井上政典のブログ

 歴史を通じて未来を見よう。

 歴史ナビゲーターの井上政典がお贈りする祖国日本への提言です。
 
 ご意見は賛成反対を問わずどんどん書いてください。

 ただし、社会人としての基本的なマナーは守ってくださいね。

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 今村元大臣の発言を巡って安倍総理の任命責任を追及している野党ですが、本日の産経新聞に政府の地震調査会の平成29年度版の『全国地震動予測地図』が載っていました。

 

 そこには30年以内の震度6弱以上の確率が微増したと書かれており、首都圏を直下型地震が襲う可能性も依然高いままだと指摘されていました。

 

 これが昨日27日に発表されたということですから、復興大臣だった今村元大臣はこの報告を事前に読んでいた可能性が高いと思います。

 

 さすれば、単純な比較論であの地震が首都圏で起きなくてよかったという発言になっても何らおかしくなくなるのではないでしょうか。

 

 これはあくまでも私の推論にしかすぎませんが、あの発言が25日だったことを考えれば、直近でこの地震動予測地図を見ていた可能性が大きいと言えるのではないでしょうか。

 

 さらに南海トラフ地震などで太平洋岸が津波に巻き込まれ甚大な被害に被った場合に、どう復興するのかを原子力発電所の再稼働に反対する人たちは考えているのでしょうか。

 

 あの地震が東北地方だったことで、無傷の九州や中国・関西地方は物心両面で東北を支えました。これまで地理的に遠かったけれどもあの地震で心の距離が近くなったのではないでしょうか。

 

 多少被害があった首都圏でも、すぐに復興し大損害を受けた東北地方を支えました。その援助に一番感謝をしているのは東北地方の方々ではないでしょうか。

 

 こう考えるとあの地震が東北でよかったのです。

 

 もし東北と首都圏が同時にあの津波にあっていたらを考えると恐ろしくなります。ただでさえ当時の政権は民主党政権でまともに機能していませんでした。

 

 不幸な福島第一原子力発電所の事故がありましたが、その事故原因が津波です。地震ではありません。

 

 日本の原子力発電所の技術はあの大地震でも安全に複数の原子炉を冷温停止させているのです。

 

 震源地により近い女川原子力発電所には震災後近所の住民の避難所になっていたほどです。

 

 昨日の記事のコメントにありましたが、放射能が大丈夫だという人はそこに住んでいないと言っていました。

 

 それは間違いです。

 

 たくさんの原子力関係の技術者や学者の皆さんが原子炉の付近で原因究明や施設の復旧のために近くに住み込んで尽力されていました。

 

 私たちの何倍もの放射線を浴びたはずですが、現在もぴんぴんされています。

 

 事故直後は事態がわからなかったので自主避難もわかるのですが、もう6年もたってそして事態が十分に解明されてきているのに、元に戻らないでそれを政府の性にしようとするのは民主主義国家にとって筋違いですよね。

 

 安売り旅行会社が倒産し、払い込んだ旅行代金の返還を求める被害者の会の一人が、「政府の責任が・・・」と言っていたことに唖然としました。

 

 いつから日本は統制経済国家になったのでしょう?

 

 政府の責任をという前にその会社を選んだ自分の責任は?と問いたくなります。

 

 自由自由と言っている割には、何かあると政府は何をしていたのだという人が多く、権利と義務が表裏一体のものと理解すべきだと思います。

 

 共謀罪の審議でも、防犯カメラが全国にあって私たちは知らない間に映像に撮られていますが、これによって犯罪が起きた時の犯人の検挙率が上がっているのをどう説明するのでしょうね。

 

 防犯カメラがあって自分たちは守られていると私は思うのですが、民進党や共産党をはじめとする自称ジャーナリストたちは自分たちは監視されていると思い込んでいるのでしょう。

 

 きっとやましいことがあるのでしょうね。

 

 またあの自称ジャーナリストの一味に小林よしのり氏が加わっていたのはちょっとびっくりでした。

 

