Side R

「…セツ、風呂空いたぞ…。

…セツ?」



最上さんと二人きり、ホテル暮らし。
只でさえ他人との共同生活に慣れていない俺が、想いを寄せる人と暮らすということは、常に緊張を強いられる。


「眠ってる…?」


当初は彼女の言動に淡い期待も寄せてはいたけれど、今は変な期待もしない。
気のあるような素振りも、彼女はただただセツを演じているだけで、俺はそのセツの兄なだけ。
最上さんと俺の間にはその関係性しかないのだ。




「おい、セツ…。

起きろ、風呂だぞ」



普段の黒いジャケットを脱ぎ、いつもより露出した格好でベッドに横たわっている。

俺はその横に立ち、肩を揺すってみた。



「んー…んぅ…」



最上さんも、自身の仕事に加えセツのこの生活もあり、疲れているのかも知れないな。

でも、せめて化粧は落とすよな…?

さらに近付き揺り起こす。

その時


グイッ!!


最上さんの腕が俺の首に巻き付き、ギュウっと抱き寄せられる形となった。

そのまま身を任せると、最上さんの上に乗ってしまいそうになり、慌てて手をついて体勢を立て直す。



「セツ」



声をかけてもモゾモゾと動くだけで、起きる気配がない。



最上さんの香りがする。


この体勢でいるのも色々と毒なんだが…。



「ん…」



「セツ?」



起きる…か?

少し腕が緩み、二人顔を見合わせる。



すると、最上さんはふにゃっと笑い、




「ん…   好きぃ…」




さらに腕を強く回して、まるで猫のように俺の首もとに頬を擦り寄せてきた。

…!?

寝ぼけている?
でも、目はあっていた。

今、彼女は『最上キョーコ』なのか?
それとも『雪花=ヒール』なのか?

「好き」は、最上さんから俺に向けたものだと期待しても良いのか…?

尚も擦り寄ってくる彼女。



「好きぃー…。





…………………モー子さぁぁん…」




…………………『モー子さん』……?



そうか、やっぱり寝ぼけていたのか………。
変な期待をしないよう、免疫がついていたはずだったのに、俺ということが…。




悔しいので、そのまま彼女を起こさず同じベッドで眠ってしまおう。
俺はバスローブ、彼女は肌を露出した格好だが、気にしない。


明日の朝、先に最上さんが目覚め、隣に眠る俺を見て慌てるといい。



そして俺は言うんだ。



「昨夜はセツ、お前が『俺を』離してくれなかったんだろう」と。



本当のことは、俺だけの、秘密。








*****

追記


「表」と「裏」の前後編にしてみます。