ついに55歳になってしまいました。

 

思えば、2001年、70歳で父が他界したときから、自分の人生も70年。あと残り30年と思い定めました。その丁度半分がもう過ぎ去ってしまったわけです。

 

さて、その2001年、父の死をきっかけに自分の残りの人生の使い方を真剣に考え始めたとき、妻が言いました。「あんたそんなに子どもが好きなのに、本当に子どものいない人生でいいの?」と。

 

実は、少子高齢化と財政赤字、日本には苦難の未来が待っていると思っていたし、そもそも自己否定の強かった私は、自分のような人間を親に持つ子がかわいそうだからとの思いがあって、子どもはもたないと決めていたのです。妻は、子どもは嫌いといってましたし。

 

しかし、人生あと30年きりかと思うと、それで満足して死ねるか?という観点がむくむくと心の中に持ち上がってきたのです。そして、妻のその言葉に「それもそうだな」と思ったわけです。で、その1年後に娘が生まれました。

 

だから、娘は、私の都合でこの世に呼び出されたようなものなのです。
その思いから、「呼び出した責任」をひしひしと感じました。

 


自己否定感を引きずりながら生きてくるのは非常にしんどいものでしたが、そんなことを扱っている場合ではないと思えました。

 

このしんどさは、心理カウンセラーか何かに10年ぐらい通えば、消し去れるのかもしれないけど、そんなことに貴重な余生を使うのはもったいないなあと思いました。


それより、娘に対して役割を果たしたいなぁ。いや、果たしきれないとしても「果たそうと試みたいなぁ」と思いました。

 

それで、「自分は捨石でいいか。自分は幸せになる必要はない。」と考えることにしたら、これですご~く気が楽になったのです。

 

それで、くだらなく思え始めていた、でも高収入の仕事も辞め、凛童舎を立ち上げたのです。
娘への責任を果たすために、「頼りになる同世代人を作っておいてやる」「支えやすい社会にしておいてやる」などという大それた野望を抱いて。

 


しかし、正直なところ、このプロジェクトが本当に価値あることなのか?娘の世代のために本当なっているのか?どこにたどり着くのか?何かしらのことを成し遂げることができるのか?何の確信もないのです。いや、このまま行くと何の成果も上げられないまま消滅する確率が高い。

 

そんな風に考えながらの誕生日、たまたまNHKの深夜再放送枠を見ていたら、とても勇気づけられるタイムリーな言葉に出会いました。


ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅲの最終回「サブカルチャーが迎えた世紀末」という番組でです。http://www.nhk.or.jp/subculture/lecture04.html

 


それが

 

「でもやるんだよ!」

 

という言葉です。


以下、引用(http://miztarnie.blogspot.jp/2009/11/blog-post.html

 


・・・・・
根本敬さんの『因果鉄道の旅』。(中略)
多くの人を勇気づけた名言、「でもやるんだよ」もこの本から広まった言葉。
これは「しおさいの里」という、捨て犬を拾ってきて500匹以上の犬を飼っている施設で
ボランティアで働いてる小汚いオヤジが、朝から飯も喰わずに犬の世話をして、
エサの入っていたタライをわざわざ洗剤を付けて洗いながら言う台詞。

「いいか、俺はね、毎日1日に2回エサやるけど、 エサが終わると全部いちいちこうやって洗ってるんだよ、ぴかぴかに。
でもわざわざこんなの洗剤使ってゴシゴシ擦る必要ないんだよ。
水でちゃちゃちゃっとやりゃあ、それでいいんだよ。
な、こんな事無駄な事だと思うだろう。
そうだよ、無駄な事なんだよ
でもやるんだよ!」

(引用終わり)


・・・・
凛童舎なんて無駄な抵抗かもしれないんです。辞めた方がきっとお得なんです。楽なんです。

 

年収800万円の仕事辞めて、退職金全部つぎ込んで、財形貯蓄全部つぎ込んで、親にまで借金して、大馬鹿者ですよ。

 

でも、

 

「でもやるんだよ!」という心理はとても共感できる。とてもしっくり来る言葉です。

 

そのことに意味があるとかないとか、それは、後の人が考えてくれればいいと思える言葉です。自分は、「ただやるだけ」自分の中にやらないという選択肢が見当たらないだけなんです。意思でも根性でも意地でもなんでもない。やりたいでもやるべきでもなく、ましてややれると思っているわけでもない。

 

「でもやるんだよ!」

 

まさにそんな感じです。元気の出る言葉に出会えて、すごくラッキーな誕生日になったなあと思えます。

 

あと15年の晩年を乗り切る非常に心強いツールになりそうです。自分自身に「よくやった。あっぱれじゃった!」と褒められて旅立つのが夢です。今年を「わが晩年の幕開け」と位置づけて、気を引き締めて生きたいと思います。

 

矢沢永吉さんも応援してくれているしね、


「やっちゃえ、おっさん!」てね。日産のCMで。(笑)

 

あれ見るたび、元気でる。

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なぜ、子どもたちはゲームにはまるのか?

