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(※前章はこちら、第一章はこちらです。)
売却班メンバー、島崎正規の経営するイタリアンレストランでのやり取りから約半月後。
塚本恵は有楽町にあるMorello本社の4階にいた。
時間は午前2時。
(これじゃまるで実行とやってる事変わらんやん・・・!)
恵は思わず心の中で呟いた。
潜入調査というものがこうも厳しい代物だとは思ってもみなかったのである。
経緯は約数週間前にさかのぼる。
「じゃあメグ。とりあえず例のシャンデリアの設計図でも盗んでみるか。」
伊藤は事もなげに言った。
「どうやって?」
恵が眉を寄せて聞いた。
「・・・まあ見とき。」
伊藤は言って、例の新聞の切り抜きと携帯をおもむろに取り出し、どこかに電話をかけた。
誰か出たようだ。
「もしもし、そちらMorello ETERNAL LIGHTSのご担当者様でしょうか。・・・私(わたくし)、株式会社○×のフタミと申します。突然のお電話申し訳ございません。そちらで11月3日より行われますイベントにつきましてお聞きしたいことがございまして、お電話とらせていただきました・・・」
恵は思わず息を飲んだ。関西弁がまったく出ていない。むしろこれは東北のなまりに近いのではないだろうか。それにこの声色。まったくの別人ではないか。
数分のやり取りの間、恵は直立不動のまま伊藤の声に耳を傾けていた。
「・・・そうですか・・・。承知いたしました、・・・いえいえ、こちらこそお時間取らせてしまって申し訳ございません。それでは機会ございましたら是非ともよろしくお願いいたします。株式会社○×のフタミと申します。それでは、失礼いたします。」
伊藤は電話を切った。
「・・・ほい、取れた。」
伊藤はニヤッと笑った。「Morello ETERNAL LIGHTSの担当者。企画3課のミウライチロウさんやて。」
三浦 一郎。29歳。
Morello本社勤務、5年目。独身。
今年(2000年)末に開催される、Morello ETERNAL LIGHTSの窓口担当者である。
某私立大学在学中、最初の2年はサイクリング部に所属、個人でも国外の大会に出場するなど活躍していたようだ。が3年になると、大会で行った先の国に興味が湧いたらしく留学を繰り返すようになり、フランス、北京、アメリカ(サンディエゴ)、ベルギー、オランダ、ハンガリーの各姉妹大学を転々、除籍ギリギリの7年で卒業。この会社に就職した理由は「パリで展示されていたモレログラスに感動し、この美しさを日本に広めたいと思ったから」「留学で培った語学力を活かしたかったから」。
「タカさん・・・」
スーツに身を包んだ恵が双眼鏡から目を離さないままで伊藤を呼んだ。
「何や」
「人って・・・不思議やねぇ。」
16歳とは思えない大人びた口調に伊藤は危うく飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「どないしたん急に」
「だって、そうやない?こっちがホンマに興信所の人間か、なんてあんな紙切れ一枚で分かるわけないやん。なのにあれ一枚と"結婚を望む先方から依頼を受けまして・・・"の一言でベラベラしゃべるんやで?いやぁ・・・」
信じられんわ、とでも言うように恵は双眼鏡から眼を離して首を横に振った。
あれ一枚、とは今回の調査の為にしつらえた偽名、存在しない興信所の名前が入った名刺である。
伊藤はふ、と笑って、「人間なんてそんな物やで。この調査が後々役に立つかどうかはギモンやけどな。まー・・・ともかく」
伊藤は持ち帰り用の紙コップに入ったコーヒーを一気に飲み干して、「身辺調査は基本このやり方や。あと2,3こんな現場経験してもろたら、次は一人でやってもらうからな、よう覚えとき。」
