ハピネス・リリー

心の声が聴こえるセラピストとして
カラーや手相をもちいて問いかけることで、
その人自身の心の声に気づき、本来の自分を取り戻し
輝ける未来への道しるべをお伝えしていきます♡

本来の自分らしさを大切に♡


テーマ:
子どもは、親を選んで
生まれてくるのだとしたら
一番上の子 は、頼りない私を心配して
支えになろうとサポートに
来てくれたのかもしれない。


2番目の子 は、
私が親として
成長するために
沢山の課題と
自らも荷物を背負って
生まれて来たのかも しれない。


そして、
三番目は、やっと
人として、親として、
それなりに成長した私の元へ
更に子育てが楽しめるように
今までのご褒美として、
念願の女の子を
授けてくれたのかもしれない。


母が末っ子の弟を溺愛するのを
親の勝手だと思っていた私も
三人目に念願の娘を授かり
母の気持ちが理解出来て 、
単純に、末っ子は、
家族の中で、いつまでも一番
幼い子 なので、可愛がられても
仕方ないと納得し、
末っ子は、特だな~と実感した。

そして最初の子は、親にとっても
初めての子育てなので、
期待と不安で、過干渉や過保護になりやすく
子育てを通して、親も子も成長していく。

そうなると真ん中は、
上の子の初めてづくしに
手一杯の母親にとって、
どうしても2番目は
その次になってしまうし、
また更にその下が産まれれば
今度は、一番幼い子に手がかかり

どうしてもその間で、
なんとなく育っている真ん中の子には、
親の集中力も続かなくなってしまうのだと
親の立場になって、
客観的に理解出来てきた。

でもね、その当時の真ん中の子は、
親が上と下に一生懸命な姿を見て、
自分に対して、あまり関心のない親の態度に
寂しさや被害妄想を抱いてしまうんだよね、

でもそれも考えようによっては、
それだけ親の干渉や過保護にならずに、
のびのびと自由に自立する近道を得られることにもなる。

どれが一番良いのか、
その立場になってみないと解らないが(^^ゞ

また私が親の愛を一心に受ける
一人っ子に憧れていたが
その一人っ子の立場になれば
姉弟のいない寂しさや
親からの重圧にプレッシャーを
感じているかもしれない。

人それぞれ、どの親にどの順番に生まれてくるかも
もし自分の意志で、決めて生まれてきているのだとしたら

私は、寂しかったと言いながら、
本当は、干渉されずに自由を
一番に望んでいたのかもしれない♪


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テーマ:
心に寂しさと不安を抱えたまま
成長した私は、早くこの状況を抜け出し
誰よりも幸せになりたいと夢見ていた。

願いが届き、
おとぎ話のように、
白馬の王子が現れ
めでたし、めでたし、で
ゴールインの結婚☆

絵本の中では、幸せが続くはずの結婚生活が

現実世界では、毎日、舞踏会やパーティーがあるわけでなく
平凡な日常の中で、日々の生活を過ごしていくことになる。

色々、苦労を重ねた人や学びが深い人なら平凡な生活を
もっとも幸せだと感じ、感謝の日々を送るのだが、

輝くような日々を夢見ていた幼き私は、
世間でいう、幸せの絶好調の中で、
大恋愛・結婚・出産の連続の中、
家の中で一人、産後ウツになっていた。

そこで、自分が望んだ幸せの絶頂の中で、
幸福感を感じられない私は、
これから先も幸せを感じることは、出来ないだろうと
悲観し、育児との疲労も重なり、産後ウツと不眠で、
姉の嫁ぎ先の田舎に行き、
その日本海の白波の中へ身を投じることで、
苦悩の日々を終了させようと思ってしまった。
ただ、苦しさから楽になりたいと、