 

先ほどの馳大臣への投稿に付随して思いついたので、ここに記しておきたいと思います。

 

子どもがゲームにはまるのはなぜか?それには、いろいろ言われていますが、その要因のひとつに、自由のなさ、つまり学校で束縛されているだけでなく、放課後も束縛される、すなわち1日中束縛されてることがあるのではないかと、ふと自分の経験から思ったのです。

 

 

私は、バブル前夜に日建設計という日本最大手の建築設計事務所に入りました。

 

バブルが始まると、建設ラッシュになり猛烈に忙しくなりました。毎日残業が、空調のとまる午後10時になるのが標準で、時には終電、週に1回は泊り込み、徹夜という期間もありました。

 

週末がつぶれることも頻繁になり、予約していたスキー宿を、金曜の夜、ギリギリになって泣く泣く返金なしのキャンセルにしたことも何度もあります。

 

仕事を終えて帰宅、風呂入ってすぐ寝て、起きたらまた会社に行って仕事。そういう、「仕事して寝る」だけの生活になると、「仕事」が人生のすべてになり、エンドレスにこの生活が続くように気がして、心がへとへとになってくるのです。

 

だから私は会社から深夜に帰ると、よく録画したTVドラマを見ました。面白いかどうかよりも、日常と切り離された別世界の疑似体験を挟むことで、仕事のエンドレス感をを断つためです。

子どもたちも、無意識にそういう対策をとっているかもなと思いました。

 

学校でも放課後でも家でも、ずっと指示されたとおりにしなければならない生活だとしたら、心はへとへとになってもおかしくない。ゲームは別世界を疑似体験するツールになっているのかもしれません。

 

子どもたちにも「ワークライフバランス」は必要だと思います。

 

子どもたちに、自由に行動を決められる(アフターファイブならぬ)アフタースリーを提供する。それが学童保育「キッズコミュニティ凛童舎」の目指すところです。

 

FB記事はこちら→https://www.facebook.com/yosioqa/posts/1139234656116425

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4/24の日曜日、鈴木ひろ子市議の市政報告会に参加させていただきました。

馳文部科学大臣が来られると聞いたからです。

 

当初は、市民と車座になってフリートークと伺っていて、質問コーナーも設けると聞いていたのですが、鈴木ひろ子さんの想定外に大掛かりになってしまったからでしょう。船橋市長まで来て、結局、予定調和的に進行しました。

 

そういうわけで、ここに馳大臣に、訊きたかった事を書いてみます。

 

馳大臣は、教育再生担当大臣でもあるのですが、その「教育再生」を担う大臣でさえ「教育とは与えること」つまり、教え込むことと考えているようだと感じました。

 

大臣の話は、教師と、教え込む内容の質を上げることばかりで、子どもの自由について触れることはなかった。これがこの国の「教育再生」なのかと思うとがっかりでした。

 

同席している政治家や会場からの声も「国は教員を減らそうとしているがむしろ増やしてくれ」というようなものでした。

 

つまり多くは、「子どもたちへの大人のかかわりを手厚くしろ」という方向性の声でした。しかもその姿勢は、「国への嘆願」調でした。(アイディア提案ではなく。)

 

皆、今、国にお金を出してもらうことばかりを考えていて、福祉予算増により財政赤字が増大しその付けを払わされるのは、今の子どもたちだという発想が感じられない。

 

もし20年30年後、世界が「日本はどうやら借金返せそうにないぞ」と見るようになったら、今の子どもたちがどん底に落ちるのだという想像力が乏しすぎると思いました。

 

国に言うべきは「もっと金出せ」ではなく「こうすれば、お金をかけずに効果が上がる」という提案だと思います。

 

 

話を戻します。

 

私の考える教育とは、教わる部分のほかに「子ども自身が自ら学ぶ部分」がきわめて重要だと思っています。

 

学校と放課後は、教育の車の両輪。

 

教育とは、与え続けることではなく、「学校」で拘束されても、1日のもう半分「放課後」に開放される。その開放された時間に子どもが自ら「感じ」「考え」「気づき」「選択し」「実行する」ことが「学び」にはきわめて重要です。

 

この緊張と弛緩、管理と自由、インプットとアウトプットの交代で成長は成り立つのだと思います。

 

日本の高度成長を支えた世代は、このようにして育ったはずです。


きわめて自由な放課後を、子どもたちだけのコミュニティで、揉まれながら、さまざまなハプニングに鍛えられて育った。

 

その時間の多様な経験が発想力をはぐくみ、VHSやウォークマン、漫画文化やカラオケ文化などの世界を席巻するようなアイディアを生んだのです。

 

ところが今の子達には自由がない。ゆえに思い存分好奇心を満足させることも、自分で判断する経験、コミュニティの中で自分たちだけで関係を調整し折り合いを付ける経験もつめていない。よって意欲がない。チャレンジ精神がない。リスクを負わない。

 

しかし、日本の公教育は、「すでにある答えに早く効率よくたどり着くこと」を訓練する側面が多いのは、今も50年前もほぼ同じだったでしょう。

 

 

では何が違うのか?

