「コーンは、君の大好きなコーンは、妖精なんかじゃないんだよ。キョーコちゃん」

 蓮が意を決したように言った言葉が、キョーコの頭の中で反響し、意味を成すまでに、しばらくかかった。

 ……キョーコちゃん?

「君に言うのは酷だけど、この世に妖精なんて存在しない。いや、たとえいたとしても、コーンは違う。…ただの人間だ」

噛んで含めるように蓮は言う。

 キョーコは眼を剥き

「……どうして?なんでそんな事言うんですか…?敦賀さん、信じてくれたじゃないですか。コーンはちゃんと羽だって生えてるって、空だってちゃんと飛んでるって。そう言って……!!」

 私を、優しく抱きしめてくれたのに…とキョーコは小さな声で言った。

「コーンはどのくらいの高さを跳んでいた?」

 蓮はキョーコの瞳を見つめ、静かに続ける。

「それは」

「たかだか1・2m程度のものだろう?距離だって細い川を渡るほどの」

「な…んで…それを」

「そのくらい、アクロバットの技術を学んだ者ならばね、簡単な事なんだよ。……君は当時背も低かったしね。反動を付けて跳び上がり、太陽の光を背にして宙返りも加えれば……十分空を飛んでいるように見えただろうね」

そこで、蓮は追憶に浸るように瞼を伏せ 

「君を騙すつもりじゃなかった。俺も子供だったからね。……素直に感激して喜ぶ君に、本当の事が言えなかった。このまま信じてくれたら、俺自身の演技力も試せる……なんて思った事も否定出来ない。まさか……今の今まで信じてくれていた…なんて、思いもよらなかったんだ……」

 長い睫毛が頬に落とす影が震える。

「自分を棚にあげて、勝手な言い草だと思うけど、…信じていてくれて、変わらないでいてくれて。また……君に逢えて。本当に嬉しかったんだ……キョーコちゃん」

 瞼を上げると、キョーコの視線を捕え、輝く微笑みを向ける。

 なんで、気づかなかったんだろう……

 自分をじっと見る瞳と、髪の色は違っていても、人の身ならぬ神々しい美しさ…

 その微笑みはあの夏の日の、幻のように儚い記憶と同じものだと。


「本当に、コーン…なのね?」

 胸の奥がじんと熱くなり、キョーコの眼から涙が溢れ、こぼれ落ちた。