急性骨髄性白血病になっちゃいましたその287 | すずつかのダメ人間日記

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~ザ・セカンド~

今日はなんの日かというと、
ちょうど1年前の今日、白血病と診断され緊急入院した。
あれから1年たったんだなあと思った。

入院後に友人Hから来た年賀メールに
「今年は○○(オレ)を応援する年になりそうです」
と書かれていて、
おいおい、今年はってやめてくれよと思ったが、1年たっても治りませんでしたw
せっかくなので、簡単にこの1年を振り返りたいと思う。

その頃オレは仕事で非常に悩んでいた。
仕事と職場にどうしても馴染めなかったのだ。
正直、努力したところでそれ以上馴染めるとは思えなかった。
そうなると転職するしかないと思ったが、実際転職してまだ1年半の職場、
短期間でまた転職しようとしてもまともな会社に就職できるとは思えなかった。
しかし精神的にもかなり追い込まれており、もう本当にどうしたらいいかわからなかった。
だが働かないわけにはいかない、なんとかするしかないと思っていた矢先、
働けなくなった。

最初に病名を言い渡されたときは、わけがわからなかった。
単純に受け入れられなかったんだと思う。
なんでオレが!信じられない!と悲観的になったのではなく、
どこか他人事のような、極端に言えば夢を見てるかのような感じだろうか。
治療が始まってもそれは変わらず、しばらくの間は
実は白血病なんかじゃありませんでしたってなるんじゃないかと心のどこかで思っていたような気がする。

いま思えば辛いこともたくさんあった。
治療に検査、副作用、肺炎の合併など。
でも思い返すと辛かったような気もするが、実際にそれが起きているときは
いちいち辛いなんて思うことは割と少なく、ただそのときを受け入れてきた。
どちらかというと精神的に辛かったことのほうが大きかったような気がする。
一番辛かったのは、姉にドナーになってもらうことになったときだ。

そのときほど、自分の病気を恨んだことはなかった。
自分の運命とか、無力さだとか、
怒っているのか悲しいのか、なにに対して感情が湧いているのかさえよくわからなかったが、
ただただ申し訳なかった。

その後移植を受け寛解するも、すぐに再発してしまいまた入院。
次はボランティアの方からの移植を目指し化学治療を繰り返し、現在に至る。

今年は9割病院にいた。
残りの1割も、実家&病気であまり自由に過ごせなかった。
まあ、病気なんだから当たり前なのだが。
しかし、治ればいいけど治らなかったら一生こんな生活なのかなとか思った。
「一生」なんて言っても、いつまで一生が続くかもわかんないけど。

あーぁ、
もう考えるのめんどくせぇ。
セルゲームでも始まんないかな。