「うん、分かった。」
恵は緊張した面持ちで双眼鏡に目を戻した。双眼鏡の向こうではその三浦一郎が電話でやり取りをしている。その姿はどう見ても、この仕事に生きがいを感じている社会人の姿、そのものだった。
その一週間後。
三浦のいるフロアの粘り強い監視と盗聴により、ようやくシャンデリアの設計図について糸口がつかめてきた。
まずシャンデリアの設計図は間違いなくこの社内にある。
ただし、それは社内でも厳秘に近い扱いになっていて、このプロジェクト外の人間ですらその存在を知らないようだ。
形態は、電子媒体である。紙媒体は2日ほど前に、会場である恵比寿ガーデンプレイス、後援の在日フランス大使館、そして陳列用のケースを制作するS社にも渡したようだが、どうも渡した情報は一部のようだ。また、社内でもフランスにあるガラス工房の人間と打ち合わせるために紙に出力している場合があるが、これも打ち合わせが終わり次第シュレッダーにかけて処分するよう徹底されている。
「まるで国の最高機密みたいやな」
恵が思わず失笑した。
「うーん・・・何なんやろな。」
伊藤も首をひねって、「ちょっとやり過ぎ感が否めんなぁ。何なんやろ・・・よっぽど見られたくない何か、あるんやろか・・・。」
「どないする?このままやとシュレッダーの紙を根気よく復元するとかしか・・・」
恵はそう言って、持っていた紅茶のカップを置いた。
「まぁそういう手もあるな。あとは、あの会社のデータベースにアクセスして電子媒体ごと盗みだすか・・・」
伊藤はまるで赤子の手をひねるかのように、言った。
「そんな事できるん?」
恵は目をむいた。「あんなに厳しい扱い受けてるデータやで?サーバにもアクセスできるかどうか・・・」
「そうやなぁ・・・外からはまず無理やろな。」
伊藤は言って、「内(なか)から行くしかないやろ。」
「・・・まさか」
恵はクッキーを取ろうとした手を止めて、「うちらが三浦さんのパソコン勝手にいじる、ってこと?」
「・・・うん、まぁ、近いな。というか、ほぼほぼアタリやけど・・・そこまでがっつりいじるってことはないやろな。あって2,3分てとこや」
伊藤はブラックコーヒーの入ったカップを手に言った。
「・・・?」
恵は首をかしげた。
「・・・まぁ、おっつけ分かるよ。」
伊藤は言って、「よっしゃ、観察は一旦打ち切りや。来週日曜日、淡路島までデートしよ。」
「デートぉ?!」
恵は危うくクッキーを取り落としそうになった。
「それまでは都内で適当に遊んでてええで。双眼鏡覗き込むんもええ加減疲れたやろ。」
伊藤は微笑を浮かべカップに口を付けた。
5月の東京はからっとしたいい天気が続いていた。
この空気は神戸にはない感じがする。少し寒いくらいだ。
恵は、その東京の夜風を一身に浴びながら、思った。
目の前はビル群。赤の航空障害灯と、今もまだ働いているフロアの蛍光灯の光で、眼前にはまばゆいばかりの摩天楼が広がっている。そして轟音・・・これはすぐそこを走る首都高速道路と山手線の車両の走行音だろうか。他にも色々と混ざっている気がするが、もう分からない。
(これが東京か・・・何もかんも、神戸とはワケが違うわ・・・)
実のところ、恵は圧倒されていた。
この地上24階建てのビルの屋上。あと一歩踏み出せば112m下の地表にまっさかさま。そんな場所で、恵は10分も立ち尽くしていたのである。
夜景だけなら、神戸にもある。
しかし、ここまで規模の大きなそれ、を直(じか)に肌で感じたのは16年の人生で初めてだった。
(向こう(神戸)で高さに慣れといて正解やったわ・・・)
おそらく黒ウサギに入る前の恵だったら、この高さに足がすくみ身動き一つ取れなかっただろう。彼女は元々高所恐怖症である。入ってすぐの頃はよく、伊藤に送電用の鉄塔に登らされたものだ。あれは辛かった・・・もっとも、半年で克服できたので、彼女のそれは軽い程度のものだったのだろう。
