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バーン=ジョーンズ 愛の勝利 「運命の女神の車輪」(1870年)、「名誉」(1870年) ワッツ・ギャラリー

「一つ目のあっ!」

KAFKAが以前に「サンドロ・ボッティチェリ フォルトゥナ・ウィリリス(フォーチュンの語源)」という記事を書いたときにはピンとこなかった。


あとで「あ!」と思ったのが「運命の車輪」だ。


運命の女神フォルトゥナ・ウィリリスについてはKAFKAの記事からアトリビュートや由来を確認してほしい。


サンドロ・ボッティチェリ フォルトゥナ・ウィリリス(フォーチュンの語源)


「二つ目のあっ!」

これはバーン=ジョーンズの「運命の車輪」の4連作品だが、「運命の車輪」といわれている作品は実に少なくとも7バージョンあるんだよね。


その7バージョンのうちワッツ・ギャラリーにもあるんだけど、実際に比較して観た事がない。


さてそのワッツ・ギャラリーにあるバーン=ジョーンズの「運命の車輪」が描かれている連作「愛の勝利」がある。


4つの寓意画だが、「運命の車輪」の女神フォルトゥナは次の場面で擬人像「名誉」に屈してしまった。そして「名誉(Fame)」は「忘却(Oblivion)」に打ち負かされ、最後に「愛(Love)」に打ち負かされて終わりというストーリー。


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バーン=ジョーンズ 愛の勝利 「忘却」(1870年)、「愛」(1870年) ワッツ・ギャラリー(Watts Gallery)


だが今日、sai のバーン=ジョーンズの記事みて驚いた。これが「二つ目のあっ!」


記事 「エドワード・バーン=ジョーンズ  ヴィーナス巡り


冒頭から続くバーン=ジョーンズの未完の「トロイ・トリプティック(トロイの三連画)」のプレデッタ部分を紹介している。その3枚の端と端、絵と絵にはさまれているのが、この「愛の勝利」の4枚になる。


僕も知らなかったし、彼奴も記事には「愛の勝利」について触れていないので、僕のネタにしておこうっと。


つまり、この4枚がバーン=ジョーンズの「トロイ・トリプティック(トロイの三連画)」プレデッタ部分のファーストバージョンであり、下地になったってことだな!


そしてモリスの物語から三部作をつくる予定だったというのは、1870年のワッツ・ギャラリーの「運命の車輪」との連作「愛の勝利」で、そしてsaiがアップした3枚のプレデッタであり、バーン・ジョーンズの死で描くことができなかった三連画(左翼、中央、右翼)なんだ。


モリスは、1890年頃に「トロイ物語集成」ケルムスコット版を出版している。


ルーカス・クラナッハ 七つの「パリスの審判」
パリスの審判 三女神黄金の林檎を争うこと

アエネーイスから アイネイアースと母ヴィーナス


さて次がみんな知ってるオルセー美術館にあるバーン=ジョーンズの「運命の女神の車輪」だ。



REMOVE-The Wheel of Fortune

「運命の女神の車輪」(五作目) 1877-83
エドワード・バーン=ジョーンズ オルセー美術館 (Musée d'Orsay)


ワッツ・ギャラリーとはじめて比較できた。髪と帽子、そして顔が違うね、運命の女神は。王冠はなく笏だけもつ人物に変わっている。


ワッツ・ギャラリーとカーライル・シティ・アート・ギャラリーの「運命の女神の車輪」が1870年頃で、どちらがファースト・バージョンにしても、ヴィクトリア国立美術館の「運命の女神の車輪」は1871-1877年。オルセーは5作目以降ということだ。



REMOVE-The Wheel of Fortune (1871-1885) NGV Collection

「運命の女神の車輪」 1871-77 (3作目)
エドワード・バーン=ジョーンズ ヴィクトリア国立美術館(NGV)


REMOVE-Sir Edward Burne Jones - The Wheel of Fortune,

 「運命の女神の車輪」 1871-85年 エドワード・バーン=ジョーンズ
ハマースミス & フラム  Hammersmith and Fulham (4作目)


REMOVE-1882 at the National Museum of Wales,

「運命の女神の車輪」 1882年 6作目?
エドワード・バーン=ジョーンズ ウェールズ国立美術館(NMW)



7作品は少なくともあるという「運命の女神」。1870年カーライル・シティ・アート・ギャラリー(Carlisle City Art Gallery)はわからない。


そしてあと1作はどこにあるかもわからない。

5作品だけだが、あとは知ることができたなら、作品を掲載するつもり。

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