あと一歩踏み出そうとした
その瞬間に、心の声が聞こえた、
「本当にそれでいいの?」
「本当は、どうしたいの?」
私は、自分の声に真剣に考えた。

私は、私のままで、誰に愛されずとも
周りからどんな非難も受けようとも
「自分の人生を自分のために生きてみたい。」と思った。

生まれた時から役割も持たず、役に立たないことに悲観し、
自ら家庭を持っても、その中で、自分の自信のなさが
他人の目のように自らを否定し、
常に周りからの評価を気にする私が嫌になり、

そんな自分や人生を、
「もう、誰に何を言われようとも
ここで一度死んだのなら、
死んだ気になれば、怖いものもなく、
なんでも出来る、誰かのためでなく、
自分のために残りの人生を生きてやる!
誰かが無責任に非難や否定しても
誰も私の人生を変わってくれない。
ならば私が私の一番の味方になって、
常に自分を応援して、自分の人生を生き抜いてみせる。」
自分で自分を嫌わずに愛し続ける決心と覚悟をした。

私のその時の本当の願いは、幼き私に過保護のように
過干渉に私と息子を取りまく姑からの圧力からの脱出だった、
なので、願いは、
「動物の世界のように、母と子だけの
我が子との二人だけの外野のいない生活がしたい。」だった。

なので、世間でいう結婚・出産で恵まれた結婚生活で
苦痛を味わった私にとって、
母子家庭での息子と二人での生活は、
貧しくとも私の中では、自分で生活し、
本当の意味での自立と、
自分の働いたお金で、生活出来ることだけで、
自分一人でも生きていける自信となり喜びであった。

そして私が求めていた愛情も与えられる側から
我が子に与える側にシフトチェンジしたことで、
愛を求めていた時よりも
愛を与える方が数倍充実して満たされ
自分の中から愛情が溢れる実感が出来た☆

「愛は求めるよりも与えよ」なのですね。

産後ウツになり、子育てが苦手なはずの私が
本当は、子育てが大好きで、
我が子にいつも守られ、
我が子がいることで人生を楽しむことが出来ている。

だから、子育てに悩んでいるママたちに
私のように苦しまず、
私が経験した気づきと、色々な方からの学びの中で
どんどん子育てが楽しくなっていったように
我が子に愛情をたっぷり注ぎながら
またその溢れた愛で、子どもたちからも
愛をもらい、幸せの循環をしてもらいたいと願っています♡

子育てって大変だけど、
母親だから乗り越えた時に
子どもと一緒に喜び
最高の幸せを味わうことが出来るよね☆
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テーマ:
大人になってから
姉と弟に、私がずーっと二人が羨ましかったと言うと
二人からいつも自由で、気ままに
自分の人生を好きに生きていける私が
逆に羨ましかったと言われた。
まさに姉弟感での「隣の芝生」である。
私もその意味は理解出来るが
幼少期の私から見れば
常に母に関心を持たれ
愛情を注がれていた二人が羨ましかった、

たぶん私は、無関心という自由よりも
母の愛を一心に受けたかったのだと思う。

それは、愛情をたっぷりに注がれた
姉や弟には、重荷や負担を感じつつ
愛情に関しては、満たされ自信と自己肯定感を
しっかり育ててもらうことで、
大人になるにつれ、母に追いつき追い越し
母への愛の執着も満たされ感で充実していた。

人一倍、甘えん坊で、寂しがりやの私は、
大人になってからも母の愛を願い、
他界した後も母を慕っていた♡


これは、幼少期の愛情の注がれ方が大事で、
幼少期にたっぷりと親からの愛に満たされた子は、
大人になり安心し自己肯定感を持ち自立し、
親からの愛情不足と感じている子は、
その満たされなかった想いを満たそうと
足りない自分に不安を感じながら
心の中の自己否定で自信のないまま
誰かがこの状況を救出してくれると
他者への希望や願望を抱いてしまう。

そしてその相手からエネルギーを奪い、
自分の努力でない不安感から
幸せを喪失した時の恐れで
相手への依存が強くなり、
不安感も一層強くなる。

その経験は、幸せになりたいと早く結婚し
自ら痛い目を見た私の自分の人生を
立て直すために、必要で貴重な経験と
実体験からの学びでした。


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