そして何より恵を驚かせたのは、夜の街を行き交う人の多さだった。すでに23時を回っているというのに、有楽町駅には黒やグレーのスーツに身を包んだサラリーマンが列をなして電車を待っている。真下の道路にも人が歩いているのが見える・・・まるで豆粒のようだ。
(これは人に見られるかも知らんな・・・)
恵は頭に着(つ)けていた真っ白な仮面を顔面に取り付けた。
恵の顔は耳元まで裂けた、ニタニタと嗤う石膏製の仮面になった。
真黒いマントが風にはためく。黒のTシャツにタイトなパンツ。全身黒ずくめだが、よく見ると胸元で黒ウサギの紋章が入った銀色が2つ、きらめいている・・・あれはマントの留め具か何かだろうか。
その女性の仮面は両手を広げた。そしてその身体をゆっくりと、ビルの外へと倒した。
彼女の体は途中まで、地表に向かって完全に自由落下していたが、不意にその動きが変わった。どうやら近くのビル数棟にワイヤーを取り付けていたらしい。彼女の体は弧を描き、山手線の真上を滑空した後、よみうりホールの頭上をかすめ・・・闇にまぎれ姿を消した。
神戸淡路鳴門自動車道、淡路ICを降りてすぐのところに、それはあった。
恵は無言で、一面のガラス張りの窓に広がるオーシャンビューを眺めていた。
今日は灰色の空に荒れた海だが、晴れていれば絶景だったに違いない。
雨は嫌いや。
恵は目を閉じた。
するとたちまち、彼女の脳裏に十数年前のあの光景が蘇って(よみがえって)きた。
汚物臭のたちこめる室内。不自然に伸びた首。白目をむいた両眼が稲光に反射して、まるでフラッシュしたように光る・・・変わり果てた母親の姿。そう、あの日もこんな雷雨が降っていた・・・。
「ブラックでええ?」
伊藤の声に恵ははっと我に返った。
「・・・う、うん、ありがと。」
恵はようやく返事をした。
「どないした。顔、真っ青やぞ」
伊藤の心配そうな顔が恵を覗き込んでいる。
「・・・そう?」
カゼでもひいたかな、と言って恵は自分の額に手を当てた。
「そんな冷や汗かいた冷たい手で体温なんぞ分かるわけないやろ」
「・・・!!!」
不意に左手を握られ、恵の顔に一気に血が戻ってきた。
「あ・・・」
恵は口をぱくぱくさせた後、ようやっと言った。「・・・雨は嫌いやねん。」
伊藤は一瞬きょとんとしたが、ややあって彼女の左手を離し、窓を見た。そして呟いた。
「そうか・・・なるほど、そうか・・・うん、分かった。」
そう言うと伊藤は踵(きびす)を返し、リビングの入口へと向かった。
「・・・?」
恵が伊藤をみると、パチンパチンとスイッチを押したところだった。天井の明りがついた。そして窓に真っ白なブラインドが垂れ下がり、一気に外が見えなくなった。
恵は思わずほおっと大きく息をついた。
「・・・どうやこれで。」
伊藤は恵を見た。「少しは落ち着いたか。」
「・・・!」
うん、ありがとうと言おうとしたが口が渇いて言うことをきかない。
「・・・雨は苦手、なんやったな。」
伊藤は目をそらした。「悪いことしたわ、気づかんで・・・。まさかそこまでやったとは・・・」
恵は首を横に振った後、ようやっと微笑んだ。
「よし。コーヒーはやめにしよ。寒いしな。ココアでも入れたるわ」
伊藤は言って、再びダイニングへと消えていった。
ややあって、ようやく落ち着いてきた。
恵は改めて、あたりを見回した。
ここはとある一軒家の、リビングだった。結構な広さだ・・・ダイニングキッチンを入れると、20畳はくだらないのではないだろうか。
ただ、玄関から入った時も思ったのだが、家全体がいやに冷えている。まるで冷蔵庫の中にでもいるようだ。
