「やめてよ」
俺の手を振り払って、ケビンは立ち上がる。
キソプの隣へ移動して、甘えるように肩に寄りかかる。
手中のタブレットに集中しているキソプの反応は今ひとつだが、気にならないらしい。
ケビンはイヤフォンをつけて、目を閉じた。
「懲りないね」
突然かけられた声に、俺は隣を見る。
ケビンとは反対側に座っていたフンは、俺ではなくキソプとケビンの方を向いていた。
「何の話?」
「ケビン。というか、ジェソプ」
二人を見るように、遠くを見るように視線を投げている。
「時々、本気で苛立ってるように見えるよ」
少し声を小さくしてフンは言う。
「それでいいんだ」
答えると、フンはやっと俺を見た。
「苛立つほうが正しい」
怪訝そうなフンに、俺は言い足す。
「苛立たせるのは正しいの?」
非難というよりは、純粋に疑問を抱いた様子でフンは言った。
「もちろん」
俺は頷いて、口角を上げた。
*
笑顔は、横顔ばかりだった。
近付けば巧妙に逃げられ、たまに話をする機会があっても態度はそっけないものだった。
数人の中の一人なら、他の誰かに笑いかけるところを見ることはあったが。
だから、目で追うようになったのは、自分のせいじゃない、と思う。
そして気付いたのは、あまりにも笑顔が多いことだった。
俺に対して笑顔がないことへの不満なんかではなく。
もちろん嫉妬でもなく。
いつも、見る度に、その横顔は笑みを浮かべていたから。
――― たまには、機嫌が悪くてもいいんじゃねえの。
実際、機嫌が悪いときはあった。
常に最悪な寝起きを除いても、空気が尖っていると感じることは。
それでも、あからさまに態度に出すことはなかったし、他のメンバーに比べて頻度も少なかった。
笑顔の天使?
同じ人間なのに?
ファンの前で態度が違うのはプロとしての努力で、それについては何も言うことはない。
気に入らないのは、それがメンバーに対しても通ると思っている節があることだ。
*
「今日、ケビン調子悪いね」
控え室のソファで眠るケビンを見て、キソプが呟く。
本当は、眠っているのではなく、目を閉じているだけに見えた。
「昨日、遅かったから」
「そうだけど」
日付が変わってから開放されることは珍しくないが、世間的には充分に「遅い」時間だろう。
心配そうに見つめるキソプに、ケビンは気付いているだろう。
しかし、もし口に出して尋ねれば、大丈夫だ、と笑うのだ。
「まあ、本当にダメだったら言うだろ」
少なくともイライか、スヒョン兄には。
でなくては困る。
体調不良に愛想の良さは通用しないのだから。
「そうだよね」
キソプが納得したように答え、待っていたようにケビンが目を開ける。
身体を起こし、何度か瞬きしてキソプを見る。
「起きた? 何か飲む?」
メイクが終わっているから、目を擦るわけにはいかない。
残念。でも眠そうな演技は完璧だ。
「ん、いいや。ありがとう」
笑みを見せつつキソプの問いに答え、大きく伸びをする。
ソファに座りなおすと、部屋の反対側で盛り上がるスヒョン兄たちに視線を向ける。
少し虚ろ気な表情は変わらないが、きっと安心したのだろう。
その中に混ざる、イライの姿を見て。
「やっぱり何か貰おうかな」
俺たちが座る机に近付き、ケビンは置いてあったペットボトルに手を伸ばした。
「喉渇いちゃった」
キャップを空けて飲み始めたところで、控え室のドアが開いた。
ドンホが戻ってきたのだ。
「僕の撮影は終わり。次はキソプ兄だって」
ドンホはそう言って、キソプを見た。
「オーケー」
キソプは返事をして立ち上がり、部屋を後にする。
戻ったドンホは机からまた別のペットボトルを手に取り、スヒョン兄の輪に加わった。
俺と二人で残されたケビンは、ドンホを目で追って、そのまま視線を釘付けにする。
さて、どうしたものか。
こうしてケビンを独占できるのは珍しい。
ケビン自身は面倒だと思っているかもしれない。
音楽でも聴いて、無視を決め込むか。
また俺に絡まれる前に。
ケビンはドンホを見つめたまま、イヤフォンが肩にかかっていることを確認した。
それから、わざとらしくあくびをする。
そうか、ソファに寝に戻る気か。
俺は席を立とうとするケビンの手首を掴んだ。
「何?」
注意深く警戒心を消した顔と、裏腹に硬くなった声。
不意打ちには成功したらしい。
そうやって表情を作って、それが通じると思ってるの。
表情を作らなければいけないと、どうして思ってるの。
俺の苛立ちは、うまく隠せただろうか。
それとも見抜かれているのだろうか。
ケビンのように。
小さく息を吸って、俺は言った。
「どうして俺のこと避けるの」