やっと芽吹いた木々の緑が、再び巡り来た季節への喜びを歌い、


水をたたえた田は、田植えの時を静かに待ち、


アルプスの峯に降った雪が溶け、残雪が作り出す雪形が


北国の地に、初夏の訪れを告げている。


五月の晴れた日、安曇野から白馬に向かって走る車窓から見えるのは、


まさに、日本の農村の原風景だ。


安曇野を過ぎ白馬村に入ると、白馬連邦が目前に迫り、


その雄大な山肌をキャンパスにして、気儘に絵筆をふるったかのような


白と茶の自然の芸術作品に、目を奪われる。


miyamaodamakiのブログ-白馬雪形


今年は、季節外れの雪が降ったために、


折角現れた雪形が消えてしまった、ということもあったと聞くが、


数日続いた夏日のせいか、昔からこの地の人々が


種蒔きの目安にしたという、種蒔き爺さんはもとより、


あれが獅子で、あれが鶴かな、よくぞ名付けたなあ


と思われる、有名な雪形の姿を認めることができた。


「雪形」を、<ゆきがた>と読むことは、昔から知っていたけれど、


雪形それ自体に興味を持ったのは、遠く故郷を離れて


社会人になってから、だっただろうか。


『雪のものがたり』という一枚のLPレコードを聞いたのが


「雪形」を、意識して心にとめた最初だったかもしれない。



miyamaodamakiのブログ-雪のものがたり


西條八十作、船村徹作曲、舟木一夫歌唱の、このレコードは、


「心のステレオ」と名付けられたアルバムの<第二集>。


歌手の新曲やヒット曲が集められた、従来のアルバムとは異なり


全体が一つの物語として、歌と語りで綴られていく


という、新しいスタイルのレコードアルバムだ。


<第一集>は、映画化もされた『その人は昔』で、


松山善三によって作られた壮大な歌物語。


船村徹作曲、舟木一夫歌唱は、変わらない。


レコードジャケットの30頁にもわたる


こだわりの写真を背景にした中身は、


それだけで芸術作品とも言えるものになっている。


こちらは、CD化もされているけれど、


ただ、語りや歌詞が綴られただけの


真っ白な背景の歌詞カードは味気なく


レコードの企画者が目指したであろう世界観には、遠く及ばない。



この『雪のものがたり』は、白馬を舞台に、


そのアルバムの第二弾として作られた。


『その人は昔』と同じく、芸術祭参加作品でもあった。



ジャケットの最初の頁を開くと、雪の上に散らばる


絵具のチューブの写真が、目に飛び込んでくる。


これは、白馬に魅せられた若い画家の物語。


miyamaodamakiのブログ-ジャケット最初


白馬連邦の、雄大な造形美に魅せられた画家は多く


白馬には、それらの作品を展示した美術館もある。



このアルバムでは、画家を目指す若者が、


絵を描くことに苦悩するうちに、


山に住む、カモシカを連れた少女と出会い


その夢とも、現(うつつ)ともわからぬ日々を過ごすうち


徐々に精神を蝕まれ、狂気に陥っていく様が、


白馬の四季の移ろいをも織り交ぜながら、


青年と少女の語りと、歌によって描かれている。


悲劇的結末を迎える筋立てのせいか、


『その人は昔』の印象が強すぎたためか、


舟木一夫の人気を持ってしても、発売当時


あまり話題には、上らなかったのかもしれない。


私も、このレコードは、中古レコード店で求めたが


同好の士の中でも、持っている人は少なかった。


故郷である信州が舞台ということもあって


若い頃は、休みの日などによく聞いたものだった。



西條八十という、フランス文学者でもある


偉大な詩人の紡ぎだす、洗練された美しい言葉は、


船村徹という、稀有な才能を持った作曲家によって、


時に軽快に、時に重厚に、愁いをたたえた組曲となり


【自らの人気に負けて、歌唱力を正当に評価されたことがない不幸者】


と、『その人は昔』の企画者である栗山章に言わしめた


舟木一夫という、当時20代だった人気歌手の透明な歌声と、


その歌唱力の高さによって、命を吹き込まれ、


聞き手の心に深く響き、その物語の世界に誘う。


聞き終わった後は、一本の映画を見たような


気分にさえ、なったものだ。


その中にある


miyamaodamakiのブログ-歌詞1


「うしろ立山 なだれはこわい 


恐いこわいと ししさえ逃げる


種まき爺さん種まきやめて


つるの一声 聞かんかい


うしろ立山なだれはこわい


こわいばあさんの声がする」


という一節は、民謡を彷彿とさせる曲想が


舟木一夫の、哀愁を含んだ伸びやかで澄んだ歌声によくマッチし


聞く者の心に、しみじみと深く染み通る。



「種蒔き爺さん、獅子、鶴、(種蒔き)婆さん」は、


白馬の雪形を表していることは、言うまでもない。


同じ信州であっても、諏訪で生まれた私にとって


安曇野や白馬は遠い地であり、松本に住むまで、


この詩に描かれた光景を見たことがなかった。


松本にいても、我が家からは、この雪形は見えない。


白馬の街中を、車で通ることはあっても、


季節が違えば、山の様相はすっかり変わるし、


ましてや、子育て中は、雪形を眺めに行くだけの、


時間的余裕も、機会もなかった。


夫も、定年を迎え、時間にも心にも余裕ができ、


二人で出かける機会も増えて、


やっと、この詩に描かれた風景を


ゆったりと眺めることができるようになった。



白馬連邦の岩肌に現れた雪形を眺めながら


心の中で、一人密かに、この一節を口ずさんだ私である。


                (文中敬称略)