恵はソファに座り、置かれていたひざかけを遠慮なく使わせてもらうことにした。
「粉、切らしてたからホットチョコレートにしたで。ちょっと甘いかも。」
伊藤が出てきて、目の前のローテーブルに明らかに熱そうな、こげ茶色のとろりとした飲み物が入ったマグカップを置いた・・・まるで自分の家のような振る舞いである。
カップを手にとって一口すすってみると、ほろ苦いカカオの香りが口一杯に広がった。
「寒いやろ。それ、用意しといて正解やったわ。」
伊藤はひざかけに目をやって、「ここの地下にはでかい機械が眠ってるからな・・・冬でも冷房が切らせへんねん。あとでそこも案内するわ。」
「タカさん、ここは・・・?」
うすうす分かっていたが、恵は改めて聞いてみることにした。
「ここは黒ウサギ調査班本部。黒ウサギのもう一つの拠点や・・とは言っても実体は地下なんやけどな。この住宅街はダミーや、全部」
・・・そういうことか。恵は納得した。この住宅街の中を車で通った時、変だと思ったのだ・・・全部、空家だったのである。
「ホンマは俺ら、わざわざここに来んでもよかったんやけどな。一回、主任には面通ししといた方がええ思て。」
と伊藤が言ったところに、どこからかトントントン・・・と階段を上る音がして、ガチャリとドアが開いた。
「すみません、お待たせしました。」
入った男を見て、恵は目を見張った。
痩せた身体。顔も痩せこけて、落ちくぼんだ目が鋭い。なのに何故か小さな花がちりばめられた花柄のYシャツに破けたタイトなGパンといういでたちが似合っている・・・伊藤といい、この男といい、まるで大学生だ。
「メグ、紹介するわ。調査班主任の田中直人さんや」
「田中です。よろしくお願いします。」
男・・・田中直人は早口でそう言うと恵に握手を求めた。
「よ、よろしくおねがいします」
手を握るとびっくりするくらい冷たかった。
「直人さん、ちゃんと食べとるんか?またやせたん違う?」
伊藤がからかった。
「これでも太りましたよ。」
「ていうか、ため口でええで。俺ら、タメやん」
「・・・使い分けるの面倒なんですよ。」
直人は苦笑した。「本当、主任なんかなるもんじゃないですね。俺、一番歳が若いからすぐこき使われるんですよ。」
「・・・今度飲み行くか。ええショットバーあるで。」
「いいですね。是非。」
直人はニヤっと笑った。酒好きらしい。
「ていうか、悪いな。忙しかったか?」
「いえいえ。丁度落ち着いたところですから。今動いてるの、二班だけじゃないかな。そういや畑野さんたちいらしてますよ、会われますか?」
「・・・いや、ええわ。邪魔するんもあれやし。・・・で、例のアレ、もらえるか」
ようやく本題に入ったようだ。
「あ、そうでした。」
直人ははたと頷いて、ごそごそと取り出すと「こちらですね。」
と、恵にそれを差し出した。
「へ?あたし?」
恵はそれを受け取った。
それは何のへんてつもないCD-ROMだった。
「そうやお前やで、メグ。」
伊藤は頷いて、「ここからはお前の仕事や。」
「!・・・何やればいいん」
恵の顔が緊張した。
「メグの仕事はな。」
伊藤はノートパソコンを持ってくる直人の行方を目で追っかけながら、「この中身を三浦のパソコンにインストールしてくることや。」
こうしてその数週間後。5月後半の午前2時過ぎに恵は一人、Morello本社に潜入するハメと相成ったのである。
潜入の仕方、三浦のパソコンへのログインの仕方は恵に一任された。とは言っても流石に一人で全部考えるというのは厳しかったので、伊藤と逐一相談の上決めて行ったのである。
今、伊藤は田中直人とともに淡路島で待機している。マイク付きイヤホンとそこにつながる電話回線だけが恵と向こうをつないでいるのだ。
(うぅ・・・心細い・・・。イヤホンが命綱に見えてくるわ・・・)