 最近の言動はおかしいと思っていましたが、保守活動や思想を一般化させた功績があるのにちょっと残念です。

 

 復興の話に戻りますが、太平洋岸が津波で壊滅的な打撃を受けた時に、復興の大きな原動力になるのが日本海側に設置された原子力発電所の電力です。

 

 太平洋岸の原子力発電所もあの事故の後に津波対策を施していますから、無防備な火力発電所よりも復興する電力供給に役に立つはずです。

 

 そういう観点からも地震に強い原子力発電所を一刻も早く再稼働させて危機に備えねばなりません。

 

 言葉狩りはそろそろやめて、本気で危機管理を論ずる時期に来ています。

 

 地下鉄や地下街のの入り口は確認していますか?

 

 水は備蓄していますか?

 

 保存食は?

 

 赤ちゃんのいる家庭ではおむつやミルクも必要ですね。

 

 民間でできることを私たちが率先してこなし、そして政府には一刻も早く憲法改正を成し得て自衛隊関連法の改正を望みます。

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 今村元復興相も軽率です。前回のあの活動家の質問にまんまと踊らされて自分の意図とは違う方向で騒ぎになったのに、今回です。

 

 どう釈明をしようとも大臣辞任は仕方ないと思います。

 

 前回の発言で今まであまり話題に上らなかった今村元復興相が反安倍の勢力からマークされていました。それに気づかずに、身内のパーティの気安さかつい口が滑ったとした言いようがありません。

 

 この人は比較論を言っていました。

 

 首都圏でもしあの地震と津波が来たらこれくらいの被害では済まなかったと言いたかったのです。だからもっと気を引き締めて有事に備えねばならないと言いたかったのでしょう。

 

 それは復興相としてその予想される被害の大きさにどう対応していくかのシュミレーションの数字を見ていたと思います。

 

 それが「東北でよかった」という発言に繋がります。

 

 テレビのワイドショーで延々とこの発言だけを取り上げ、東北の人たちに配慮が足りないとつき上げています。

 

 でも、テレビで福島第一原子力発電所の事故を過大に取り上げ、その周りでは人も住めないような印象を与えるデマをまき散らしているのはマスコミや今回の今村元大臣の発言を非難している人たちです。

 

 今村元大臣の心情を忖度すれば、東北の被害者の人のことがどうでもいいと思っているとは思いません。むしろ、復興相としてできることの小ささに自分の非力を悔やんでいる毎日だったと思います。

 

 今回の津波の被害で起きた原子力発電所の事故の結果、科学的根拠の全くない1ミリシーベルト以上で除染や避難をさせた結果、たくさんの人がまだ自分の故郷に帰れません。

 

 安倍政権も科学的見地から民主党政権の時に定めた非科学的な数値を破棄し、以前のような20ミリシーベルトに戻せば、一気に帰宅困難者はいなくなります。

 

 前回の今村元大臣の発言は、政府によって非難されられた人たちではなく、放射能が怖いと言って自分から逃げ出した人の面倒まで国が見ろという発言に対しての発言でした。

 

 事故後たくさんの専門家が調査した結果、多くの場所で除染は必要なく、すでにほとんどの地域で普通に生活ができるようになっているにもかかわらず、風評被害とイデオロギーの絡んだ活動家による扇動、そして放射能が怖いという核アレルギーによって福島県がとても放射能で汚染され、人が済めないような場所になっていると思い込んでいることが、あの地域の復興を妨げています。

 

 私がなぜ今村元大臣を庇うのかをご説明します。

 

 昨年7月に佐賀空港へのオスプレイ配備を考える会でエルドリッジ博士と一緒に佐賀空港周辺の福岡県柳川市、佐賀県唐津市、そして地元の佐賀市で講演した時に、最後の佐賀会場でこの今村元大臣は明確に「佐賀空港に陸上自衛隊のオスプレイを配備することは、防災上大変有益である」と私の目の前で明言され、のらりくらりする国会議員がたくさんいる中、勇気のある議員だなと感心しました。

