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僕にとってキャンディーズは特別なのである。キャンディーズは僕の前に初めて現れた真のアイドルな存在だった。

それまでもザ・ピーナッツやゴールデンハーフなどの女性スーパー・グループはいたが、いかんせん俺がガキ過ぎた。

例によってキャンディーズ年表と自分史を照らし合わせてみる。僕の自分史はそのままポピュラー音楽の流れの中にある…などというと、ちょっとカッコつけすぎだ。。。



キャンディーズのデビューが1973年。僕は9歳。まだこの頃はキャンディーズの存在を知らないクソガキだった。

「あなたに夢中」(73.9)~「そよ風のくちづけ」(74.1)~「危ない土曜日」(74.4)~「なみだの季節」(74.9)

でも、これらの楽曲は全部知ってるんだよね。何故かというとデビュー当時から『8時だよ!全員集合』に出てたから。ということはこの時から既に意識してたんだな。

そんな僕がキャンディーズに目覚めたのが1975年2月に発売された「年下の男の子」。クソガキも10歳になり、ようやく追いついたのがこの曲。ランちゃんをセンターに据えオリコンもベストテン入りする大ヒット。(ただしナンバーワンになったのは実質上のラストシングル「微笑みがえし」のみ)

やはり最初はランちゃんが好きだったんだけど、あれ?スーちゃんも可愛いじゃん!おっ⁉︎ミキちゃんだって可愛いぞ‼︎となりキャンディーズがアイドルからスーパーアイドルになった。

3人組というバランスは実は絶妙。例えば4人になると1人見失いがちになったり、逆に2人だと比較しちゃったり…この流れはキャンディーズ以降も少女隊~Perfume~BABYMETALと音楽性や形を変えながらも脈々と存在している…かも。

「内気なあいつ」(75.6)~「その気にさせないで」(75.9)~「ハートのエースが出てこない」(75.12)~「春一番」(76.3)~「夏が来た!」(76.5)~「ハート泥棒」(76.9)~「哀愁のシンフォニー」(76.11)

1976年8月にはピンクレディーが彗星の如くデビュー。僕は小学生高学年か。ピンクレディーも凄かったけどキャンディーズは別次元の所に位置していた。

そして中学生になろうという1977年3月の「やさしい悪魔」。作詞:喜田条忠、作曲:吉田拓郎。衣装デザインがアン・ルイス。これにはヤラれた。A面の「やさしい悪魔」もよかったけど、それ以上にB面の「あなたのイエスタデイ」が好きだったなぁ。

同年6月に「暑中お見舞い申し上げます」が発売され人気絶頂のときに突如の解散宣言。びっくりした…ほんとに。しかしキャンディーズのファンは温かかった。「普通の女の子に戻りたい」という言葉を尊重していたような気がする。

「アン・ドゥ・トロワ」(77.9)~「わな」(77.12)~「微笑みがえし」(78.2)

解散に向けての秒読み。にしては直前までセンチメンタルになることがなかった気がするのはキャンディーズのメンバー3人が明るかったからか。清々しさまで感じた。

でもね…解散のときは泣いたよ、やっぱ。「私たちは幸せでした!」という言葉を聞いたときには涙が噴出したもんな。いい歳した思春期のガキがね。

僕が小学校中学年~中学1年の期間を駆け抜けていった。足かけだっけどキャンディーズの活動期間4年半と私。