究極の医療は円通毉療

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円通毉療を公に標榜して早1年以上が立ちますが、まだまだ

目新しくて耳慣れない言葉のためでしょうが、よく説明を求め

られます。説明をすると、面白いとか素晴らしいとか、納得して

喜んでくださる方もおられるので、このブログでも円通毉療の

基礎について、これまで通りの随時のブログの合間に書いて

みたいと思います。、


たまたま、ある雑誌で連載をはじめることとなり、、「究極の医療

は円通毉療」という題目で円通毉療の基礎から記事を書くことに

なったので、雑誌に発表したものを少しアレンジしつつ書いてい

きます。


1、円通毉療の始まり


「円通」の言葉に初めて出会ったのは、『生命医療は円の毉療

カゴメ歌の謎解きと医療哲学ー』の原稿を書いている2007年

のことでした。


恩師が、『医法円通』という書物の講義をされ、面いなと思って

調べるうちに、その書物とは別に円通がとても深くて有意義な

言葉であることがわかり、嵌ってしまったのです。



それまでは「円」を使った「円の毉療」でした。これは、2004年に

大山の大神山神社参拝の折、宮司さんとの会話の中で、「すべ

ては円だ」と閃き、それがきっかけで、「生命とは中心帰一の回転

コマ運動をする円・球である」と自分なりの生命の定義ができ、

「円の医毉」が生まれたのです。それが円通の言葉を聞いてから

、いろいろと考察を繰り返すうちに、「円通」を使った「円通毉療」に

したのです。


円通は、 円に回転という動きの概念が加わった言葉とも言えま

が、その後の考察の中で、観音や観自在菩薩そして正法妙如来

へとつながることがわかったからです。


漢方の理想の一つに、「天人合一」あるいは「天人相応」が

あります。天とは宇宙のことでもありますが、宇宙とはuni(一つの)

verse(回るもの)であり、円通するものなのです。つまり、天人合一

とは宇宙が円通するように、人間も円通しましょうということなのです。


この円通は、考えれば考えるほど素晴らしい言葉であることが

わかったのですが、この円通の言葉は、そういう概念そのものが

少なくも日本の医療界にはなく、言葉として使われたこともなか

ったのです。


そのため、当初の円なり後の円通なりの言葉を提示することには

少し勇氣が要りました。そして、躊躇したのですが、やはり自分が

「これだ、これしかない」と思って出版したのが先述の本であり、さら

により踏み込んで書いたのが2015年に出版した『究極の医療は

円通毉療ー医療・宗教・生き方を一円融合する毉道・健康道・観音道

すすめ、そして修身斎家治国平天下をめざすー』だったのです。

すると、まず一冊目を出した1年後と2年後に、「これで良いんだな、

きっとこのまま進めば良いんだ」と思わせるような写真が偶然にも

撮れていたのです。

それが、今年の6月6日のブログ「縁念実相妙理之法」で提示した写真1

と写真2です。写真1は、芭蕉が「閑(しずか)さや 岩にしみ入る 蝉の声」

の句を詠んだ山形県の立石寺(慈覚大師・円仁が開山・天台宗)に行った

時のものです。


写真2は、京都美山の芦生原生林のトロッコの軌道を歩いた時に目前

のそれを写したものです。いずれも円形の光が写っています。


そして、二冊目を出した1年後に写ったのが写真3です。太宰府天満宮

参拝の後、長崎市内に泊まった翌日朝の写真です。一見、柱状ですが

、よく見ると円を描いています。


これらの写真は、自分の生き方を後押ししてくれる肯定的でロマンチック

な意味を持つものでした。知り合いのハイセンス・ハイセンシティブな方

に観ていただいたところ、わかったのです。


このような自分の心(正確には今の心である念)が、知らぬ間に宇宙大

自然に感応道交(かんのうどうきょう)して外界に証しとして現れることが

偶にあるのです。

因みに、六角田中医院の開業の際に、京都の「田の字地区」の「田の字

ビル」のテナントが見つかったのも同じ原理だと思います(写真4、図1)。




























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