 

 オスプレイ配備に反対する勢力と、原子力発電所の再稼働に反対する勢力と安倍政権に反対する勢力は根っこがほとんど一緒だということをこのブログでも何度も書いてきました。

 

 失礼ながら今までマスコミから注目を浴びてこなかった今村元大臣は発言が不用意過ぎたと思います。

 

 でも、一部分だけを抜き出し、いかにも東北の人の心情を傷つけたかのように得意げになって批判する人をどうしても受け入れることができません。

 

 私の東北出身の友人で津波の被害者でもある彼は、もしこんなのが首都圏で起きていたら日本はつぶれたかもしれない、自分たちでよかったという発言を過去していました。

 

 彼の言葉の奥には、何が何でも元の生活を取り戻すんだという決意があふれていました。でも、原子力発電所の放射能の問題でマスコミがふりまく風評被害によって復興が思うようにならないということも言っていました。

 

 正しい知識を持ち、ちゃんとした情報を知れば、怖がる必要もないのです。しかし、それをすべて原子力発電所は怖いという日本人の潜在意識の中にある核アレルギーを呼び起こしています。

 

 怖いならちゃんとした情報を自分で探して勉強したらいいのです。いまでも福島第一原子力発電所構内では数千人の人たちが放射線障害もなく働いています。

 

 その周りの住人たちの放射能で健康被害が起きた例もありません。あるのは、デマと風評被害とそして想像被曝だけです。

 

 いつから日本は自由に物が言えなくなったのでしょう。

 

 復興大臣が言ったから問題だと言われる人もいらっしゃいます。

 

 復興大臣は誰よりもその被害の大きさと復興に関する難しさを知っている任にある人です。

 

 それを軽々しく言うわけがないと思うのが普通の日本人だと思います。

 

 軍隊の教本に;

「戦闘中に被弾した人が三人出ました。A.一人は頭部に銃弾を受け即死、B.別の人は腹部に銃弾を受け重症、そしてC.最後の一人は足に銃弾を受けました。さて誰を一番に助けるでしょう?」

 

 という内容のものがあります。

 

 戦闘中というのがみそなんですが、普通なら重傷者から手当てしていくのが普通の常識ですよね。でも、戦闘中なら軽症の兵士を手当てして戦線に復帰できるようにするのが常識なのです。

 

 一人でも多くの兵士が銃を持って戦わないと部隊全員が死んでしまうからです。

 

 そういう命令を出し、部下を指揮するのは部隊の指揮官であり、責任者です。そのために腹部に銃弾を受けた人が死ぬかもしれません。

 

 でも、でもその人を助けるために敵と戦っている兵士をそちらに回せば部隊のみんなが死んでしまう可能性が高くなるのです。

 

 爆発事故や列車の事故等でたくさんの被害者が出た場合、最初に医者がするのは無傷、あとで治療する、すぐに治療をする、そして既に死亡と分類することです。

 

 ここでも被害者を「分類」するとは何事かと言われそうですが、現場の医師や看護師が感情にとらわれることなく、非情に徹して客観的に分類して被害者を見ていくことがより多くの人たちを助けることができるのです。

 

 これをトリアージと言います。日本語では識別救急とも言うそうです。

 

 その時にどんな表現をしただの、自分の肉親が後回しにされただの医者や看護師に文句を言う人は、助かる命を助からなくすることにつながるのです。

 

 大勢の被害者が出た場合には、指揮官は非情にならなくてはなりません。被害者を数で判断して決断を下さなければならないことも出てきます。

 

 そういう時に発せられる言葉は被害者の家族の感情を気付つけるかもしれません。

 

 しかし、そういう状況下でこの言葉が誰を傷つけるのかと考えることは全くの無意味であり、冷静な判断を妨げるものになることが往々にしてあるのです。

 

