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篠原美也子文庫

第十七夜
1995/05/10-1995/06/07

【真夜中のあべこべ小説】
【妹】



【1】
<記:篠原美也子>
1995/05/10


同じ学校に「キョウダイ」がいるというのは、
何となく、やりづらいものである。

野球部の部室を出たところで、
妹の里美に呼び止められた大輔は、


ニヤっと笑ったチームメイトの原田に、軽くケリを入れ、
先に行かせた後、

妹に向き直った。


「何?」


里美は大輔と一つ違いの中学2年生。

何となく目をそらす兄の気持ちお構いなく、
大輔の腕をつかむと、

野球部の部室の隣、
体育用具室へ兄を引っ張り込んだ。

そして、珍しく真剣な顔で振り返ると、
一通の手紙を差し出した。


「何だよ?」


「これ、読んで。」


「何なんだよ?」


「いいから読んで」


「嫌だ。」


「何でよ。」


大輔の手に無理矢理手紙を握らせようとした里美を、
大輔は押しのけた。

ところが、思いのほかの勢いによろけた里美がぶつかった拍子に、
棚からばらまかれたテニスボールを踏んでしまった大輔は、

里美を押し倒すような形でマットの山に突っ込んだ。


「あ痛てて、、」


埃っぽいマットから顔を上げ、
下敷きになった里美に声をかけようとした大輔の目に

背番号 「5」 が、見えた。


【2】
<記PN:野霧伽月(ノギリカゲツ)>
1995/05/17


それは紛れもなく、大輔のものである。

卒業してしまった先輩の後を引き継ぎ、
今日まで着用しているものである。


大輔は、何故それが今自分目の前にあるか理解できず、
手を伸ばそうとした瞬間、

背番号「5」が大きく揺れた。

「そんなに押さなくたっていいでしょう!もういいわ。」


大輔の顔にテニスボールを投げつけると、

ものすごい剣幕で体育用具室を飛び出していった。

何がなんだか唖然としたが、驚いたのはむしろ、その姿だった。

あれは、確かに自分の顔だった。

大輔は怒ると右の眉があがる癖があったが、
今見たのはまさにそれであった。


「今のはいったい?」


事の真意を確かめようと、慌てて用具室を出た大輔は、
妙な違和感を感じた。

何となく視線が低くなったような気がする。
その時、後ろから、大輔の肩をポンと叩く者がいた。

それは、里美のクラスメイトの香(カオリ)であった。

香は少し不安そうな表情で大輔に話しかけてきた。


「手紙、渡してくれた?」



【3】<記:ルマ>

1995/05/24


何だか、深い眠りを邪魔された時の感覚に似ていた。

香の話の内容が、理解出来ないのだ。


「手紙って?」


大きな戸惑いを含んだその声が、
大輔自身にはやたら甲高く、 裏返って聞こえた。

「忘れないでって、言ったのに。」


香は落胆の表情を隠しきれず、
大きな溜め息をついた。


混乱と戸惑いの中、
大輔は里美が持ってきた手紙を思い出したが、
それと香をつなぐ線が見つからないのだ。

あらためて香に視線を向け、そこで初めて異変に気付いた。

確か香は大輔より10センチは背が低くなかっただろうか。

だが、今の香は大輔と同じ目線で話している。


混乱を治めるため頭に両手を当てると、
野球部の大輔にあるはずのない長い髪に手が触れた。


次の瞬間、
もの凄い形相で、渡り廊下を走って来る
坊主頭の大輔の姿が、視界に飛び込んできた。


大輔より早くそれに気付いていた香は、
決心したように呟いた。


「いいわ、やっぱり私、自分で告白するから」

そして、大輔をその場に残し、走り出した。



【4】<記:キメタシュウネンノヘッドシザーズガタメ>

1995/05/31


「先輩。」


声をかけようとした香をかすめるようにして、
彼女の横を全力疾走した、大輔の姿をした里美は、
そのまま里美の姿をした大輔の首根っこを掴んで、
再び体育用具室へと駆け込んだ。


「いったい、どおいう事?」


自分の顔が、しかも女の子の口調で迫ってくるというのは、
気分の良いものではない。


大輔は自分の顔から目をそらして、
ぽりぽりと、頭をかいた。


「そんな事、こっちが聞きたいね。
まったく、こっちは試合が近いってのによ」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」


ぶつぶつと文句を言っている大輔に向かって、
彼の顔をした里美が右の眉を上げて怒鳴った。

彼、いや、彼女は今にも泣き出しそうである。


頼むからその顔で泣き出すのはやめてくれ、と半ば祈りながら
大輔はあれこれと考え始めた。


確か手紙がどうとかって、
もみ合ってるうちに、テニスボールを踏んづけて、
マットに突っ込んで・・・


彼がマットの山に目を向けると、突然、
ガラリと、ドアが開いた。



【5】<記:ユウコ>

1995/06/07


ドアの隙間から、
顔だけ突き出したのは、チームメイトの原田だった。

「何やってんだよ、練習始まってんのに、先生怒ってるからな。」


原田は大輔の姿をした里美を睨むと、ピシャリとドアを閉めた。

里美は堰(せき)を切ったように、泣き始めた。

その情けない顔が、自分のものであることを嘆きながら、

大輔は最近こんな風に泣いたことがあっただろうかと、
ふと考えた。

せいぜい、あくびの後、涙がにじむ程度である。

自分の感情に言葉を与えるより先に、
泣き出してしまうような妹が、いつもうらやましかった。

大輔は初めてそれを認めた。


「香、お兄ちゃんのこと好きなんだ」
と言い捨てると、里美はしゃくりあげた。


「とにかく、うちに帰ろう。その方がいいだろう、なっ?」


大輔はいまや自分より背が高い、
里美の震える背番号「5」をポンと叩いた。


すると、ポンと背中を叩かれた隣には、
里美が、里美の姿をしていた。


大輔の左手から丸められた紙屑が、
ぽとりと落ちた。


大輔の目から、妹の涙が、
ぽとりと落ちた。


[完]



採用+最終選考


1995/05/10
【1】<篠原美也子>


1995/05/17
【2】<記:野霧伽月(ノギリカゲツ)>


1995/05/24
【3】<記:ルマ>


1995/05/31
【4】<記:キメタシュウネンノヘッドシザーズガタメ>


1995/06/07
【5】<記:ユウコ>



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