうなったのだ。地方で四カ国語でマージャンする寝言を言う男(タモリ)にあう。彼は自分を苦楽芸振と名乗る。奇妙なやつだと思ったが、彼とコンビをくみ芸利九八と名乗り浅草に帰る愛川。ふたりの芸はストリップ劇場で大受だった。愛川は大きくなる夢を見るが、彼には待っていた婚約者(佐藤)がいた。佐藤は愛川に夢を見ないで結婚を求める。ある日、劇場に刑事(橋本)が入り、御用になるが、愛川とタモリがうまくごまかし、また株を上げる。それを見ていたテレビプロデューサー(湯原昌幸)が彼らをテレビにだすといいにくる。大喜びの2人だったが、もうひとり愛川に話しかける男(三木のり平)がいた。三木は精神病院の医師で、タモリはそこを脱走したのだという。愛川はタモリをテレビに出すわけにはいけないと断り、タモリにもコンビ解消を言い渡し、佐藤と結婚しようとする。だが、愛川の部屋の外でタモリが北京放送を始める。愛川は気になり、追いかける。そして、最後にもう一度二人で舞台に立とうというのだった。そして、その日、また橋本が女性議員を連れてやってくる。特にストリップは抑えてやっていたが、タモリと愛川の芸で、タモリが舞台を降り、議員に因縁をつけ出す。結果、橋本は精神病院にタモリを強制護送しようとする。二人と刑事たちの追っかけが始まり、最後に走っているトラックに乗り込むふたり。だが、そのトラックの行方は精神病院だった。

今のタモリしかしらない人には、ここにでてくるタモリはかなり奇妙な男である。落ち着きもなく、それほど主張があるわけでもない。すこし、おびえているようにも見える。そう、タモリはそんな感じのかなり不思議なタレントだったのだ。そして、繰り出す、四カ国語マージャンや寺山修司や野坂昭如のものまね、そして鶏になりきる芸。そんな、羅列が彼をラジオから始まり、テレビの寵児にしたのだ。そして、これが今見てもおもしろい。

ここで、愛川を相手役にしたのはかなり正解である。愛川が仕切り、タモリを前に押し出す感じが絶妙なのだ。映画の中で愛川がタモリについてこられないというのが笑われておもしろいという表現をしているが、まさにそこがはまっているのだろう。愛川にしても映画の中で栄えている数少ない作品だと思う。

ストリッパー役はあき竹城に東てる美。あきは、全裸で当時実際にロック座で踊っていたであろうショーを見せている。これはかなり貴重だろう。東は裸にはならないが、ファンでアルバイトになる鈴木ヒロミツにレイプされるシーンはかなりおもしろい。そして、当時の東はアイドルだったことがわかる。

ラストは、喜劇映画の常のおっかけであるが、かなりハリウッド的なものを意識してるのだろう。山高帽で逃げるふたりが、花やしきでパイ投げもどきをやったり、仲見世の人形やき屋で人形焼をやいていたり、国際劇場の舞台でSKDとも共演している。最後の10分くらいは今は撮る人もいないテーストの流れだが、かなりおもしろい。そして、最後にタモリが「俺は病気じゃない」といいながら、病院に入っていくところは、かなりブラックな感じもあり、私は好きである。

そうそう、この追っかけが始まる前に、タモリがロック座の舞台ででていく橋本たちに「君が代で送りましょう」といいながら、「月の法善寺横丁」の曲で君が代をちゃかす歌を歌う。まあ、安倍晋三が聴いたら、即刻「上映禁止」といいかねない危ういものだが、当時の映画界はこのくらいへっちゃらだった。今がいかにキチガイ社会になっているかを目覚めさせてくれる迷シーンといっていい。このシーンだけでも、是非、みていただきたい!

全体の話の流れは60年代の芸人の話と変わりはない。だが、そこにタモリが異次元的に介入し、ちょっと不思議な映画になった一本である。ストリップ小屋で「ピンクレディ」や「山口百恵」が流れる時代、もう、こんな芸人はいなくなった時代に作った映画なので、当時は少し違和感があった。中の進行役の秋野が「コント55号」以来の大喝采などというのも、時代的な自虐ネタにしか聞こえなかった気がする。

でも、結果的には、タモリの芸能スタート期の空気がここに残っているのは貴重なことである。当時の浅草の風景に合わせ、たぶん、語れることは多い一本だ。そして、その映画を骨太にしているのは愛川欽也であることも確かである。

愛川欽也さんの追悼という意味で、三本の映画を書いたが、ほぼ今見ることは難しいものばかりである。是非、この機会に見る状況を作っていただきたいと思う。最後に、つつしんで愛川氏のご冥福をお祈りいたします。