 今村元大臣の発言の全文は読んでいませんが、もし今村元大臣の頭の中に被害者総数があり、それを東北と首都圏で比べていたら、あの言葉が出てもおかしくないでしょう。

 

 今回の騒動は現在やっているのは安倍政権に少しでもダメージを与えようとする「言葉狩り」にしかすぎません。

 

 野党は安倍総理の任命責任を問うために、他の法案の審議拒否をするなどと言っていますが、共謀罪の審議とこれと何の関係があるのでしょう。

 

 大勢の国民の中にもあの大臣の発言は非常識だと怒っておられる方もいますが、その発言がどんな状況で誰に向かって発したのかを知って言うべきではないでしょうか。

 

 「ばか」という言葉も、よく知っている人と全く初対面の人に言う時は全く違う受け止め方をされます。

 

 そして話し言葉はトーンによって全く意味が変わります。

 

 恋人同士で「ばか」と甘く発言するのと、理不尽な発言をする人に対して「ばか」と発言するのでは全く意味も違ってくるでしょう。

 

 あまり切り取った言葉だけを問題にするのはいかがなものかと思います。いろんな考え方がおられると思いますが、最近の日本の言葉狩りの風潮はあまり好きではありません。

 

 

 

 

 

 

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 先日ご逝去された渡部昇一先生が戦後の日本に与えた影響は大きいと思います。親しくさせていただいている田母神閣下や友人の呉善花先生も深い悲しみについておられます。

 

 私も僭越ながらその一人です。

 

 3年前の3月に呉善花先生の来日30周年記念パーティで初めて渡部昇一先生とお会いし、私としては大変珍しいことですが、とても緊張して言葉を交わさせていただきました。

 

 それは私が日本の真の歴史に目覚めるきっかけになったのが渡部昇一先生の『萬犬、虚に吠える』という本との出会いでした。

 

 大ベストセラーの『知的生活のすすめ』はもちろん学生時代に読んでおり、なかなかしゃれた幅の広い知識を持つことが人生を豊かにすることだということを学ばせていただきましたが、『萬犬、虚に吠える』を読んだ時の衝撃は今でもはっきりと覚えています。

 

 というのも、70年代に過ごした学生時代は本多勝一の『北爆の下』そして『中国の旅』は南京事件を取り上げた書籍が大きく幅を利かせていました。

 

 さらに慰安婦問題が上がってきたのもこのころです。

 

 友人が英語の弁論大会で本多勝一の『中国の旅』を取り上げ、優勝したのを機に読んで衝撃を受けました。日本兵は大陸でなんとひどいことをしたんだと思いこんだのです。

 

 そして調べると出てくるのは日本兵の残虐行為を描いた本ばかり、すっかりと信じ込んでいました。

 

 今ではすっかり捏造本になっていますが、731部隊を描いた『悪魔の飽食』などもこのころの本だったと思います。

 

 でも、父も祖父も兵隊姿の写真を見ていたのですが、日本兵の残虐行為と父たちの姿とは全くだぶらず、本の上のことだけに終わっていました。

 

 実際兵隊に行った人たちともいろいろ話すのですが、一向に残虐行為のことやこの人たちがそのような行為を行っていたとは思えなかったのです。

 

 でも、天下の朝日新聞やテレビなどがそういうのならと疑いもせずに信じ込んでいましたが、自分の父たちがそういう行為をしたなんて一切信じていませんでした。

 

 1985年に出版されたこの本を読んだ時に、この現実感の無い本の歴史と現実の歴史のギャップが埋められたと思ったのです。

 

 それは衝撃的でした。一気に目覚めた感じがし、良く目から鱗が落ちるという表現がありますが、まさにその通りだったのです。

 

 それから丹念に史実をぼちぼちですが、調べ始めました。

 

 とうぜんまだ保険会社の管理職という過酷な仕事をしていたので時間は限られており、今のようにネットも発達しておらず、たまの休みに本屋に行って本を探したり、仕事で訪問した先で戦争体験をされておられる方々へ積極的に話を聞いていったのでした。