 

決定的に違うのは放課後です。今の子どもたちは放課後まで拘束されている。

多くの子が通い、今後もますます増えていくであろう学童保育では、子どもひとり当たりたった1畳という狭い部屋に70人にも達する大勢を押し込められ、かつ大人に管理下で過ごします。

 

そうでない子も親に多くの習い事に行かされて、大人の指示で過ごします。サッカーや合奏部などの部活も同じ。監督(という大人)の言うとおりに過ごす時間であることに変わりはない。

 

今の子どもたちについてよく「4間の喪失」と言われます。

 

仲間・時間・空間・隙間

 

です。

 

時間空間は文字通りそれそのものです。

 

時間:土曜日の授業がなくなったせいでその分放課後が短くなりました。それなのにさらに習い事や部活で小学生の自由時間がつぶされています。

 

空間:今は誰の土地かわからないが入って遊んでも怒られない空き地などがほとんどなくなりました。公園はボール遊び禁止と掲げられています。昔に比べ自由に出来る空間が減りました。

 

仲間:仲間とは単に友達と同義ではありません。仲間とは、ガバナンスが子ども自身にゆだねられたコミュニティのメンバー同士という意味だと私は思います。子どもコミュニティのメンバー同士は互いに信頼し合い、お互いの役割を認め合っている。ここでリーダーシップとメンバーシップを身につけることができた。しかし今は大人の関わらない子どもコミュニティ自体がほぼ存在しません。

 

隙間:これは時間的、空間的意味合いもありますが、最も重要なのは、子どもの心理的部分です。子どもがひっそり身を潜める場所、居場所がない。兄弟が3人居たときには有った親のお目こぼしが、一人っ子にはない。親の満足は兄弟3人が交代で満たせばよかったのに、それをひとりでしょわなければならない。常に注視されている状態は、心理的に隙間のないストレスフルな状態です。

 

以上、4間はすべて、子ども自身の自由、子ども自身の選択権、自己裁量権の喪失のことです。

 

特にこれから時代と共に多くの子が所属することになっていく学童保育が、きわめて管理的です。

 

学童保育が管理的にならざるを得ない最大要因は、指導員の質などではなく、「狭さ」と見守る人の「数」です。狭く、また見守る人が少ないと、安全のために子どもを自由に制限をかけなければならなくなります。

 

 

船橋市には、安全のため「友達に触るな(鬼ごっこのタッチだけはOK)と指導している公設学童があります。習志野市には、夏休みに一歩も室内から出さなかったという公設学童があります。外遊びをさせないという公設学童はいくらでもあります。

 

子どもたちは、指導員の指示に従って、安全に放課後時間つぶしをしているだけになっているところがたくさんあります。

 

このように育った子達が、高い発想力と行動力で難題多き近未来を切り拓き、強く生き抜いていけるようになるとはとても思えません。

 

(にもかかわらず、国は指導員の団体の口車に乗って、学童保育指導員の資格:「児童育成支援員」という資格を作り、その研修システム作りおよび実施に予算を投入しています。お金をかけるべきは「広さ」なのに。安全を見守る人が必要だとしても質ではなく量のほうが問題なのに)

 

子どもたちに「どんな放課後を過ごさせてあげられるか」

 

子どもたちの自力を信じ、どれだけ自分で学び取る経験ができる時間を作ってやれるか?

 

これはきわめて重要な『教育問題』です。『放課後』は、もっと注視されるべきだと思っています。

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昨夜の第1回、シニア子ども食堂@凛童舎の様子です。

 

大人子ども、スタッフあわせて24食ほど出ました。相当がやがやしていました。

 

まず、14:00に凛童舎が借りている畑(㈱アグリメディアさん運営のシェア畑)にて収穫。シェア畑さんがイベント用に栽培している畑からも、なばな、さやえんどうを収穫させてもらいました。そのほかに春キャベツも8個ほど差し入れしていただきました。新鮮なお野菜たっぷりの食事が出来ました。

 

子どもはたくさん来てくれたのですが、シニアはまだ1人も来られなかったので残念です。

 

ただ、「ご主人の残業が急になくなって、家計が急に厳しくなったので」というご家族が、子ども食堂ネットワーク本部に問合せをしてまで来て下さったのがうれしかったです。

 

次回への課題もたくさん見つかったので後日反省会をします。

 

一応次回の予定は、5月27日(金)18:00~と19:00~の2回開催予定です。

 

写真はこちら→https://www.facebook.com/yosioqa/posts/1137158469657377