皆さんは、近藤隆さんという人をご存知ですか?
私が、近藤さんを知るきっかけになったのは、フェイスブックでした。
去年の春頃だったでしょうか? 知人の「いいね」がきっかけでした。
近藤さんは、国立がん研究センター病院で内科医として勤務されていました。
夢と希望に満ち溢れた若いお医者さんだったのです。
そんな、彼は2011年の12月に脳梗塞に倒れられます。まだ28歳の時でした。
4か月間意識不明の状態が続き、意識が戻った時には、聴覚と、声、身体の自由を
失っていた状況だったのです。
それは、一時的なものではありませんでした。一生背負っていく障害となりました。
その後、懸命なリハビリの末、わずかに動くようになった右手の指先で、フェイスブックへの
投稿を始められます。
脳梗塞で倒れた後の、心情や、苦悩、リハビリ等々について赤裸々に綴られていました。
近藤さんも著書の中で、意識が戻った後の事を地獄だったと書かれています。
苦しみと悲しみ、絶望のなかで、自殺を考えた時もあったとの事です。
でも、出来なかった。それは、自殺を思いとどまったのではなく、身体の自由の無い状態では
自殺をすることすら出来なかったのです。
どれほど、悔しかったことか、やるせなかったことか、それを誰かに伝えるすべもない状況での
近藤さんの心情、また、育ててこられた、ご両親の事を思うと、涙がこみ上げてきました。
懸命のリハビリの末、わずかに動くようになった右手の指先を使って、意志を伝えられるようになった
喜びを、天にも昇る気持ちだったと表現されています。
私は、身体も健康で、何不自由のない環境で、日々暮らすことが出来ていますが、世の中には、
過酷な状況の中でも、懸命に、立派に生きていらっしゃる方が多くいらっしゃっるにも関わらず、
感謝の気持ちをおしのけて、時には愚痴までも言っていないだろうか?
近藤さんからみたら、私はどのように映るのだろうか?
座右の銘が『人生一度きり』の近藤さんからすれば、その気になれば、何でも出来るよ!
後ろ向きの考え方をするのは、もったいないよっておっしゃるのではないのかと思います。
置かれた環境に感謝をし、前向きに物事を捉えていく気持ちがあれば、おのずと道は開かれる
のだと改めて、感じました。
近藤さんのフェイスブックの投稿の内容は、とてもいいねを押すような内容のものではない時も
ありましたが、それでも、最後には必ず、皆様のいいねが明日への希望につながりますとありました。
近藤さんの投稿へのいいねの数は、10万を超え、さらにシェアされ、35万いいねとなります。
彼の夢は、フェイスブックの投稿の書籍化でした。
そして、その夢はかなったのです。
彼の生き様が多くの人の心を動かし、光を与えることが出来たからに違いありません。
近藤さんの社会とのつながりを持つための唯一のツールが、フェイスブックであり、その投稿によって、
多くの人が、希望や夢を持つことの大切さやをそれぞれの価値観で、再認識することが出来たのでは
ないかと思います。私もその中の一人です。
近藤さんは、夢について、著書の中でこのように綴っています。
夢を持つだけで人は強くなれる。
目的地に達せられるように翼を持てる。
それを描けるように広い心を持てる。
それが実現するように祈る友が持てる。
『誰でも、夢はかなえられる』
近藤さんには、次の夢がありました。
これまでの知識と、経験を生かして、インターネット上でクリニックを開設することです。
そのために、医療から離れていた期間の医学の進歩に追いつこうと、不自由な体に鞭打って、
必死で勉強され、フェイスブック上で、その活動を始められていました。去年の10月の事です。
私も、とても嬉しく思っていました。
夢の実現に向け、たゆまぬ努力をする姿に、近藤さんの同僚のお医者さんや、大学が協力の手を
差し伸べたからです。そして、千葉大学医学部の地域医療の一環として、ネットクリニックの開設に
むけて、一緒に仕事をしていくことが決まりかけていた矢先に体調を崩し、
今なお、意識不明の状態が続いています。
近藤さんのお母様が、この本に息子の思いは詰め込むことが出来たので、この本を通して、
息子と話をしてくださいとフェイスブックに書いておられます。
近藤さんは、全身全霊で、「生きる」ことの意味=人生って素晴らしい
という事を伝えられているのだと思います。
お会いしたことはないですが、とても身近な人のように感じます。
医学的な見地からすれば、意識の回復は見込めないだろうとお母様は書かれていますが、
奇跡を信じて、近藤さんの回復を心よりお祈り致しております。