 

 47歳で保険会社を早期退職し、歴史ナビゲーターとして活動を始めてから本格的に調べ始めると、また出てくるわ出てくるわで南京事件などねつ造だということが確認できたのです。

 

 その過程で櫻井よしこ女史の当時南京にいた48名のジャーナリストの証言を綴った本などが出版されたり、ネットで見つけ、その後実際にお会いした荒木肇先生の銃や兵站のことなどを読み解いていくうちに理論構築ができたのです。

 

 さらに同じ校区で自治会の活動をしている方があの第二次上海事件のきっかけとなった大山中尉の御親戚の方だったり、たまたま話していたおじいちゃんが元憲兵であったりとちょっと目や耳を澄ますだけでいろんな情報が入ってきたのです。 

 

 保険会社時代の最終勤務地であった北海道名寄市に駐屯している第三普通科連隊の主力がイラクのサマワに第一派遣群として極寒の雪の中出発を万歳で見送り、夏の暑い夕方に黄色い旗と共に涙でお出迎えをした経験で自衛隊の方々の実際の苦労と私たちが接する報道が全く違うということがわかったのです。

 

 当時の連隊長は番匠浩一郎一佐というあの田原総一朗氏がこの人の下なら一兵卒として使えたいと言ったほどの人物でした。

 

 幸運なことに何度も酒席をご一緒させていただき、夜中に町で会うと声をかけていただくようになっていました。そしてこの方に直接報道と現実の違いを聞いたのです。

 

 今こうやって見てみると、今の私の活動はあるべくしてあるような歴史的必然性を感じています。

 

 一刻も早く、日本国内於ける自虐史観を取り除き、父や祖父たちの世代の雪辱を果たし、そして何よりも英霊の方々に対して素直に国民が感謝できる日本にしなければならないと思っております。

 

 そのために、こうやってブログで発信し、講演や勉強会で歴史をしゃべっています。そうやって行くとまたいろんな方と知り合い、歴史上の人物の末裔の方々と繋がっていくのです。

 

 本当に不思議ですよね。

 

 『ジパング』というかわぐしせいじの漫画を読んでいる時、東条英機閣下と木戸内務相が描かれているシーンがあったのですが、この両方の末裔の方を知っていると不思議な気持ちになり、その本を持っていた人につい話していました。

 

 歴史は昔のことですが、今の私たちと綿密に繫がっているのです。それが直接ではなくとも、何らかの形で繋がっていることを気付いたきっかけが渡部昇一先生の著書だったのです。

 

 この話をお会いした時に直接話をしました。

 

 すると嬉しそうに微笑んでいただいた笑顔が忘れられません。

 

 左巻きの日本を貶めた人たちも大勢鬼籍に入っていますが、このような日本を取り戻すために貢献された方も天寿を全うされていくのです。

 

 諸行無常ですね。

 

 でも、渡部昇一先生の偉業は大勢の愛国者の胸に刻まれていくでしょう。

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 日曜日から昨日まで急遽台湾に出張してきました。

 

 その時に耳に入った二つの悲しいニュース。

 

 一つは八田與一技師の銅像の首が切られるという事件。そして保守の重鎮、私も影響を受けた渡部昇一先生のご逝去の報でした。

 

 八田與一技師は台湾の恩人として日本よりも台湾で知らない人がいないほどの有名人です。

 

 たくさん雨が降る台湾ですが、山が急峻なため降った雨が海に流れ出てしまうために、せっかくの雨が農業に活かせないという問題を抱えていました。

 

 それを日本へ併合後インフラを整備中の台湾総督府内務局土木課の技師として任官した八田與一青年は、マラリア対策のために進められていた上下水道の整備事業に貢献し、その評価を高めました。

 

 そして嘉南平野の灌漑事業を促進するために、当時として東洋一のダムの建設を指揮するのです。

 