ここからは監視カメラが届かない場所だ。恵は換気口を開き、天井から音もなく廊下へと降り立った。もう目の前には例のパソコンがある部署の扉だ。
「お・・・。もうここまで来たか」
直人のディスプレイを後ろから覗き込むと、そこには建物の見取り図らしき図形の中を点滅する赤い点が映し出されていた。
「順調ですね・・・いい動きしてますよ、全然無駄がない。」
直人はディスプレイから目を離さないまま言った。
「俺の教え子やぞ。当たり前や・・・お、鍵開いたか。」
良かった・・・スった人、人違いやなくて・・・と伊藤は安堵のため息を漏らした。どうやらここの鍵を開けるため、社員証をここの社員から帰りの電車でスったらしい。
ピ。ピーッ。
甲高い音とともにランプが緑色に変わり、扉の鍵の開く音がした。
恵は思わず小さく息をついた。このランプが赤く点滅し始めたらすぐさまトンズラをこかなくてはならなかったところである。
しかしその間もほんの一時のことだった。恵の手袋をはめた右手は迷いなくノブに手をかけ、中へとその体を滑り込ませた。そしてそのまま、まっすぐ三浦一郎のパソコンへと向かい堂々と椅子に腰かけ…電源ボタンを押した。
(まだかー・・・!)
恵はやきもきした。なかなかログイン画面にたどりつかないのである。
このパソコンのユーザーとパスワードは、このパソコンの真上にカメラを仕掛けることですでに盗み出し済みである。
数分後。
(・・・ほ。ようやく出たわ・・・)
恵の手は慣れない手つきで、三浦本人のユーザーとパスワードを入力していた。
青いデスクトップが映し出された。Windowsのデフォルトのもののようだ。
(えーっと、CDの入れ口・・・)
すぐに見つかった。デスクトップパソコンの電源の下だ。恵はケースからCD-ROMを取り出し、パソコンに挿入した。
「ひゃっ!」
そこへ電話が鳴った・・・とはいえ、マナーモードにしているので音は鳴っていないのだが。今のは恵が飛び上がった声である。
"おつかれ。ええ感じやん"
伊藤の声だ。
「あーびっくりした・・・。おどかさんといてや。」
恵はこそこそと返事した。
"あっははは・・・ごめんごめん。もう大丈夫やで"
「?」
"CD取り出して、そこで見とき。インストールは成功や"
「へ?あたし、入れただけやで」
"恵さんすみません。あれ、ソフトが上手く起動しなかった時用に説明してたものでして。上手く行ったので、もう大丈夫ですよ"
直人の声だ。
「あ、はい」
目の前の画面に突如、真っ黒なコマンドプロンプトが起動して物凄い勢いで文字列が入力され始め、恵はまたぎょっとなった。
大量のディスプレイが並んだ部屋で、低い鼻歌が響いていた。
「楽しそうやな~・・・」
伊藤は欠伸交じりにつぶやいた。ソファに座り、ローテーブルに足を乗せふんぞり返っているが、例のリビングではなさそうだ。多分、ここが地下なのだろう。
鼻歌が不意に止まって、「そうですか?」
「うん、楽しそう。」
「気のせいでしょう。大したことない作業ですよ、こんなの。」
直人はカタカタとキーボードを操作した。良く見ると、大量のディスプレイのが並んでいるが点いているのは目の前の一画面だけだ。
「ほい来たァ」
直人はEnterをバシンバシンと打った。「ターゲットのサーバに入りました。」
・・・こらあと数分やな。伊藤はマルボロに火を点け、インカムマイクに向かって「メグ。もう撤退してええぞ。」と話しかけた。
"了解。"
恵のほっとした声が返ってきた。
こうして本当に数分後、例の設計書の電子媒体は見事、調査班主任田中直人の手に墜ちた。
この設計書もあの怪盗劇へと続く大きな糸口となるのだが、これはまた後ほどお話しさせていただきたい。
これからお話しさせていただくのは、ある男の哀しい過去について、である。
(第五章 空白の18年間に続く)