「ええー!ちょっと待ってくれ、最上君を待たせてて…」
会議室からぞろぞろと人が出てくる中、廊下で椹さんが立ち止まって会話をしていた。
一仕事終わらせて、一旦俳優部に立ち寄るところだった。
「お疲れさまです。キョーコちゃんがどうかしましたか?」
椹さんから発せられたその名前に素早く反応し、声をかけたのは隣を歩いていた社さんだ。
つい苦笑してしまった。
「ああ、お疲れ。
ちょっと最上君を待たせてるんだがトラブル続きでな。まいったよ。」
やれやれ、と頭をかいている。
ちょうど彼女に用事があったので伝言があれば伝えますよ、とあれよあれよと話が進んでしまった。
ちらりとこちらを見た社さんから、『やったな!蓮!』と心の声が聞こえる。
俳優部に顔を出してから行くからと、社さんに先に行くように促される。
いつも彼女の事になるとやけに気を回してくれて、気恥ずかしいようななんというか微妙な気分になるが感謝していた。
もう何度も通ったその部屋に、迷うことなく歩を進める。
途中で琴南さんとすれ違ったが、すごく妙な顔で挨拶をされた。
「あの子なら部室にいますけど、深い妄想の世界に旅立っているかもしれませんので返事がなくても踏み込んでみてください。…面白いものが見られるかも…。」
そう言い残して。
彼女の宣言通り、軽くノックをしたが返事がない。
予想通りで、くす…と笑いが漏れる。
音を立てないようにドアを開けた先には…。
まったく面白くないものがあった。
頬を染めて、僅かに微笑んだ柔らかな表情でじっと携帯を見つめている。
何が、誰がそんな顔をさせてる?
そう、まるで…恋をしているような。
「…最、上さん…?」
自分でも驚くほど掠れた声だった。
それでも彼女に届いたようで、叫び声をあげて妄想の世界に旅立っていたらしい意識が戻った。
驚いた拍子に、愛おしそうに見つめていた携帯が彼女の手を離れてテーブルの角にぶつかり、衝撃でバチン、と二つ折りになる。
そのまま固い床に落ち、くるくると滑りながら俺の足元まで滑ってきた。
咄嗟に手を伸ばす。
一体何を見ていた?
いくらなんでも開いて中を確かめるわけにはいかないだろうが、そのまま拾わないわけにもいかない。
「ダメです!!」
チラリと視線をそちらに向けると、時折見せる人知を超えたスピードで飛び掛かってくるところだった。
それでもさすがに俺のほうが早い。
さっと携帯を拾い上げて身を翻す。
猛スピードで方向転換した彼女がよろけてしまい、咄嗟に手を伸ばしたが勢いが凄すぎて倒れ込んでしまった。
自分の体を下に、彼女の体が傷つかないように支える。
どさっ、と2人分の体重を受け止めたのは、たまに昼寝をさせてもらっている備え付けのソファだった。
「す、すみません!大丈夫ですか!?」
がばっと顔を上げたキョーコを確認して、彼女は大丈夫そうだとほっとする。
同時に、完全に体を預けられていることに気がつき心臓が鳴った。
気がつかれまいと咄嗟に軽口が出てしまう。
「…こんなに熱烈に押し倒されるなんて、男冥利につきるよ。」
「おおお押し倒したわけではありません!!!」
彼女がさっと体を起こして立ち上がりそうになり、思わずその腕を掴んでしまった。
「えっ、あ、あの…!」
「あ…いや、これ…」
拾った携帯を彼女の目の前に掲げる。
「あ!」
即座に伸びてきた手を躱し、ジャケットの内ポケットにさっとしまった。
「~~~~!遊んでないで返してください!」
「遊んでなんかいないよ。落し物を拾ってあげた先輩にその態度っていうのは…君にしては珍しいね?」
余程見られたくないものなのだろう。
意味ありげににっこりと笑うと、彼女ははっとした顔をみせた。
「う…すみません…!拾っていただいてありがとうございますっ!!
ああああの、この体勢では格好がつきませんので手を離していただけますと…!」
顔を真っ赤にして目を回している。
「それじゃあ…一割くれるなら離してもいいよ。」
我ながら何を言っているのだろう。
「はい???一割?」
「そう。落し物を拾ったから。
…さっき君が見てたもの、見せてくれたら離してあげるし携帯も返すよ。」
「そ、それは絶対に無理です!!!」
確かに、あんな顔をしながら見ていたものをおいそれと他人に見せるわけにいかないだろう。
「じゃあ、何を見ていたのか教えてくれるだけでもいいよ。」
たとえそれで嘘を言われても。
今更引き下がれなくなっていた。
何をあんなに愛おしそうに見てた?
後編につづく