 映画「KANO1931海の向こうの甲子園」をご覧になった方は、大沢たかおがこの八田與一技師を演じていたのを思い出してください。

 

 この映画は台湾映画でありながら、全編字幕が必要のないくらいに日本語が使われている感動の映画です。TUTAYAにもありますので、これを機にご覧になってはいかがでしょうか。

 

 ちょうど私が台湾にいる時にこの事件が起きたのも何かの縁です。さっそく現地の人に聞いてみました。

 

 台湾は親中派の馬英九政権から昨年独立志向の高い蔡英文政権に移り、蒋介石に関する評価の見直しが高まっています。

 

 三度目の訪台でしたが、初めて中正記念堂に行って蒋介石の巨大な銅像を見てきたばかりの時にニュースを見ました。

 

 なぜなら、この蒋介石の銅像が10年後にはもうないかもしれないと聞いたからです。

 

 台湾全土に会った蒋介石の像が壊されたり、撤去されています。

 

 それは馬英九政権の反動から台湾の独立を志向する人々の世論が高まっており、日本が去って国共内戦で敗れた蒋介石が軍隊を連れて台湾に逃げ込んだ際に昭和22年2月28日に起こした反対派への徹底的な弾圧事件の責任を問う声が増しているのです。

 

 総統府の前には228平和公園があります。

 

 日本の台湾統治時代にいて日本の教育を受けた人たちを本省人、そして蒋介石と共に台湾に移ってきた外省人といい、その反目がこの2.28事件を引き起こし、大勢の日本の高等教育を受けた人たちが処刑されています。

 

 昨年蔡英文新総統就任式に列席させていただいた時のデモンストレーションでもこれがとてもセンセーショナルに描かれていたのが印象的でした。

 

 それほど、外省人への恨みは強いものがあったのです。

 

 蒋介石時代は反日が国是となっていましたが、その後の蒋経国時代から徐々に変わりはじめ、そしてその後に本省人から初の総統(大統領)になった李登輝閣下が平和裏に内省人と外省人を台湾人としてのアイデンティティーを植え付けながら融和させていきましたが、その後やはりその二つの勢力の対立は激化してきているようです。

 

 外省人の旗頭はやはり蒋介石であり、その銅像は自分たちの支配の象徴となります。

 

 ところが内省人の側からしてみれば、蒋介石たちは大陸からの侵略者とみなし、自分たちの親戚縁者を虐殺した極悪人なのです。

 

 そして自分たちを豊かにしてくれた日本の象徴として八田與一技師の烏山頭ダムがあり、それによって嘉南平野を一大穀倉地帯としました。

 

 そして八田技師は日本人と台湾人を同じように扱い、白人しか操縦できないと思われた巨大な重機を日本人と台湾人の隔てなく訓練させそして見事に使いこなしたり、難工事だったダムの犠牲者を日本人と台湾人の隔てなく慰霊碑に名前を刻んだりと技術者として同じ日本国民に接したのです。

 

 そのため今では八田與一技師は独立派の象徴となっているのです。

 

 でも、大陸から来た国民党から見れば、自分たちと敵対していた日本を崇めるとは許せない、そして自分たちの象徴である蒋介石の像が次々と壊されたり撤去されている現状に腹を立て、こういう写真のような首切りの行動にでたと地元の人は解説してくれました。

 

 タクシーの運転手さんに聞いたところ、この犯人は次の選挙に出るつもりで売名行為だと言っていました。

 

 こういう器物破損の犯罪を犯した人間が選挙に出られるのかと案内をしてくれた昔国民党政府から投獄された経験のある人に聞くと、いまだに国民党の力は強いので、この犯人は微罪または無罪となり、その名前を国民党支持者にアピールすることにより、選挙に勝つことを目論んでいると言っていました。

 

 昨日総統府の見学に行きましたが、そこで案内をしてくれたガイドさんに今までの台湾の総統の中で誰が人気があるのかと聞いたところ、あたりをちょっと見渡して日本語で李登輝閣下を指さしました。

 

 そして一番人気がないのはと聞くと蒋介石をこそっと指さしました。

 

 これが台湾国民の総意というにはあまりにも少ないデータですが、電車の中で話した大学院卒の青年も同じように答えてくれました。

 

 しかし、国民党の支配体制は隅々にまで及んでおり、密告制度が未だに存在するなど、簡単に内省人の思惑どおりにいかないのが台湾の現状です。

 

 経済はだいぶ低迷しており、大陸との対等な関係を保つことが必要だと私が聞いた全員が言っていました。

 

 自分たちは台湾人だという誇りは若い人を中心に確実に育っており、馬英九政権の際にひまわり革命のような若い人がネットで世論を広げていくという動きは今後も続きそうです。

 

 ただ、若い人の就職難は現実化しており、これをどう祭英文政権が国民党の力の強い中で対処していくのが今後の課題だと思われます。

 

 北京語でありがとうは「シェイシェイ」ですが、台湾語では「トウシェ」と言います。

 

 町で日本人とわかるととても親切にしてくれますが、この「トウシェ」という言葉を言うと台湾の内省人の表情が破顔一笑しさらに友好的になることに気づきました。

 

 今までの二回の訪台では、どちらかというと団体旅行でさらに幹事側だったので別行動できなかったのですが、今回は比較的時間があったので一人で街をうろつき、そして英語や日本語が通じるのでとても楽しく安全に過ごせました。

 

 ただ地元の人が良くいく牛肉緬のお店に行くと注文の仕方がわからずに食べたいものが食べられないということがありました。

 

 これもまた一興でした。

 

 でも、お寺に行って普通旅行者は入れない納骨堂の中に警備のおじさんが入れてくれたり、足つぼマッサージを受けながら、台湾美人と談笑したりとたのしい三日間でした。

 

 訪台の目的のビジネスもうまくいき、やはり韓国へ行くよりも台湾へ行く方が楽しいし、なにより安全ですから断然おすすめです。

 

 渡部昇一先生のことはまた後日たっぷり書かせていただきます。なぜなら私を保守派として目覚めさせていただいたきっかけの方ですから。

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 野田民進党幹事長が「ネットが怖い」というような発言をしたそうですが、ネット上には真実も存在するからだと思っています。

 

 マスコミはきれいに検閲をして自分たちの都合のいい言葉かりしか報道しなくなって久しくなりました。というよりも、戦前の大本営発表から今まで繋がっているように思えてなりません。

 

 野田幹事長はなぜ民進党が国民から見放され続けているのかを本当にご存知ないのでしょうか。

 

 東京都議選直前にその責任者の長島氏の離党は民進党にとっては敵前逃亡かもしれませんが、選挙区で落ちた人間だけがわかる選挙民の民進党離れを直接肌で感じた行動ではなかったかと思います。

 

 この時期にどうしてと思ったようですが、私もそう思います。

 

 長島氏の安全保障に対する日ごろの発言内容から推察すると、集団安全保障法案の審議の途中や共産党との共闘を組むことになった時が離党の一番のタイミングではなかったかと私は思っています。

 

 いまは沈みゆく船から逃げ出す鼠としか見えません。

 

 皆さんはどう思いますか?

 

 政界の内情に詳しいある人に以前「民主党にも長島氏や松原氏などがいるが彼らは信用できるのでは?」と聞いたのですが、その方は「民主党に在籍している事実だけで十分にその人には愛国者の資格がない」と言われていました。

 

 自分が選挙で生き残るために、支持者および支持団体の票が必要であり、おいそれと離党はできないのはわかりますが、「なぜ今頃?卑怯じゃん」と思っているのは私だけではないでしょう。

 

 ただ、民進党の凋落傾向に拍車をかける行動だということは間違いなくもし近々に選挙があれば、党の存続が危ぶまれる状況になっていることでしょう。

 

 頼みの労働組合も真っ赤っかな組合は別にして良識のある組合からは共産党との共闘に疑問視されていて、組織票が大幅に減ることでしょう。

 

 そしてびっくりすることに、介護法改正案の委員会審議でこの時期にまだ森友学園問題を事前通告なしに出してくるなど世の動きや世界の情勢など全く関係なく、政局だけしか頭にない民進党の哀れさが目立ちます。

 

 森友問題が逆転満塁ホームランを打つ最後のチャンスだと思っているのでしょうか。

 

 これまでの凡打の連続で民進党の支持率が下がっているにもかかわらずそしてこの国際情勢でホームランを森友問題で打てると思っていることの政治センスのなさというか、国民の生命・財産を守るという国会議員本来の使命感がまるっきり欠如していると思われます。

 

 NHKでさえも、北朝鮮情勢が混沌としてきたことを言い始めました。

 

 民放も各局で北朝鮮問題を積極的に取り上げてきました。

 

 こんな時に真央ちゃん引退表明しなくていいのにと思っているのは私だけではないでしょう。もっと真央ちゃんの偉大な功績を讃えてあげたいのですが、そんな時期ではないのです。

 

 ただ自分の信じた道を一心不乱に研鑽してきた真摯な姿、そしてなにより美しい心に日本中いや世界中の人が感動を受け、愛した素晴らしいフィギュアの選手だと思います。

 

 民進党も一心不乱に売国的行動をしてきた結果が現在であり、人の批判は大好きだけど、自分にその矛先が向かうと知らんぷり。

 

 辻元清美はどこに行ったの? 山尾志桜里は自分の議員活動費問題は?そして何より代表の蓮舫の二重国籍問題は?

 

 嘘をつき続け、日本を貶めてきた政党の末路が今あります。

 

 民主党にできた時に職員の大半は旧社会党の残党が入ってきて法案などはピンクを入れると真っ赤になって出てくるとまで言われていました。

 

 長島氏などはすぐに気づいたはずです。でもその時に行動せずに本当にボロボロになった時に離党をするなど私はあまり感心できません。

 

 戦国時代、大友氏の家来で高橋紹運という武将がいました。薩摩軍が北上して守勢700弱で万を超す大軍を岩屋城で迎え撃ちました。

 

 見事な部下の采配に勇猛な薩摩軍も手を焼き、死傷者が続出します。それでも、徐々に手負いの将兵が増えてきた時に、あれだけの勇将をむざむざ殺すのは忍びないと薩摩側から降伏するようにと申し入れがあります。その時の高橋紹運の言葉がすごいのです。

 

 「主である大友氏が隆盛の時ならば、部下のことを考えてそれもあったでしょう。でも、今は大友氏はかつての勢いがないときに臣下として主君を裏切る行動はできません」といって部下ともども見事に桜のように散るのです。

 

 この潔く、義を重んじた行動により、今でも地元の人を中心に人気が高く、太宰府の付近の岩屋城跡には高橋紹運を偲び訪れる人が後を絶ちません。

 

 長島氏もこの高橋紹運の話を知っていれば、もう少し早い時点での離党ができたのではないでしょうか。

 

 舛添氏が自民党内で勢力を持ってきた時に、自民党が下野しました。すると舛添氏は党を捨てさっさと逃げ出してしまいました。個人の人気だけで議員生命は保てると読んだのでしょう。

 

 その後の選挙で、従ってきた他の議員は悉く討ち死に、その恨みつらみが東京都知事であのような無様な引き方となりました。

 

 政治家たるもの、もう少し歴史を学ぶべきだと思います。

 

 トランプ大統領はオバマ政権の弱腰が今の世界の不安定さを招いたと学んで強気を前面に押し出しています。

 

 金正恩がそこに気づかずに依然と同じ行動をとったら恐ろしい結果が待ち受けていると思っています。

 

 何もできない市井の民は、せめて自分の周りだけでも救えるような体制をとるしかありません。

 

 

 

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